句集関係

2007年5月31日 (木)

★ 岡本眸著 「 栞ひも 」。

 岡本眸先生著の 「 栞ひも 」 が出版されました。
 今年度の蛇笏賞を受賞されてのご上梓ですから注目される事でしょう。

 以下表紙の帯に書かれた文面です。

 ‘蛇笏賞受賞俳人の珠玉エッセイ集’
 『 俳句とは、日々の生活から生まれる哀歓の情を日記のように書き綴ること。 エッセイもまた、平凡な日常のいのちの記録であり、季節と生活への恋文である。 名文家として知られる女性俳句第一人者の感動的な俳句随想76編 』


 「 栞ひも 」 は岡本眸先生の俳句総合誌・その他俳誌・新聞等に掲載された俳話随想を集めたものですが、
     「Ⅰ.雪月花のとき」
     「Ⅱ.平常心の詩」
     「Ⅲ.同時代の俳人達」
     「Ⅳ.自問自答の道」         の項に纏められています。 


 あまり引用し過ぎるのも具合が悪いでしょうから、少しだけ印象に残ったところを引いてみます。

 『 芭蕉に 「俳諧は老後の楽しみ」 と云う言葉がある。 この言葉について、のちに支考は 「人は年を取ると楽しみが少なくなってしまうから、俳諧をやって、人と交わるように心がけたほうがよい 」 という教えであると説いている。 … …。 しかし、芭蕉の 「俳諧は老後の楽しみ」 という言葉は、安易な老後の楽しみを考えての言葉であろうか。 そうではない。 「いよいよ俳諧御つとめ候て」 というように、前提条件として、いっそうの精進努力を説いているところに注目しよう。 ゛わび、さび、しおり゛といった高次元の芭蕉の芸境は、若い内に到底できぬことで、修行を積み重ねた老練の域に達して、はじめて可能なのだという思いが裏打ちされた言葉ではないかと思う。 これを私たちの身近な問題に置き換えて考えると、俳句をゲームのように気楽な遊び気分でするのではなく、昨日よりも今日、今日よりも明日へと、少しでも良い句ができるように努力する、その向上心を持ちつづけるところに老後の張り合い、生き甲斐があるということで、それが 「老後の楽しみ」 と思うのである 』

 俳句を詠み出して20年以上が過ぎ、そろそろ老年も近くなってきて安易に流れ勝ちな私には、岡本眸先生の老いて益々の精進向上志向の姿勢には身の引き締まる思いがします。

 その他含蓄ある言葉が随所に見られます。 ぜひご購読してみて下さい。 お奨め致します。
 右サイドバー下部の「◇私の購読書紹介◇」でもご紹介しましたが、そこから購入サイトへもリンクしています。


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2006年2月 4日 (土)

★ 句集「春風の量」 広渡詩乃氏

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 「朝」の平成14年度飛燕賞を受賞された広渡詩乃氏が句集「春風の量」を上梓されました。
 家庭、仕事関係の身辺句が殆どであった初期、中期に比べて写生句も増え、また実力を感じさせる後期に注目しました。
 眸先生が共鳴句として挙げられた句ですが、半分が17年間の内の最後3年間に詠まれた句です。(・の句)
 俳句とは長い年月コツコツ積み上げて花開くものと感じ入りました。

   子を置きて働けば北風激しかり
   洗ひ髪振り向きて子を驚かす
   スカート揺らし春風の量計る
   冬に入る仕事の手帳角ぼろぼろ
  ・恪勤は競歩に似たり花は葉に
   吊革に眠つてしまふ秋の暮
  ・産声と聞く暁の蝉の声
  ・門柱に倚りて話して盆の客
  ・望の月更けて浴後の手の匂ふ
  ・実家方の小春眠たき籐寝椅子
  ・下向きに咲き上向きに落椿
   島唄のつぶやく如く秋の暮
   川波のめくれしままに氷結期
  ・出雲いま夏草を焼く煙かな

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2006年1月26日 (木)

