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2004年6月の24件の記事

2004年6月30日 (水)

≪フォト俳句(35)≫6/30立食蕎麦・名古屋駅ホーム

 月に一度 支部の句会の為に名古屋近郊迄2時間半近く掛けて
出向く。近畿日本鉄道の特急かJRの快速に乗るのだが伊勢平野
の南から北へ縦断しつつ車窓から月毎に変化している景色を眺める
のは楽しい。
 伊勢平野を抜けると木曾三川を渡る。
 木曾三川とは揖斐川、長良川、木曽川の事である。大河が寄り
集まった景は雄大である。
 一時問題となった長良川の河口堰も望める。

    揖斐川に波のかげなし日のさかり  久保田万太郎

 揖斐川のほとりに桑名市があるが久保田万太郎はその桑名と縁
が深い。
 乗り換えの名古屋駅のホームでの立食蕎麦が私の昼食である
が、これが結構美味しい。


    梅雨寒や立食蕎麦に首伸べて  暢一
           
 
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 梅雨の揖斐・長良川

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2004年6月28日 (月)

≪フォト俳句(34)≫6/28金糸梅・勾玉池(外宮神域)

 伊勢神宮 外宮神域、勾玉池の花菖蒲も盛りを過ぎた。意外と早いような気もする。
 皐も とうに終わり 勾玉池を彩った花々も姿を消してゆく。
 池の面には萍(浮草)が段々蔓延って来た。
 寂しくなったなと思いつつ池を奥の方へ巡って行くと、黄色の可憐な花が細い枝にびっしりと咲いているの見つけた。
 金糸梅である。 ささやかではあるが 勾玉池は花を欠かさずにいた。

     朝々の馬場のまはりの金糸梅  長谷川双魚

 金糸梅の例句は稀であった。手元の資料をあちらこちら引っくり返して4句のみ。上の句はその内の一句。

          金糸梅勾玉池の奥暗む  暢一         


      4-610kinnsibai.jpg 4-610kinnsibai2.jpg

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2004年6月26日 (土)

≪フォト俳句(33)≫6/26睡蓮・金剛證寺(朝熊山)

 伊勢 朝熊山々頂の金剛證寺は 今 紫陽花の他に睡蓮の花
楽しめる。
 趣のある急磴を登り仁王門を潜ると 朱の太鼓橋の掛かった池の
ある境内に出る。 鐘楼もあり撞く事が出来る。
 弘法茶屋と呼ぶ茶屋もあり、境内を 又 奥の小庭を眺めながらの
一服は格別である。
       
    睡蓮開花太陽のほか触るるなし  野沢節子

 睡蓮の花期は長く 8月頃まで咲いているらしい。


         睡蓮や鯉の寄りくる人の影  暢一

  
4-14hasu-kongou.jpg 4-14hasu.syoubu.jpg 4-14hasu.hana.jpg

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2004年6月24日 (木)

≪フォト俳句(32)≫6/24卒塔婆・金剛證寺

 朝熊山々頂の金剛證寺の岳参りと卒塔婆の事は前回の記事にて
記したが、その林立する卒塔婆の中にはフォトのように 人形や
鯉幟を供えたものもある。
    
     遺品吊る卒塔婆の月日木下闇  右城暮石

 古い卒塔婆に供えられた子供の品を見ると 親にとって早世した
我が子は 何年経とうと子供のままである事を 今更ながらに痛感
する。


           羅の袖を押へて骨拾ふ  暢一
                       
                              [羅 (うすもの)]                          

4-14sotoba.ningyo2.jpg 4-14sotoba.ningyo.jpg 4-14sotoba.koinobori.jpg

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2004年6月22日 (火)

≪フォト俳句(31)≫6/22卒塔婆・金剛證寺

 朝熊山々頂の金剛證寺の奥にはフォトのように大きな卒塔婆
数限りなく並んでいる。
 ‘岳参り(たけまいり)’と云って 伊勢及び近郷では葬儀の後
親戚一同と共に金剛證寺で施餓鬼会を営み卒塔婆を奉納する
風習がある。
 伊勢は伊勢神宮のお膝元だけに神式の葬儀も多いのだが 神式の
葬儀であっても同じである。
 ここにも神仏拘らない様子が見える。
 中には4、5mもの卒塔婆もあり その列なす様は圧巻である。
 ファンが奉納した‘美空ひばり’や‘石原裕次郎’の巨大な卒塔婆
まである。
 
