季語関係

2009年3月17日 (火)

★ 彼岸入り。 ★ 青木月斗忌。

 今日3月17日は彼岸の入りですね。

     雑貨屋に樒榊や彼岸入  加藤暢一

 正岡子規は 「毎年よ彼岸の入に寒いのは」 と詠みましたが、少し風が吹いているものゝ晴天にて暖かい日となりました。 午後2時前の我が部屋の温度計は16.8℃を指しています。     

 3年前、『★終い彼岸』(2006年3月24日)にて「彼岸」の記事を載せた事がありますが、その時は3月も24日に拘らず「寒い日が続いている」と書いていますから、子規の句は今でも通じるようです。
 彼岸に関する季語を例句と共に少し詳しく述べていますので、もし宜しければ下記をクリックの上 ご覧下さい。
           ↓
      ‘ ★ 終い彼岸 ’


        ゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜


 また今日は俳人青木月斗の忌日です。 鶯忌とも呼ばれます。
 詩情溢れる句風にて大阪新派俳句界の雄と言われました。 晩年は山水老人との別号も。
 正岡子規は 「俳諧の西の奉行や月の秋」 と詠んで関西での青木月斗の活躍を称えています。

 辞世句は

     臨終の庭に鶯鳴きにけり  青木月斗 

 明治12(1879)年11月20日、大阪市東区南久太郎町生まれ。 
 昭和24(1949)年3月17日、奈良県大宇陀町にて没。 
 享年69歳。 本名は新護。
 明治27(1894)年 阪薬学校に入学しましたが中退、家業の青木新護薬房を継承。 
 後に廃業して俳句に専念。

 明治30年暮より俳句を始めます。 正岡子規に師事。 
 明治32年10月 『車百合』 を創刊するも3年で廃刊。
 妹が河東碧梧桐の妻に、また実子も碧梧桐の養女になっています。

 大正 9年俳誌 『同人』 を創刊主宰。
  『同人』 は昭和19年に一度廃刊されますが、川瀨一貫らによって東京に發行所を移し昭和21年復刊。 現在は有馬籌子氏が主宰しておられます。

 <俳句抄>
    春愁や草を歩けば草青く
    天心あり今年の寒厳し
    囀つて囀って野を曇らしぬ
    初春や氷魚滑かに舌の上
    行年や空地の草に雨が降る
    人こまぬ夜汽車なれども凍てにけり  
    カナリヤの鳴き止まばこそ日の永き
    秋の暮近所探して子の居らぬ
    池尻の藻や花白き夕月夜
    横になれば眠ってしまふ蟲遠音 
    開帳の寺覗き行く野かけ哉

    川行水山に夕つつ光りけり 
    北風や浪に隠るゝ佐渡島
    聖旦や蒼生の賀に 
    春惜む酒中の天地さむる時 
    百合の蕾狐の顔に似たる哉
    菊の燭風露動いて瞬す
    嵯峨硯磨って時雨の句を止む
    ささ波や志賀の太湖の秋の晴
    我庭は梅の落花や初桜
    其棚に泣きかたりたる雛のぬし
    彼岸会や南に霞む天王寺

    春の雪楼上に見る川青き
    雲飛べば野は雪近し梅の花
    江の島の風雨に春の寒さ哉
    田楽を焼く火起しぬ桃の陰 
    桃提げて伏見の戻り夕月夜
    山里や日が暮れてより春の闇
    汝が妻は椿の花の島少女
    中国の探題なれやさくら鯛 
    舟行や青螺を縫うて風薫る
    渓川に沿うて入りけり山茂り
    あるじ塗りし壁とよ冬の趣に

    春酒満酔尚も許さず鯛茶漬
    日本に一つの山や雪初日
    蕪村忌や蕪村の像を誰が作る
    老師一喝狸乍ち油壷
    雪霏々と夜半の都の燈哉
    時鳥朝夕べに山三日
    飈々と天巻き地まく風や夏
    秋風の夜すがら鬼哭啾々と
    蟲しぐれ酒の睡りがつきにけり 
    今年水年蟻が畳にのぼりゐし
    太閤の余憤とばかり残炎に
  