★①第39回 蛇笏賞 鷲谷七菜子氏 「晨鐘」 <2005/05/29>

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≪鷲谷七菜子≫ (大12・1・7大阪生)
 ◇「馬酔木(水原秋櫻子)」に昭和17年入会。
  「南風(山口草堂)」に昭和21年より師事。昭和59年~平成16年同主宰。現在名誉顧問。
 ◇第2回現代俳句女流賞、第23回俳人協会賞、俳人協会顧問、日本文芸家協会々員。
 ◇句集 「黄炎」「銃身」「花寂び」「游影」「天鼓」「一盞」
  他に「現代俳句入門」、随筆集「咲く花散る花」「古都残照」「櫟林の中で」「四季燦々」等。

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 現在 各俳句賞の中で協会色の無いこの蛇笏賞が権威を保ち俳人にとっても一番嬉しい受賞ではないだろうか。鷲谷七菜子氏には心よりお祝いを申し上げたい。
 
 「沈黙の中に思いをひびかせる俳句という詩形」と作者の云う通り、「晨鐘(しんしょう)」は端正にて澄んだ句集と印象する。
 私の唯一の指針は勿論岡本眸先生であるが、鷲谷七菜子氏の句にも私の目指す作句信条と同じくするものを感じている。 「晨鐘」に惹かれる所以である。

 氏も初期の頃は「俳句は反抗と愛から生まれる」と自身でも言っていたような、飯田龍太氏に「鷲谷さんの句には毒がある」と言われたような句風であったのである。
 初期の作品は第一句集「黄炎」より
   
   十六夜やちひさくなりし琴の爪  が最も知られているが

   野にて裂く封書一片曼珠沙華  「黄炎」
   行きずりの銃身の艶猟夫の眼  「銃身」
   かざしみる刃先うるはし油照り   〃

等の句をご覧頂ければ頷けると思う。
 歳月を経ての深い境地を実感する「晨鐘」である。

 <参考> 「鷲谷七菜子作品集」

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★②第39回 蛇笏賞 鷲谷七菜子氏 「晨鐘」抄 50句 <2005/05/29>

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「晨鐘」抄 50句(「俳誌「俳句」より)

  眉あげて立夏の雲と会ひにけり
  初雁の声か蔵書の中にゐて
  小鳥来る来信太き二三行
  南無南無のもつれてきたる十夜婆
  初伊勢の杉を高しと仰ぎたる
  名の山の襞深く年立ちにけり
  白雲の来りてゐたり薺粥
  昼月の忘られてゐる枯野かな
  鶴引きしあと深海のしづけさに
  山水に日の躍りゐる仏生会

  雨のすぢやや見えてゐる巣立かな
  草深くなりたる家の幟かな
  畳の目まつすぐ夏の来りけり
  道二つ出会ひてゐたる青野かな
  木の国にかくれて恋の螢かな
  老い母の消え入りさうな青葉かな
  青蜥蜴走りし光残りけり
  新涼の見る間にふゆる雨のすぢ
  秋蝉の切羽つまりし声つづく
  雁来ると心に風の立ちし日や
  
  落葉つくしてまざまざと連理の木
  返り花旧居必ず机置き
  枯菊の噴き出してゐる香かな
  日当れば弾み落ちして木の実たち
  古都歩きゐて冬の日の真あたらし
  あめつちの気の満ちてきし牡丹かな
  ひとすぢの涼気の文の来りけり
  沛然と雨若竹の明るさや
  乱おこるらしき雲ゆく枯野かな
  山水のとどろきを身に巣立鳥

  残されし鴨の羽うちの幾度ぞ
  耕人のまだ白雲の下にゐる
  ときに羽うごき抱卵うららかに
  霧の杉神事の笛のつらぬける
  橙を飾り山河をこころにす
  川音のとどろいてゐる恵方かな
  ひとところ草かたまりて雛祭
  木々の芽やかつて耽りし立志伝
  白雲のかなた白雲仏生会
  眉ひろく大暑の山と向ひけり
  
  影の山いつか日の山里神楽
  首めぐらせし水鳥に水ばかり
  春雨といふ音のしてきたるかな
  若竹の息見ゆるかの育ちかな
  夕立のはじめの音と聞きとめし
  籠枕こころに高嶺ありし日や
  落葉木の立ちつくしたる深空かな
  くらがりに柊の香や詩人伝
  木の葉とぶ日やてのひらの薬粒
  行く年の見まわしてみな水の景

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