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2008年7月の1件の記事

2008年7月 2日 (水)

★ 岸風三樓忌

 伊勢地方の今年は雨の日が少なく曇り日の多い梅雨ですが、今日は晴れ間となりました。 室温計は正午前にて27.8℃と少し蒸し暑く感じます。

 今日 7月2日は俳人 岸風三樓の忌日です。 
 岸風三樓先生は明治43年7月9日岡山県生まれ。 本名 周藤二三男。
 昭和57年7月2日没。 享年71歳。

 以下の句などが有名にて代表句と言えるでしょう。

     手をあげて足をはこべば阿波踊  風三樓
     門に待つ母立葵より小さし     
     戦後長し汗の鞄を今も抱き
     さるすべり四十の詩は身をもって
     月明けのいづくや悪事なしをらむ
     時の日の朝より水を荒使ひ


 関西大学法科卒業後逓信省に入り、昭和6年 「若葉」 の富安風生門に。 「若葉」 の編集長を長く務め、またヒューマニズムに立脚した生活俳句を唱えて 「春嶺」 を創刊主宰し、若い作家の育成に当たりました。

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 富安風生門であった岡本眸先生は 「春嶺」 にも拠って風三樓先生の教導を得、日記のように俳句を詠むと云う作句姿勢に大きな影響を受けたようです。
 岡本眸先生は昨年の蛇笏賞受賞後の著書 「栞ひも」 で次のように触れておられます。

 『平凡な私にとって、人生の真実は日常些事の中にある。 生活の中に落ちこぼれている詩片を、丁寧に拾いあげて詠おう、と私は思うようになった。 
 この考えは当初、それほど確かな意識であったとは思わない。 生活派俳人、岸風三樓先生との出会いを経て、句作の過程で固まっていったのだと思う。』

 『風三樓師は私たちに向って常に 「俳句は一人称の詩である」 と説いた。 作品の中には必ず 「私は」 という言葉が含まれているものだというのである。 主語の曖昧な句を作ると、「句集を編むときその句をどうするのか。 句集に残せないような句を作っては無駄だ」 と厳しく叱責された。 そして 「俳句は作者の履歴書である」 と繰り返し説かれたのである。』

 また 「栞ひも」 には風三樓先生の絶句として次の句を記しています。

     六月の夢の怖しや白づくし     風三樓     
     泰山木仰ぐ躬を寄せ過ぎゐたる

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 関西在住の風三樓先生は熱狂的な阪神タイガースフアンであったようで、次の句を残しています。

      ナイターも終り無聊の夜となりぬ  風三樓

 この句にについて夫人が俳人協会編 「脚注名句シリーズ・岸風三樓集」 にて以下のように述べていました。

 『プロ野球の好きな主人、ナイターの夜は時間ぎりぎりに駆け戻り、服も脱がないでテレビの前に陣取る。 息子は巨人、主人は阪神贔屓で互いに口をとがらして応援する。 負ければ相手方の悪口をたたきながらそれぞれの部屋に引上げてやっと静かな夜となる。』

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 9年前の事ですが 以下の鑑賞文を寄稿した事がありましたので載せてみます。

 
     露寒の握りて厚き手なりしよ   岸風三樓

 俳句は己の心の記録である、と思っている。 だから、もし句集を編んだ折には自分が呼吸をしている今の世相が通読して背景に匂うような句集でありたい。
 個々の句を抽出した場合は兎も角として、極端な表現をするならば明治時代なのか今の時代に詠んだ作品なのか分からぬような句集では困るのである。
 
 さて掲出の風三樓先生の句は昭和41年の作。
 昭和30年前後より社会性俳句の論争が活発となり、戦前「京大俳句」にも加わり

     軍需工業夜天をこがし川涸れたり  風三樓

等の作品を残している風三樓先生にとっても無縁であったとは思われぬが、しかし先生は社会性を匂いとして感じさせながらも独自の人間性豊かな作風にて 「生活派」 と称される。

 例えば

     戦後長し汗の鞄を今も抱き  風三樓

は昭和33年作。深く感銘し共鳴する所以である。 
                                    
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 <その他岸風三樓 俳句抄>

     静と書き母の名なりし時雨けり   
     歯固や甘えごころに母のもと
     菜を間引き来たりし母の顔濡れて
     大いなる月の出でゐし桃畠
     桃の丘桃より他の花を見ず

     夏となる官吏おのれの鞄古り
     戦前派たり蜩に目つむれば
     吏なべて貧しく桜枯れにけり
     わが憤怒あはれマスク曇らひぬ
     梅雨くらし昼よりいでむ勤む身に
     俗吏とし老いメーデーの列にあり
     夜も暑し仰臥の脚を高く組み
     わが四十白靴よりも疲れぬる
     羽抜鶏よりも無惨と思ふ日よ
     結氷や危機寸前の身を愛せ
     鉄板を踏めばごぼんと秋の暮
     焼酎や頭の中黒き蟻這へり
     キャベツ抱きをれど幸福とも見えず      
     汗ぬぐふ厨や妻に肘押され
     あたらしき年の一声妻に向き
     懐妊や金銀灯し聖誕樹    

     夾竹桃咲きの盛りの翳もたず
     青芭蕉すでに満身創痍なる
     泰山木けふの高さの一花あぐ
     泰山木咲かまく厚葉押しあぐる
     鶏頭の枯れたるといへ立てりけり
     斜めに斜めにとびて蝗の死期近き
     いっぴきといへど遊べる蟻ならず
     兜虫いまさら逃ぐる意志もなし
     菜殻焼き鴉の一生不遇なり
     春来ると雀や胸毛ふくらまし
     金亀子うたれし直後とも見えず
     露まみれなるこほろぎのもう跳べぬ
     寒雁の行方やあまりにも高し

     新涼や毬のごとくに少女らは
     処女眠し金雀枝遠く咲き満てば
     立ちて受くる青年の礼初風呂に
     成人式コンクリートに菫咲き
     夏来ると胸より黒子とび出たる
     座礁船遠方にあり腋下剃る
     大胆といふ美しき海水着
     タンクトップ八方怖る何もなし
     躬を離れすなはちブーツ倒れけり

     一歩だに退くを許さず阿波踊
     雪吊りの心棒としてまづ立ちぬ
     朝の空掃きしごとくに朴咲きぬ
     散る花に手を拍ち老年たらむとす
     風強くして山吹の咲きいでし
     大きな朱樂押さへられゐてナイフ受く
     微熱あり午後は枯木に雲動き
     深吉野や花あるかぎり日の高き
     花の上のかなたの花をこころざす     

     天寿とは他人の言や梅寒し
     風生先生矍鑠として電波の日
     鴨川や師在せば畦に梅も咲き
     師に甘ゆ猫の憎しや室の花

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