    父が魂もみ国を護る身にぞしむ
    江戸橋に立ちて水見る夏めきぬ   
    風鈴の音そはへゐる大雨哉
    草いきれ笠の中なる顔襲ふ
    行平にたく粟粥や今朝の秋
    秋水に須落したる顔洗ふ
    内堀に映る櫓や風光る
    雨蛙鳴きくるるに雨降らず 
    雨蛙汝一人ぬれ色に
    盞に火蛾は金沙を降らしけり
    旅暑し難行苦行打重ね
 
    竹林に鶏白し秋の風
    萩伏して霖雨やうやく霽れんとす  
    大陸に南の海に大初日  
    断々乎断々乎たり冬の雷
    東風万里昭南島は生れたり 
    山中居雪中居夜は狐鳴く
    初午の佐多山雪の飛びにけり  
    煎薬の匂ひ親しく春めきぬ
    南座は誰来てゐるや床涼み
    蟹の子の此処にも遊ぶ湯殿かな
    藷掘て麦の用意や片山家

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2009年2月 4日 (水)

★ 立春・節分

 今日は立春。 無風晴天の暖かい日和となりました。

    戸惑ひは立春の日の温きこと  加藤暢一
 
 我が部屋の気温計は午後1時半現在13.5℃と屋内はやはり少し寒いです。
 伊勢は殆ど雪が降りません。 稀に降る時は2月が一番多く、立春以降と言えど まだゝゞ厳寒の日が続きます。

 立春については3年前になりますが記事にした事があります。
 宜しければ下記をクリックの上 ご覧下さい。
            ↓
     ★ 立春 (2006年2月4日)

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 また昨日は節分でした。
 ≪‘のぶ`のフォト俳句≫~from伊勢 【 日々身辺抄 】で昨日記事に致しましたが、俳句に関する内容ですのでこちらにも転載致します。


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  節分 (2009年2月3日)

        Img_8750
                                       <画像拡大可>

 今日は節分。 
 好天にて深夜の今でも13℃と比較的凌ぎ易い一日でしたが、鬼は外 福は内と豆を撒いたお宅も多かった事でしょう。
 画像は近所の今社(いまのやしろ)の世話役さんが自宅前に貼って欲しいと届けにきたポスターです。 賑やかな節分祭を催したようですが、私は行く事が出来ませんでした。

            節分の夜更けてわたる風のこゑ  暢一


 節分は鬼を追う豆撒きの代名詞のようになっていますが、本来の意味は季節の変わり目の事。 節分は年に4度ありますが、現在 立春の前の日のみが重要視されて「節分」と言えばこの日を指すようになりました。
 明日 2月4日が立春ですから、前日の 2月3日の今日を節分と言う訳です。

 ですから掲句も立春の前夜を詠んだものです。 ただ「風のこゑ」に余韻として追われた鬼を匂わせてはいますが。

            節分や家ぬちかゞやく夜半の月  水原秋桜子
            節分や寒気の熊と湯気の象    秋元不死男
            節分の夜も更け鬼気も取れり    相生垣瓜人
            節分や夕焼の濃き杏色       森澄雄

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            節分の鬼となるため帰路急ぐ  暢一


 節分の夜、「鬼は外、福は内」と唱えながら煎った大豆を撒く風習は、中国に発し宮中で大晦日に行われていた追儺の儀式が、民間古来の節分行事であった豆撒きと習合して一般化。
 次第に宮中だけでなく社寺・民間に広まり、2月の節分に行われるようになっていったとされています。
 また、かってこの行事は12月の晦日に行われていたが、迎春の支度にまぎれてしまうので、節分の夜に移ったとの記述が見られる古書もあるそうです。

 こういった事から、地方や家庭によって豆撒きの作法に違いがあるようですが、つまりは邪気を払い、新しい季節(春)を迎える為の行事です。
 社寺の行事としては、裃姿の年男が豆を撒くだけのタイプと、古式にのっとって鬼を追うタイプのものとがありますが、正月に行う例もあるそうです。
  追儺の句で一番有名なのは原石鼎の句です。
 
