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2006年2月21日 (火)

★ 鳴雪忌

 昨日になってしまいましたが2月20日は俳人の内藤鳴雪の1926(大正15)年の忌日である「鳴雪忌」です。
 鳴雪は老梅居と号していたので「老梅忌」とも言いますが、偶然とは云え忌日との符合には驚かされます。
 鳴雪忌は簡便な歳時記にも載っていますから、内藤鳴雪は俳句の歴史上欠かせない存在の俳人と云う事になるのでしょう。

 内藤鳴雪は子規門ですが子規よりも20歳の年上でありながら、松山藩士弟の寄宿舎の監督をしていた折に一舎生に過ぎなかった子規の影響を受けて46歳で弟子となります。
 以来その学識と人柄から子規の後見役とも目されて、子規の没後もホトトギスのみならず俳壇の徳望を集めた俳人にて、白髭と懐に何時も三オンスの酒瓶を忍ばせていた事などが有名で中々洒落た魅力的な人物であったようです。

 鳴雪の古希の折に虚子と碧梧桐その他の錚々たる俳人が能を演じて祝賀したのも有名な話ですが、俳人池内たかしは能家の出身にて叔父である虚子が能を演じる際にはらはらと気を揉んだ逸話が残っています。
 また普通であれば俳人の祝賀は何であれ句会を催すものですが、能会としたのには虚子と碧梧桐が俳句信条に於いて決別していたからなのです。
 鳴雪を祝うのに虚碧と並び称せられた二人が参加できるようにとの配慮からだったのですが、それ程に鳴雪は当時の俳壇で一番の重鎮だったのでしょう。

            おほかたの故人空しや鳴雪忌    高浜虚子
            この道をふみもまどはず鳴雪忌    富安風生

と流石に虚子も風生も主情的な句を詠んでいます。
 下記に内藤鳴雪の句抄を少し記してみます。

           したゝかに雨だれ落つる芭蕉かな
           稲妻のあとは野山もなかりけり
           屋根越に僅かに見ゆる花火かな
           花木槿弓師が垣根夕日さす
           寒声は女なりけり戻橋
           暁や溲瓶(しびん)の中のきりぎりす
           湖に山火事うつる夜寒かな
           後の雛うしろ姿ぞ見られける
           砂浜や松折りくべて蒸し鰈
           初冬の竹緑なり詩仙堂
           女一人僧一人雪の渡し哉
           人うめし印の笠や枯芒
           折りくべて霜湧きいづる生木かな
           滝殿に人あるさまや灯一つ
           朝寒や三井の仁王に日のあたる
           朝寒や通夜から戻る二人連
           灯のさして菖蒲かたよる湯舟かな
           盃の花押し分けて流れけり
           鳩吹の森の中道分れ行く
           矢車に朝風強き幟かな
           美しき蒲団干したり十二欄
           貰ひ来る茶碗の中の金魚かな
           爺婆の蠢き出づる彼岸かな
           輪飾や我は借家の第一号

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コメント

初めてメールを差し上げます。現在ある依頼者より鳴雪の句として「七転び八起きのそれも老の春」を書に書いてほしいとの依頼を受けていまして、出典を探していますが、どうしても見つかりません。この件に関して情報をお持ちでしたら教えて下さい。

投稿: 永山 桂石 | 2013年10月28日 (月) 01:33

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