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2008年11月の3件の記事

2008年11月25日 (火)

★ 三島由紀夫忌

 昨日は久し振りに終日の雨でした。
 今日は晴天で明けたものゝ、午後になって曇が多くなり照り翳りしています。13時半の室温計は17.5℃とここ暫くの内では暖かいほうですが、風もあり冬めく感じです。

 11月25日は作家 三島由紀夫の忌日です。
 1970(昭和45)年の今日、三島由紀夫が楯の会メンバーと自衛隊の市ヶ谷駐屯地に乱入し、自衛隊のクーデターを呼びかけて割腹自殺した事件はまだゝゞ生々しく記憶に残っています。享年45歳。

 三島由紀夫は1925(大正14)年1月14日 東京生まれ。 本名 平岡公威(きみたけ)。 小説家・戯曲家。
 昭和22年 東京大学法学部(旧制)を次席で卒業後、大蔵省事務官に任官。
 しかし翌23年、「近代文学」の同人となり大蔵省を辞職。 

 昭和24年には『仮面の告白』を発表し 作家としての地位を早々と築きます。
  『禁色』 『潮騒』 『金閣寺』 『豊饒の海』などにて日本を代表する小説家となり、戯曲では『サド侯爵夫人』 『わが友ヒットラー』 『近代能楽集』などが有名。 

 角川大俳句歳時記には三島忌・由紀夫忌・憂国忌と載っていますが、「貴族趣味の傾向があった三島は、俗の文芸である俳句にはほとんど関心を示していない」と触れていました。

        埒もなき深夜のテレビ三島の忌  暢一


 三島由紀夫に魅かれる俳人は多いようで、以下のように沢山の例句が見られます。

    三島忌の赤きを愛す馬の鞍        磯貝碧蹄館
    三島忌の朝つぱらから木枯しす      山田みづえ
    三島忌や腐りやすきに國も亦       高橋睦郎
    三島忌や空のプールに日の差して    片山由美子
    三島忌の男美学の首飾          井沢正江
    三島忌や造花の薔薇に棘のあり     内田美紗
    三島忌の背をあづけたき樹もあらず    橋本榮治
    おむすびの芯なにもなき三島の忌    橋本榮治
    激流に紅葉且つ散る三島の忌      伴真澄
    三島忌や書棚の奥の古日記       長田一臣

    三島忌に爪の先まで酔ふてをり     北光星
    三島忌や抜かれゆく血の五六本     岩田須磨子
    三島忌の夕日晒しの蓮の骨        林香燿子
    ぺーパーナイフ静かに使ふ三島の忌   雨宮きぬよ
    文学館の絨緞赤し三島の忌        上野澄江
    三島の忌顳酒の巡りをり          林省吾
    三島忌や多弁の鸚鵡少しよごれ     上西兵八
    ペン胼胝の上にペン胼胝三島の忌    田中忠子
    三島忌の赤き布干す寺院かな       柿本多映
    三島忌の帽子の中のうどんかな      攝津幸彦

    落日を朝日とまがう由紀夫の忌      五島高資


      松籟の闇にたかまる憂国忌        鷲谷七菜子
      憂国忌列を乱してゐるは誰ぞ       八田木枯
      定型詩ばかりのノート憂国忌        皆吉司
      天☆に石のつぶてや憂国忌        磯貝碧蹄館
      憂国忌朝より鵙を鳴かすべし        河野南畦
      乃木坂をとよもす軍歌憂国忌        池上いさむ
      少年の耳輪の揺れや憂国忌        黒川江美子
      死に様の美学もありし憂国忌        藤田よしお
      アロワナの鱗の微光憂国忌        堀安由記子

      爆ぜさうな石榴の一つ憂国忌       近藤明美    
      黒板をねんごろに消し憂国忌       柏原眠雨
      憂国忌止まつたままの砂時計       墳崎行雄
      裂き織に赤の一すじ憂国忌        兵野むつみ
      憂国忌ドールは瞳開きしまま        高島征夫
      てのひらの白きはまれり憂国忌      秦夕美
      憂国忌どこかで靴の音しきり        石崎素秋
      かけちがふボタンどこまで憂国忌     増田史