   花火こぼれて卒塔婆林立するくらがり  林田紀音夫

 最も 近頃は建てる場所が限られてきたのかどうか
一番下のフォトのようにごくちいさな卒塔婆が新しい。
                               
 
        卒塔婆の太き墨字や夏椿  暢一   
 

     4-14sotoba.ajisai.jpg 4-14sotoba.jpg
     4-14sotoba.dai.jpg 4-14butuzou.sotoba.jpg

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2004年6月20日 (日)

≪フォト俳句(30)≫6/20濃紫陽花・金剛證寺

 御蔭様にて≪フォと俳句≫も30回を数えたので これからは
一日置きに記事を更新していこうと思っている。
 多数の方々に毎日楽しみにしていると言って頂いて感謝して
いるが ご容赦願いたい。
 気軽に始めたが フォトにコメントとそれに即した自作の俳句を
添えて 日々更新していく事は 想像以上に努力のいる事であった。
 また携帯フォトでは如何とも思ったが 小さいながら まずゝゞの
作品を載せる事が出来たと思っている。これからも敢えて制限は
多いが携帯フォトに拘っていきたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 伊勢神宮 内宮の東方、鳥羽との境に志摩半島では最高峰
(標高555m)の朝熊山が聳えている。
 内宮から鳥羽へ海の展望出来るスカイラインも通じていてる。
 その頂上にあるのがフォトの紫陽花寺 金剛證寺である。
昔は『伊勢を参らば朝熊をかけよ。朝熊かけねば片参り』と詠われた
ように 伊勢参りの後必ず訪れる寺であった。
 現代のように車ですいすいと登れる訳ではないから昔の伊勢
参りの人々は山登りも覚悟しなくてはならなかった と云う事で
ある。
 頂上にあるだけに紫陽花はまだまだ これからが見頃のようである。

    神垣や思ひもかけず涅槃像  芭蕉

 伊勢神宮は仏とも仲が良いようである。
 
 
      藍色の触れて冷えなき濃紫陽花  暢一


     4-14ajisai.yane.jpg 4-14ajisai.tera.jpg
     4-14gakuajisai.jpg 4-14sukairain.jpg

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2004年6月19日 (土)

≪フォト俳句(29)≫6/19万緑・豊宮崎文庫

 外宮神域の東隣、睡蓮の咲く古道を挟んで向かい側に「豊宮崎文庫」跡がある。
 360年程前に創設され 今で云えば図書館兼学校である。
 明治11年に焼失してしまったが 今でも フォトのように当時の門と築地塀が残っている。  
 江戸幕府の保護も受け、貝原益軒らも講義をしていて中々権威のある立派なものであったらしい。
 ちなみに伊勢は江戸幕府の直轄領地であり、幕府の奉行所が統治していた。 大岡越前守も就任していた奉行所跡がある。
 
    御遷宮昔の伊勢の暗さなる   山口誓子

 昔の神々しい幽さは如何ばかりであったであろうか。


       万緑や伊勢に日の神風の神  暢一


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2004年6月18日 (金)

≪フォト俳句(28)≫6/18下闇・外宮外苑

 30回迄欠かさず記事を更新し 後は一日置きにと思っていたがココログサイドの事情で目前にして一日途絶えた事は残念である。
 毎日を楽しみしていて頂いた方もいたようでお詫び申しあげる。 ニフティーさんも もう少し確りとしてもらいたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 睡蓮の咲く外宮外苑の裏手の古道から杜に分け入る小径を見つけた。
 辿ってみると フォトの小さな社殿のようなのが2ヶ所建っている。鳥居はあるが賽銭箱や扉が無いところを見ると 恐らく何かの庫であろう。このような建物にもちゃんと御遷宮の際の敷地が横にある。
 伊勢神宮の御遷宮の事は 又詳しく記す機会があると思うが20年毎に社殿、調度類一切を新しくする行事の事である。お木曳き、白石曳き等地元民挙っての祭事も盛大に催される。
    芭蕉に

