08. 平成6年

< 平成6年 新年・冬・春 > 

.
  ゆつくりと脱ぐ人日の夜の喪服  (佐藤一成氏1月3日逝去)
  戻りたる初荷の一人酔ひ潰れ   (神戸にて勤務時代回顧)


          藤枯れて空の青さを纏ひけり  (志摩市横山展望台)
          冬椿伊勢の海原波見えず          〃
          寝転んでみれば枯芝あたたかし       〃

          寒月にかざして束の鍵を選る
          雪明り地にひく影のなかりけり
          滝凍てて昨夜の刻を留めけり


    シクラメン買つて二人で暮らし初む   (伊勢市宮町駅裏)
    恋猫の戻りて眠るばかりなり
    梅三分塵芥を出すべく早起す    
    春の蝿猫に食はれてしまひけり
    白木蓮明けの光を独り占め        (伊勢市常磐)
    白木蓮のぐうちよきぱあと咲き進む       〃
    花の下老い母がゐて妹とゐて       (  〃 宮川堤)
    さりげなく花冷えの襟直さるる             〃


    ふらここの夜は淋しき人が乗る      (伊勢市今社公園)
    雑木山芽吹きて暮色さだまらず      (  〃 蓮随山)
    落椿とはならず錆びゐたりけり       (  〃 NTT前)
    踏切の鳴つて遠足列乱す         (  〃 宮町踏切)

    石鹸玉ひとつ消えてはひとつ吹く
    石鹸玉ぶつかり消ゆる妹の胸
    石鹸玉空にでて彩失へり

< 平成6年 夏 >  

.
  雨晴の青嶺にはかに近々し     (伊勢市蓮随山)
  散松葉尾上神社の浦見えず     (兵庫県高砂)
  青簾飼猫らしき影よぎる
  町並の隙間々々の緑かな      
  ふりむけば遊びし磯に波頭      (伊勢市大湊)
  波遊び浜昼顔に靴脱いで       ( 〃  有滝)   
  祭告ぐ火の見櫓の拡声器       
  百合抱へ一之瀬村の伯父来る

  夕焼の湖北あたりに来て終る     (琵琶湖)
  夕焼消え夜行列車となりにけり      〃
  

   薔薇の香に眠りの深き誕生日
   昼寝覚しばし現し世捜しをり
   人影に鯉の口あく未草        (朝熊山 金剛證寺)
   通院の早起き辛し栗の花
   紫陽花や傘のはみだすランドセル
   ゆふぐれて簾の内のあらはなり
   炎天に踏みだすときの怒肩

   風鈴の空の小さし仮住まひ      (伊勢市宮町駅裏)     
   アパートの窓の夏空下着吊る          〃
   安らかに妹と暮らして涼しけれ          〃
   

    見下ろせば小さき故郷よ雲の峰
    日覆に屋根の影きて夕近し
    虚しさの汗ふいて出る裁判所
    遠雷や会話とぎれしままに坐す
    黒猫の身の置き場なき酷暑かな
    猛暑続きをり今日また雲遠し

    遠泳の真珠筏に休むなり       (三重県鳥羽)
    太平洋蹴りつつ戻る浮袋           〃
    影長きビーチパラソル畳みけり        〃
    海光や日傘を見れば師と思ふ     (鳥羽展望台)
    

     青空を暑し重しと歩くなり
     大旱や伊勢にはあまた神おはす
     万緑のここより先は鉄路なく      (三重県三杉町奥津)    
     蚊帳の中父の話の怖かりし
     蟇鳴かぬと決めて口結ぶ
     大旱のダムの湖底の水溜り

     敵味方色を分けたる夏帽子       (甲子園)
     水撒きの間のしづかさや試合前       〃
     負けて聴く敵の校歌や西日中        〃
     秋立つやホームベースに屋根の影      〃

< 平成6年 秋・冬 >

.
  秋めくや泳ぎて二人だけの海   (伊勢市二見ヶ浦) 
  浦里の堤防高き九月かな     (伊勢市大湊)
  木槿咲き朝な移ろふ海の色       〃
  赤とんぼ昔子供は群れ遊び
  夢に彩あり行き行けど曼珠沙華
  やや寒や妹留守の夜の化粧台
  踏切にとどまればそこかしこに秋 (伊勢市宮町)

  十六夜の北に闇なす天城山    (静岡県伊豆)
  十六夜や伊豆に悲しき恋の唄       〃


   野分後の庭の散葉は一日置く
   曼珠沙華消えて再び只の道    (伊勢市郊外)
   白壁の内の人声金木犀       (愛知県岡崎市内)
   ペン先の掠れてきたる夜寒かな
   コスモスを活けて形の定まらず

   昼過ぎてリュックの軽し芒挿す   (三重県青山高原)
   秋草に跼めば妹も来てかがむ        〃
   伊勢平野明るく広く秋高し           〃
   幼ぶる楽しさ芒打ち振れる          〃


  蓑虫の揺れ止みてより暮早し
  蓑虫や捨てきし夢の二つ三つ
  朝の日や一村並べて柿畑      (三重県玉城町蚊野)

  点もるごと杉の木立の間に紅葉   (京都市大原 三千院)
  襖絵の山水淡し照紅葉              〃
  落日に彩失へり紅葉山              〃


            夢捨てて青春終る懐手
            一望の枯木となりぬ柿の村   (三重県玉城町蚊野)
            短日の市場弾むは小半時    (伊勢市浦之橋商店街)
            鯉遊ぶ瀬に散紅葉散紅葉    (伊勢神宮内宮 五十鈴川)
            尾根に出て空より風の枯木山  (伊勢市蓮随山)
            年越の湯屋に残れる客二人   (伊勢市内 常磐湯)

            年行けり我にすべなく妹病めり
            看護婦の常の貌なり年越す夜  (伊勢慶応義塾大学病院)