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2008年11月20日 (木)

★ 冬桜

 昨日の≪‘のぶ`のフォト俳句≫~from伊勢 【 日々身辺抄 】 にて彦根城の冬桜その他を取り上げましたが、以下はその内の俳句に関する記事からのものです。


 彦根城の濠沿いの径を歩いていると枯木に向って一生懸命接写している女性を見掛けました。
 私も近くに寄って見てみると冬桜。 ぽつぽつと可憐に花をつけています。

        一つづつ一つづつ咲き冬桜  暢一


 立て札には二季咲桜と書いてあり、次の説明文が添えられていました。

 『二季咲桜 昭和47年4月に水戸市(友好都市)より寄贈されたもので 冬(11月から1月)と 春(4月から5月)の年2回開花します。』

  よく似た時期に咲く桜で十月桜の名もよく耳にしますので ネット図鑑で調べてみました。
  
 『・ 十月桜の花弁は八重。 白または薄ピンク色。 開花時期は10月下旬~1月初旬と3月下旬から4月初旬の二季咲き。 冬・春ともに葉があるときに咲くことが多い。
  ・ 冬桜の花弁は一重。』 と載っていました。 
 この彦根城の二季咲桜は一重でしたから冬桜に分類されるのでしょう。

 しかし俳句ではこの時期に咲く桜をいづれも総称して冬桜と詠むことが多い。 十月桜などは詠み込むのに音数が多過ぎますからね。
 
        一弁を吐ける莟や冬桜     富安風生
        今日ありと思ふ余命の冬桜  中村苑子
        冬桜だまつて歩くばかりなり  大石悦子

 また他に緋色の花を咲かせる緋寒桜も有名ですが、早いものでは1月の内に咲き出す事もある早咲きの桜です。 寒桜とも言います。
 歳時記では冬桜の傍題として載っていますが冬桜とは区別すべきですね。
    
        山の日は鏡のごとし寒桜    高浜虚子
        灯は消えて月のみのこる寒桜 水原秋櫻子
        寒桜いつを盛りとなく咲けり   右城暮石

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  下記をクリックすれば『冬桜(彦根城)』の全記事画像をご覧頂く事が出来ます。
             ↓
  ≪‘のぶ`のフォト俳句≫~from伊勢 【 日々身辺抄 】  ‘冬桜 (彦根城)’
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                      <画像拡大可>

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2008年11月 6日 (木)

★ 石川桂郎忌

 昨日の穏やかに晴れ渡った好天から一転して 今日は今にも降り出しそうな曇天。 
 室温計も正午現在で18℃と少し低めです。

 本日11月6日は俳人 石川桂郎の忌日です。

      水底も紅葉を急ぐ桂郎忌  神蔵器
 
 1975(昭和50)年没。 享年66歳。
 ・ 俳誌 「風土」 主宰。
 ・ 第1回俳人協会賞(昭和36年)を句集 『含羞』 にて受賞。
 ・ 第9回蛇笏賞(昭和50年)を受賞。

 また随筆家・小説家としても活躍しました。
 ・ 第25回読売文学賞随筆・紀行賞(昭和48年)を 『俳人風狂列伝』 にて受賞。
 ・ 第32回(昭和29年/1954年下半期)の直木賞候補。 『妻の温泉』 にて。

 石川桂郎は明治42年 東京三田の生まれ。 本名 一雄。
 高等小学校卒業後 家業の理髪店を継ぎ 昭和11年に店主となりますが、その翌年の昭和12年に石田波郷主宰の「鶴」が創刊されて参加します。
 また随筆が永井龍男に認められ 後に横光利一に文学を学びました。

 俳句や小説に夢中になった彼は昭和16年理髪店を廃業してしまいます。 
 そして翌年、小説 『剃刀日記』にて理髪師を描き、ラジオでも放送されるなど評判となりました。
 戦後、俳句総合誌「俳句研究」 「俳句」 の編集長を歴任した後、昭和39年に俳誌「風土」を主宰。
 昭和50年に66歳で食道癌のため死去。
 闘病中の下記の句は特に有名です。