         尊さに皆押しあひぬ御遷宮

                           の句がある。


         下闇へ神事の列の消えゆけり  暢一


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2004年6月16日 (水)

≪フォト俳句(27)≫6/16睡蓮・外宮外苑

 伊勢神宮の外宮さん(市民はそう呼んでいる)は町中にあると云っても広大である。
 神域は南西に市内から郊外に低く連なる山並みに続いていて、東側からそのその山並みの里、そした奥伊勢へと通じる古道がある。
 古道と神域の杜との間に細い小川が流れ 2ヶ所池のように膨らんでいる。
 そこに「睡蓮」が咲いているのを見付けた。
 町中では見る事のない花に思いも掛けず出逢った嬉しさは格別である。


         神宮の裏の古道や睡蓮花  暢一
 

     04-610hanahasu3.jpg 04-610hanahasu2.jpg

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2004年6月15日 (火)

≪フォト俳句(26)≫6/15五月闇・茜神社(外宮外苑)

 伊勢神宮には五十鈴川上流に位置する内宮
伊勢町中にある外宮の2ヶ所の神宮がある。
 内宮は2千年程昔に天照大御神が鎮座。
 それから5百年程後に丹波の国から豊受大神を
迎えて宮を建てたのが外宮である。
 外宮の豊受大神は農産業の神にて 平たく言え
ば内宮の天照大御神の衣食住を守る為の神であ
る と神宮の資料に記されている。
 まさに古事記の世界である。
 内宮だけ訪れる観光客がほとんどにて 外宮を
知らない人が多いかも知れないが、地元の人達は
町中にある事もあって 外宮に親しみを持っている。
 外宮の神域には他に小さな神社や社が多数存在
する。フォトは勾玉池沿いにある茜神社の鳥居。
 ‘あこねさん’と呼ばれて親しまれている。


     奥へ奥へ鳥居つらなる五月闇  暢一


         36akonetorii.jpg

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2004年6月14日 (月)

≪フォト俳句(25)≫6/14隅田の花火(伊勢市内)

 また額紫陽花の事であるが 町中でまさに星の形
をした額紫陽花に出会った。
 調べてみると‘隅田の花火’が花名である。
 何と粋な名だろう。
 花々に興味を持ち出すと 今迄見過ごしていたもの
が見えてきて楽しい。
 

    紫陽花や昔見たくて路地歩く  暢一


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2004年6月13日 (日)

≪フォト俳句(24)≫6/13額紫陽花(伊勢市内)

 紫陽花はそうでもないが 額(萼)紫陽花は品種
改良が盛んらしい。
 近所に咲いているのを見てもフォトの通り結構
種類が豊富である。


    額の花海見入るとき一人一人  暢一


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     04-610gakuajisai.jpg 04-610gakuajisai2.jpg

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2004年6月12日 (土)

≪フォト俳句(23)≫6/12紫陽花(伊勢市内)

 あぢさゐ(紫陽花)の和名は‘あつ(集)’ ‘さあゐ(真藍)’が変化したものらしい。
 藍色の花(萼)が集まったものと云う訳である。
 また‘紫陽花’の漢名は平安時代の学者が中国の別の花名を当ててしまった誤用が定着したとか。
 中国で正しくは‘八仙花’。
 平安時代の学者先生も頼りないものである。
 
 紫陽花は日向が苦手、酸性土壌では青色、アルカリ土壌では赤色が咲くと 云われているが、昨日たまたま見つけたフォトの紫陽花は日当たりの良い土手の一ヶ所に青も赤も白も咲いていたので、
少し疑問である。

     紫陽花の雨や妹への文にじみ  暢一

                             〔妹(いも)〕  

      04-610ajisai.jpg 04-610ajisai-siro.jpg

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2004年6月11日 (金)

≪フォト俳句(22)≫6/11紫陽花(伊勢市内)