            山国の闇恐ろしき追儺かな       原石鼎

            赤鬼は日本の鬼鬼やらひ        石田波郷
            豆撒やかりそめに住むひとの家       〃
            鬼もこぬ独り居の豆撒きにけり     服部京女
            年の豆噛みつつアガサクリスティー   草間時彦
            匂ふほどの雪となりたる追儺かな   小林康治
            わが声のふと母に似て鬼やらひ    古賀まり子
            鬼の豆たんと余つてしまひけり     片山由美子

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                            参考文献 「角川俳句大歳時記」

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2008年12月14日 (日)

★ 赤穂義士祭 吉良祭。

 今日 12月14日は赤穂義士祭
 深夜に赤穂義士が吉良邸に討ち入った元禄15年12月14日は旧暦です。 
 現在の新暦で言えば1703年1月30日にあたります。
 映画などでも常に描かれるように深々と雪が降っていたのは事実のようですが、厳寒の1月30日の事と知れば納得出来ますね。

 俳句では 義士会 義士の日 義士討ち入りの日 赤穂義士祭 義士祭 等を季語に詠まれています。

   大義よく人死なしむる義士祭      岡本眸
   義士祭の太鼓玩具として打たる    岸風三楼
   義士祭香煙帰り来ても匂ふ      石田波郷
   曇天の花重たしや義士祭       石川桂郎
   天へ逃げし義士討入の日の風船   加倉井秋を
   義士会や浅野家の墓所浪速にも   大橋敦子
   討ち入りの日は家に居ることとせり  大串章
   義士の日の火の線香を山と積み   檜紀代
   松に月義士討入の日なりけり     安住敦
    

 わが結社東海支部の句会出席の為に毎月訪れる岡崎からは吉良上野介の国元の吉良町はごく近くですが、ここ吉良町では上野介の命日であるこの日を吉良祭として盛大な法要を行います。
 吉良上野介は地元でその優れた統治から名君として親しまれ尊敬されているのだそうです。

 俳句に関連した話としては、赤穂義士の中で大高源吾が赤穂藩中で俳人として一家をなしていて、蕉門の宝井其角とも親交があり子葉と号しました。 
 吉良の様子を俳句仲間から収集して重要な役割を果たしていた事はよく知られています。
 しかし討ち入り前日に

   あした待たるるこの宝船

と源吾が其角に討ち入りを暗示したと云う有名な逸話はどうも芝居上の創作のようです。
 実際の大高源吾の句としては討ち入り後に詠んだ

   日の恩やたちまちくたく厚氷

の句碑が両国橋のたもとにある公園に今も残っています。


 赤穂義士の中にはその他にも俳人が多くいます。
 小野寺十内、俳号「里龍」
 神崎与五郎、俳号「竹平」
 原惣右衛門、俳号「来水」
 茅野和助、俳号「禿峰」
 間重次郎、俳号「如柳」 
 寺坂吉右衛門、俳号「万水」
 吉田忠左衛門。俳号「白砂」
 冨森助右衛門、俳号「春帆」 等々。

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      <本記事は3年前に投稿したものを加筆再編集致しました>

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2008年11月20日 (木)

★ 冬桜

 昨日の≪‘のぶ`のフォト俳句≫~from伊勢 【 日々身辺抄 】 にて彦根城の冬桜その他を取り上げましたが、以下はその内の俳句に関する記事からのものです。


 彦根城の濠沿いの径を歩いていると枯木に向って一生懸命接写している女性を見掛けました。
 私も近くに寄って見てみると冬桜。 ぽつぽつと可憐に花をつけています。

        一つづつ一つづつ咲き冬桜  暢一


 立て札には二季咲桜と書いてあり、次の説明文が添えられていました。

 『二季咲桜 昭和47年4月に水戸市(友好都市)より寄贈されたもので 冬(11月から1月)と 春(4月から5月)の年2回開花します。』

  よく似た時期に咲く桜で十月桜の名もよく耳にしますので ネット図鑑で調べてみました。
  
 『・ 十月桜の花弁は八重。 白または薄ピンク色。 開花時期は10月下旬~1月初旬と3月下旬から4月初旬の二季咲き。 冬・春ともに葉があるときに咲くことが多い。
  ・ 冬桜の花弁は一重。』 と載っていました。 
 この彦根城の二季咲桜は一重でしたから冬桜に分類されるのでしょう。