      粕汁にあたたまりゆく命あり  桂郎

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      麗らかや今日はどの道とほらうか  暢一

 石川桂郎の句には思い出があります。 掲句は私の初心の頃のものです。 
 師 岡本眸先生のご添削は
  『石川桂郎先生に前例がありますので このスタイルは損です』 との事。 
 もちろん没に致しましたが、初心者の悲しさ、石川桂郎の事は存在すら知りませんでした。

 そこで前例と仰る句を歳時記や俳句関係の書物で捜しました。 師や先輩達に尋ねれば教えてくれたでしょうけれど、意地っ張りなところもある私ですので…。
 どんな句か また季語どころか季節すら分かりませんから苦労しました。 インターネット等はまだ存在しない時代です。
 やっと見付けたのが下記の句。

      昼蛙どの畦のどこ曲らうか  桂郎

 今になって思えばかなり有名な句です。 知らなかったとは云え止むを得ませんね。
 以来 石川桂郎は私にとって身近な存在となりました。
     
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  <石川桂郎 俳句抄>
       
     三寒の四温を待てる机かな
     理髪師に夜寒の椅子が空いてゐる
     仲見世の裏行く癖も十二月
     塗碗に割つて重しよ寒卵
     朝顔や境内浅く鬼子母神
     つまらなく夫婦の膝の柿二つ
     柿青し鏡いらずの鬚を剃る
     釣堀がこんなところに雨の旗
     疲れ鵜の瑠璃の泪目なせりけり
     ラムネ抜く音の思ひ出三田訪はな
     町中に寺の灯ともる針供養

     入学の吾子人前に押し出だす
     十円の銭の音なる社会鍋
     父の忌の朝より母の懐炉灰
     冬菜売老の眼鏡の紐むすび
     屑屋来て昼起さるる一葉忌
     剃刀の思ひ出話添水鳴る
     新宿に会ふは別るる西鶴忌
     水薄くすべりて堰や赤とんぼ
     原爆の日の病む手足洗ひをり
     おしめりや朝顔市に人減らず

     一つづつ分けて粽のわれに無し
     黒々とひとは雨具を桜桃忌
     膝でたたむ干物蕗の煮えこぼれ
     友来れば病をかくす古茶の缶
     憲法記念日裏町長屋見透しに
     裏がへる亀思ふべし鳴けるなり
     指切つて血がとまらぬよ四月馬鹿
     雪女彳たせし井水汲みにけり
     鳥総松女子理髪師に顔ゆだね
     買初にかふや七色唐辛子

     独酌のごまめばかりを拾ひをり
     ひこばえや山羊追ふごとく子を追ひて
     曇天の花重たしや義士祭
     旗鳴つて雛市立てり畦のくま
     左義長や婆が跨ぎて火の終
     風の子が駈けすぎしより鍬始
     酒断つて万歳寒きラジオ切る
     河豚鍋や水面のネオン雨に痩せ
     柚子湯して妻とあそべるおもひかな
     柿の枝の影につまづく雪月夜

     夏祭水田水田を笛ころび
     婆ひとり稲穂に沈む鎌の音
     金魚売けふゐて明日をゐあはすや
     激雷に剃りて女の頸つめたし
     父の忌や二枚あはせの海苔あぶる
     遠蛙酒の器の水を呑む
     洗面の水の痛さの遠雪崩
     銭湯や煤湯といふを忘れをり
     西鶴忌人に疲れて帰り来る
     十六夜の妻は離れて眠りをり

     臥すわれに微熱の如く花合歓は
     棕梠味くや暗きところに暗き顔
     蟻地獄女の髪の掌に剰り
     太宰忌の蛍行きちがひゆきちがひ
     昼寝子や生れし日のごと髪濡れて
     激雷に剃りて女の頸つめたし
     青梅雨の深みにはまる思ひかな
     河童忌や水の乱せし己が影
     ゆめにみる女はひとり星祭
     高蘆のなかゆく道や桃青忌

     
     みこまれて癌と暮しぬ草萌ゆる
     点滴に縛られし月登りけり

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