 今 各地の寺や園の紫陽花の便りがしきりである。
 しかし一面に咲き誇る紫陽花は何か気押される。
 町角にひっそりと咲いた紫陽花の方が風情があっ
て好ましい。
 紫陽花の句と云えば杉田久女の

   紫陽花に秋冷いたる信濃かな

がもっとも有名であるが 寒冷な地に秋まで咲き残っ
ている紫陽花は私も経験がある。


   紫陽花の昏るるを見つめひとを待つ  暢一


        sh0173-ajisai.jpg
          紫陽花(伊勢市内)

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2004年6月10日 (木)

≪フォト俳句(21)≫6/10皐月・勾玉池(外宮外苑)

 躑躅に入れ替わって皐月の咲き誇る時期。
 勿論 皐月も躑躅の一種ではあるのだが 他の種類の
躑躅と違って陰暦五月が花期なので 特にサツキと別の
名で呼ばれるのであろうか。よくは分からない。
 皐、杜鵑花、五月(皐月)躑躅、とも表記されるが 俳
句では杜鵑花を使う事が多いようである。     


  五月躑躅花落としては咲き継ぎぬ  暢一

   
        sh0133-606.jpg
           皐月(勾玉池)

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2004年6月 9日 (水)

≪フォト俳句(20)≫6/9蚊遣香(伊勢市内)

 陶器屋さんの前を通ったら蚊遣豚が店頭に出ていた。
 蚊取線香を入れる陶器は蚊遣豚と呼ばれるように
大きく口を開いた豚の姿と決まっていたものだが、 この
頃はフォトのように面白い姿の物もある。
 はて蚊遣豚と呼んでよいののかどうか。
   
  辻桃子が

     蚊遣豚蚊遣豚にぞ乗り売らる

と楽しい蚊遣豚の句を詠んでいる。
 電気式が普及している今でも結構売れるようだ。
 俳句では蚊取線香を‘蚊遣香’と云う
事が多い。
 調べが佳く何よりも字数が少なくて済むからである。


      消灯のあとの語らひ蚊遣香  暢一   

 
         sh0207-609.jpg
          蚊遣豚(伊勢市内)

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2004年6月 8日 (火)

≪フォト俳句(19)≫6/8梅雨晴・夾竹桃(伊勢市内)

 昨日の 梅雨らしい一日中のしとしととした雨とは
打って変って 今日(6/7)は朝から溝が溢れる程
の豪雨である。しかし昼前から陽が射して青空に。
 と思っていたら昼下がりに又激しい雨。
 今年は荒梅雨を思わせる様である。
 梅雨の時に数時間、或いは半日、一日晴れる
事を‘梅雨晴’ 梅雨晴間’ 五月晴’ と俳句を
詠む時に使い分けるが、 二日目にして早速の梅雨
晴間である。
 (梅雨晴は梅雨が上がった時にも云う。五月晴は
昨日の記事の五月雨と同じ事である。)
 突然晴れた空に夾竹桃の白い花が眩しかった。


    梅雨晴やまたも塵紙交換車  暢一


       sh0204-610.jpg
        夾竹桃(伊勢市内)

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2004年6月 7日 (月)

≪フォト俳句(18)≫6/7五月雨・勾玉池(外宮外苑)

 今日(6/6) 東海地方にも梅雨入りが発表され
た。例年より少し早いようである。
 五月雨は最近5月に降る雨として使われる事が
多いが本来は梅雨の事である。
 陰暦で考えてみれば理解出来る事だが テレビ
の天気予報でもその事を断りながら 5月の雨に
使っていた。

   五月雨を集めて早し最上川    芭蕉
   さみだれや大河を前に家二軒  蕪村

のよく知られた句も 今でいえば6月下旬前後、
梅雨の景を詠んだものである。
 フォトは勾玉池 四阿屋からのもの。
 雨の勾玉池もまた風情がある。
 もっとも俳句に関わっていると 雨が降ろうが槍
が降ろうが楽しくなってくる。


    五月雨と遊ぶに傘のみどり選る  暢一

       
       image_608.jpg
        四阿屋より(勾玉池)

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2004年6月 6日 (日)