 しかし俳句ではこの時期に咲く桜をいづれも総称して冬桜と詠むことが多い。 十月桜などは詠み込むのに音数が多過ぎますからね。
 
        一弁を吐ける莟や冬桜     富安風生
        今日ありと思ふ余命の冬桜  中村苑子
        冬桜だまつて歩くばかりなり  大石悦子

 また他に緋色の花を咲かせる緋寒桜も有名ですが、早いものでは1月の内に咲き出す事もある早咲きの桜です。 寒桜とも言います。
 歳時記では冬桜の傍題として載っていますが冬桜とは区別すべきですね。
    
        山の日は鏡のごとし寒桜    高浜虚子
        灯は消えて月のみのこる寒桜 水原秋櫻子
        寒桜いつを盛りとなく咲けり   右城暮石

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  下記をクリックすれば『冬桜(彦根城)』の全記事画像をご覧頂く事が出来ます。
             ↓
  ≪‘のぶ`のフォト俳句≫~from伊勢 【 日々身辺抄 】  ‘冬桜 (彦根城)’
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                      <画像拡大可>

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2008年1月24日 (木)

★ 初暦 と 岡本眸先生のお句

 本記事は都合上 ≪‘のぶ`のフォト俳句≫~from伊勢【日々身辺抄】に掲載致しました。
 下記をクリックの上 ご覧下さい。

         ↓

Img_7711 ≪‘のぶ`のフォト俳句≫~from伊勢【日々身辺抄】     ‘ 初暦 ’

 我が師 岡本眸先生のお句が一月に掲載されているカレンダーの話題です。

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2007年2月18日 (日)

★ 旧正月と初春。

 昨夜来の雨は起床時には止んでいましたが、どんよりとした曇りの一日です。室温計は14、15℃を前後してここ数日よりは高めですが風もあり結構寒く感じます。


             旧正や日曜日とて昼の酒  暢一


 今日は旧暦の正月に当たりますね。 中国や台湾では今でも西暦よりも旧歴の正月の方を盛大に祝います。


           道ばたに旧正月の人立てる  中村草田男 
    
.
 昔は今日が元日だった訳ですから新年の事を「初春」や「今朝の春」と呼んだ気分がよく判ります。


           初春の水に放ちし菜のみどり  長谷川久々子
           枯枝に初春の雨の玉円か    高浜虚子


 今でも俳句では新年の事を「初春」と読んで新年の季語になっていますね。
 長谷川久々子の句も新年の項に載っています。

 ところが高浜虚子の句は春の項に掲載されています。
 このように「初春」は新年だけでなく春の季語としても使われる事がありますからややこしいです。

 新年の句か春の句か見分ける方法があります。
 「初春」を「はつはる」と読ませる場合は新年の季語。
 「初春」を「しょしゅん」と読ませる場合は春の季語と理解しておけばよいでしょう。
 その読み方の違いは4音と3音から判別出来ますね。

 但し「今朝の春」は新年の季語としか認められていません。
 立秋の朝の意で「今朝の秋」の季語がありますので間違い易いですから要注意です。

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2006年10月30日 (月)

★ 重陽の節句

1ddc 穏やかな好日です。 室温は20℃とこの晩秋の日中の気温としては一番低いですが快適です。

 今日は旧暦で9月9日にて 「重陽の節句」です。
 俳句総合誌付録の俳句吟行手帳などのカレンダーでは9月9日のところに「重陽の節句」 と記しているものがありますが、「菊の節句」 「菊の日」 とも呼ばれる重陽ですから、今日の事として晩秋の季語と認識するべきでしょうね。
 重陽は陽の数字である九が重なる事をめでたいとしたもので「重九」とも言います。 