≪フォト俳句(17)≫6/6通し鴨・勾玉池(外宮外苑)

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 勾玉池の冬は鴨の池でもある。晩秋 ぽつぽつと飛来してある時期一気にその数を増やし、春 少しづつ数を減らしながら 又ある時期一気に姿を消す。
 しかし 中にそのまま居残る鴨も数羽いる。今年は番(つが)いと他一羽の三羽が残った。
 俳句では‘残る鴨’を‘春の鴨’とも云い 春の季語だ。
 
        残りしか残されゐしか春の鴨  岡本 眸

 掲句は有名な作者の代表句である。
 下記の私の句の‘通し鴨’は文字通り一年を通じている鴨の事を云い 夏の季語とされている。
 ちなみに‘初鴨’は秋 、‘鴨’だけだと冬の季語である。

        浮舞台屋根とし宿る通し鴨  暢一

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2004年6月 5日 (土)

≪フォト俳句(16)≫6/5 躑躅(伊勢市内)

 躑躅(ツツジ)の花期は長い。 ただし一つの木が長く咲き続ける訳ではなさそうだ。
 花が無惨に萎れ枯れてしまった木の近くで 咲き誇っている木もある。
 種類が違うのであろうか。 無知な私には分からない。
 フォトは半月位前の物。石碑は元NTT伊勢営業所のビルの前にある。 

<自動交換記念碑>
  昭和29年3月14日 三重県で初めて自動による電話交換サービスがこの地で開始された

と記されている。 現代の通信事情を考えると隔世の感がある。


          コンビニへ寝酒を買ひに夜の躑躅  暢一


               sh0035-605.jpg
               躑躅(自動交換記念碑)

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2004年6月 4日 (金)

≪フォト俳句(15)≫6/4花菖蒲・勾玉池(外宮外苑)

 勾玉池の花菖蒲も少し咲き揃ってきた。
 黄菖蒲が一番初めに咲き出していたのだが 何時の
間にか姿が見えない。 今は白と紫がほとんどにて ど
うもあまり種類は多くなさそうである。


      清々と勾玉池の花菖蒲  暢一


         sh0177040603.jpg
           花菖蒲(勾玉池)

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2004年6月 3日 (木)

≪フォト俳句(14)≫6/3夜店(伊勢市内)

 フォトは昭和村で撮ったもの ではない。 この6月
1日から始まった夜店のポスターである。
 場所は伊勢市内の高柳商店街。1・6・3・8のつ
く日に催されるところから昔より ‘いちろくさんぱち’
の夜店と呼ばれ近隣では結構有名である。
 わざとレトロ調に作成したのかどうかは分からない
が 懐かしい気分にさせてくれる。
 そういえば私の子供の頃の夜店は どきどきする程
楽しかった。 雑踏の中 迷子にならないようにしっか
りと握ってくれていた父の手の思い出。


   父の手の大きく熱き夜店かな  暢一


       sh0172poster.jpg
        ポスター(伊勢市内)

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2004年6月 2日 (水)

≪フォト俳句(13)≫6/2更衣・木香薔薇(伊勢市内)

 今日(6/1)は衣更え。 四季折々の行事・習慣は暮
らしにめりはりをつけて楽しませてくれる。
 もしこのような事柄がなければ だらだらと一年が過ぎ
て何と詰らない事だろう。
 フォトは‘モッコウバラ’。 手元の花図鑑にはこのよう
にカタカナ表記である。 前にも書いたように バラは兎も
角としてモッコウの意味するところがカタカナでは分から
ない。 漢字で書くと‘木香薔薇’。 これなら意味すると
ころが想像出来る。


    更衣街のたれかれ見て楽し  暢一

                 〔更衣(ころもかへ)〕 


        040601b.jpg
        木香薔薇(伊勢市内)

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2004年6月 1日 (火)

<フォト俳句(12)>6/1下闇・倭姫宮(伊勢市内)

 陽射しが強くなっていくにしたがい 鳥居の奥の
下闇も濃くなっていく。


    下闇の杜の深さを畏れけり  暢一


       040601.jpg
         倭姫宮(伊勢市内)

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