          重陽の山里にして不二立てり   水原秋櫻子
          重陽や椀の蒔絵のことごとし   長谷川かな女
          重陽や冷き茣座を抱いてゆく   飯島晴子
          重陽の日や琴出して妻老いぬ   岸風三樓
          重陽や舌にさぐりて鯉の骨    能村登四郎


 中国では重陽の節句に丘などへ登り菊を浮かべた酒を飲む宴を催す風習がありました。 これを 「登高」 と称して歳時記にも載っていますね。 「菊の宴」 「菊酒」 もまた重陽の節句の傍題季語です。
 俳句で詠む折、本意から言えば 「登高」は今日の事として詠まなければならない訳ですが、秋に山へハイキング等に行く事とゝして詠まれる事が多いようです。 陰暦3月3日の季語 「踏青」 にも同じような事が言えますね。


          登高や妹もしてみる股覗き       阿波野青畝
          登高や秋虹たちて草木濡れ      飯田蛇笏
          登高や一曲見せて千曲川       鷹羽狩行

          菊酒や粧ひ匂ふ女の童        吉田冬葉
          菊の宴いまのわが身にはれがまし  松尾いはほ


             母米寿なり真似事の菊の宴  暢一     


 序でにもう一つ。 「温め酒」は秋の季語ですが、これも重陽の節句に酒を温めて飲むと無病に過ごせるとの言い伝えからのものです。 温めた酒だけの意味で使うのは本意から言えば間違いです。
 でも登高の拡大解釈しての使い方と同じく、温め酒が恋しくなる晩秋に健康を願いながら飲むと言った意味で使ってもよいのではと私は思います。


          嗜まねど温め酒はよき名なり  高浜虚子
          温め酒雀のこゑもなくなりぬ  石田波郷
          火美し酒美しやあたためむ   山口青邨
          妻と酌む妻は佛や温め酒    森澄雄
          老らくの憂ひも恋も温め酒    阿波野青畝


 序での序でですが、 「菊の着綿。菊の綿」 と云う季語があります。 
 これだけでは何の意味かさっぱり判りませんが、これも重陽の行事の一つ。
 菊の露は長寿の薬とされていたそうで、重陽の節句の前日に菊花の上へ綿を置き、節句の当日露がおりて菊の香の染みたその綿で身体を撫でると老いを拭い去る事が出来るとの風習です。
 昔の人々は実に様々な思いを様々な工夫で自然に願いを託していたのですねぇ。


           綿きせて十程若し菊の花  小林一茶
           枯菊に着綿程の雲もなし   正岡子規

 
 一茶の句も子規の句も 「菊の着綿」 の季語の知識がないと理解し難いですね。

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2006年3月24日 (金)

★ 終い彼岸

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 暑さ寒さも彼岸までと昔から言われますが、ここ暫く風もありまだ寒い日が続いています。
 子規も
       毎年よ彼岸の入に寒いのは  正岡子規

 と詠んでいますから、彼岸を境に一気に暖かくなると云うわけでもなさそうです。
 しかし流石に日射しを浴びると春らしい暖かさを実感します。 昨日の午後 勾玉池に少しだけ立ち寄りましたが日溜りの桜が開花していました。 名所である宮川堤の桜は川風の為でしょうか、まだ蕾のままですが…。

 彼岸は中日とその前三日 後三日の七日間を言いますが、
 今日24日は彼岸の最後の日、いわゆる終い彼岸(彼岸ばらい)ですね。
 また18日の彼岸の入りの事を 「彼岸太郎・入り彼岸・さき彼岸・初手彼岸」等とも言いますが、
 『 彼岸太郎、八専二郎、土用三郎、寒四郎 』と言って、彼岸の第一日、八専の第二日、土用の第三日、寒の第四日がそれぞれ晴天だとその年は豊年であると言われているそうです。

 彼岸関係の季語も多いですが、上記の他で種々の歳時記に載っている季語を下記に挙げてみます。

     彼岸会、彼岸中日、万燈日、讃仏会、彼岸前、彼岸明け、彼岸過、
     彼岸参、彼岸詣、彼岸講、彼岸寺、彼岸鐘、彼岸道、彼岸姿、
     彼岸西風、彼岸波、彼岸潮、彼岸舟、
     彼岸団子、彼岸餅、彼岸桜(立彼岸、東彼岸、姥彼岸)、枝垂彼岸、彼岸河豚

 歳時記には載っていなくても、下記の例句のように適した語へ「彼岸○○」と彼岸を冠して季語とする詠み方もあります。

          跼み磨るマッチ匂へり彼岸墓地   岡本眸
          彼岸囃子児が飴のある口で泣き   樋口みよ子
          彼岸晴といふ好日に恵まれし     藤井巨水
          彼岸御堂四隅朽ちつつ微風吹く   百合山羽公
          森に入れば森の暗さに彼岸婆    加倉井秋を
          後継のなき坊舎守り彼岸冷え     柘植芳朗
          彼岸牡丹餅木曽義仲の墓前かな   下田 稔
          彼岸寒闘癌の記の未完稿       平井さち子
          僧代りあひつゝ彼岸法話かな      阿波野青畝
          鳥消えし空を見てゐる彼岸人      木附沢麦青
          つく~し彼岸坊主は渾名なり      寺田寅彦
 
 こうして例句を見てみると結構自由自在に多彩で面白いものがあります。
 また季語としての「彼岸」は春の彼岸のみを指しますがわざわざ春を冠した例句も幾つか見られます。

          月山の山ひだ深き春彼岸        有馬朗人
          朝の間の見えぬ雨なり春彼岸      安原楢子

 秋の彼岸の場合は「 秋の彼岸、秋彼岸、後の彼岸」等の季語を使わなければならないのはご存知の通りですね。

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2006年3月12日 (日)

★ お水取り

 関西地方では寒さも「お水取り」迄と言いますが、いよいよ3月12日の今夜がお水取りですね。本格的な春の到来ですが、今夜は少し冷えます。
 
 奈良東大寺二月堂のお水取りは3月1日より2週間に亘って行われる修二会の締め括りの行事である訳ですが、テレビでしか観た事がなく一度はあの大松明の火の粉を浴びてみたいものです。
 天平勝宝4年(752)が始まりにて今年で1255回目だそうですが、元は旧暦の2月1日から行われていましたので、二月に修する法会という意味をこめて「修二会」と呼ばれるようになったとの事です。
 二月堂の名もこのことに由来している等と東大寺のHPに載っていました。

      お水取見て来し睡き人とをり  後藤夜半

 流石に関西人である後藤夜半らしく深夜の行事を表現していますね。
 お水取りは「お松明」とも呼ばれますが、俳句の季語としての「お松明」「松明」は京都 嵯峨清涼寺の火祭りの柱松明を指しますから要注意です。

      水取やテレビ画面に火の粉溢れ

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2006年3月 6日 (月)

★ 啓蟄

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 薄曇りにて少し肌寒い感じはしますが、無風ですので火が恋しいと云う程ではありません。

 今日は「啓蟄」ですね。
 春季の二十四節気は立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨と続きますが、「雨水」の15日後に当たります。
 「啓蟄」の語は月令に言う
   
    『仲春の月、蟄虫咸動き、戸を啓き始めて出づ』    〔咸(みな)、啓き(ひらき)〕

からきていて、 ひらく巣ごもりと云う意味です。 ユーモラスで俳意が感じられるので実に俳人好みの節気です。
 実際に虫や蛇等が穴から出てくるのはもう少し先のようですが…。
 啓蟄は柳の若芽が芽吹き蕗の薹の花が咲く頃と言ったところでしょうか。

 傍題季語も
 「驚蟄(けいちつ)」「蛇穴を出づ」「蜥蜴穴を出づ」「地虫穴を出づ」「蟻穴を出づ」「蟄雷」「虫出しの雷」等があり多彩です。
 季語として俳句によく詠まれるようになったのは近代俳句、主として虚子以降の事のようです。

       啓蟄の蟻が早引く地虫かな    高浜虚子
       
       啓蟄の蟻大いなり独りなり     岡本 眸     

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