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2004年9月の9件の記事

2004年9月30日 (木)

≪フォト俳句(70)≫9/30( №2)万金丹薬舗・花芙蓉(八日市場町)

 前回の続きにて伊勢の万金丹の事をもう少し。
 周知の事ではあるが万金丹とは丸薬の事にて胃腸、解毒、
気付け、その他諸病に効くとされ当時としては誠に便利な薬で
あった。勿論その時代の旅には欠かせない薬である。
 江戸時代の御蔭参りの盛んな頃には伊勢の土産として参宮者に
喜ばれた。

       ものの絵にあるげの庭の花芙蓉  高浜虚子

 当時は前回紹介した小西万金丹の他に野間万金丹、山原万金丹
、岩城万金丹等があった。
 小西万金丹と野間万金丹は営々と今に続いて営業している。


         花芙蓉老舗薬舗の金屏風  暢一 


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  (小西万金丹)
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    (芙蓉)

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2004年9月27日 (月)

≪フォト俳句(69)≫9/27 万金丹薬舗・花芙蓉(八日市場)

 伊勢神宮への参宮街道が伊勢市内に入り、外宮の手前約1km
程に室町時代頃から参宮客相手に市が立ち始めた。
 やがて定期的に開かれるようになり、八のつく日に市が開かれ
た事からこの辺りは八日市場町との地名になった。
 参宮街道の発達とともに市は繁栄し、江戸時代には山田(伊勢
市内旧名)の町のメインストリートとなっていく。
 伊勢でも町名の整理統合で歴史のある古い地名が随分と消えて
しまったが、八日市場町は幸いに町名として健在である。
 花芙蓉の咲くこの町の西端から外宮への旧街道を進むと
「小西万金丹薬舗」がある。
 四代将軍徳川家綱の時代に創業(1676)の老舗である。
 以前の記事で触れた事のある伊勢独得の切妻造りの建築様式
にて江戸時代のままの姿を今に伝えてくれている。
 
      佇つときのいつも風ある芙蓉かな   加倉井秋を

 八日市場町の角の芙蓉の花は8月初めには咲き出した。
 結構花期の長い花である。


        町の名に偲べる歴史芙蓉咲く  暢一
 

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 (小西万金丹薬舗)
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     (芙蓉)

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2004年9月24日 (金)

≪フォト俳句(68)≫9/24 浅沓・白萩・外宮神苑茜神社

 今 外宮神苑 勾玉池畔の花は僅かに咲き残った百日紅と盛り
の白萩である。

 池を一巡りした辺りで萩の白い花を楽しみつつ行くと茜神社の
鳥居が建つ。 茜神社はこじんまりとした末社だが、同社域に稲
荷神社もあり社殿前に大小の狐の置物が勢揃いしていて見物だ。

 社務所の玄関にはフォトのようにいつも神官の履く漆黒の浅沓が
綺麗に揃えられていて印象的である。
 浅沓は公卿や殿上人等が用いた黒漆塗の桐製の木靴、神宮神
社では神官が正装した折りに履く。

    萩の風何か急かるゝ何ならむ  水原秋桜子

 斎宮の歴史体験館で履かせてもらったが、意外と軽くまた絹製
の綿入れを甲の部分に嵌めこんで足にフィットするように工夫され
ている。


    沓脱の沓の漆黒萩の花  暢一

                       {沓(くつ)}
                                  
 816akone-kutu-appu.jpg 816akone-kutu.jpg
    (浅沓)
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    (白萩)

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2004年9月21日 (火)

≪フォト俳句(67)≫9/21 曼珠沙華・小俣町

 フォトの曼珠沙華は9月の初旬に撮影したものである。
 新聞にも記事があったが今年は開花が随分と早いようである。
 別名彼岸花と言うように彼岸の頃に咲き出すのが例年であるの
だが。
 普通花々は南から北へと時期を追って咲いていくものであるが
、曼珠沙華は日本列島南北関係なく一斉に開花すると言われて
いる。しかし13日に富山へ行く機会があったが曼珠沙華は見当
たらなかった。やはり多少の地域差はあるのか、または異常気象
の昨今、花々の生態にも影響を及ぼしているのか興味のあるとこ
ろである。

     あだし野や首の重たき曼珠沙華  殿村菟絲子

 曼珠沙華が田の畦に咲いている事が多いのは、昔々その根を
さらして毒を取り飢饉の時など食料とする為に畦に植えられて
いた名残りである。
 
     もう一人の我がゐて抱く曼珠沙華  暢一


     911mannjyusyage1.jpg 911mannjyusyage2.jpg
     911manjyusyage3.jpg 911mannjyusyage4.jpg

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2004年9月17日 (金)

≪フォト俳句(66)≫9/17 勾玉池・百日紅

 久し振りに早朝散歩にて伊勢神宮 外宮外苑の勾玉池に出掛
けた。どうかなと思っていた百日紅がまだ咲き残っていてる。
 7月に咲き始めて名の通り百日近く咲いているのである。この
ような名の花は他には日々草・百日草・千日紅等が思い浮かぶ。
 百日紅は中国原産にて中国名であり和名はサルスベリである。
 サルスベリの名は猿も木から滑り落ちるほど幹がすべすべして
いる事に由来す事は御存じの通りにて漢名も和名も実に分かり
易い命名である。江戸時代以前に渡来したらしい。
 よく見掛ける花はフォトのようにピンク色であるが、紅・白・
紫などの花色もある。

      百日紅恋を忘れて胴太き   岡本 眸

 百日紅は夾竹桃と共に夏を代表する花木である。


         百日紅勾玉池に咲き残る  暢一
 

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2004年9月14日 (火)

≪フォト俳句(65)≫9/14 伊勢市駅前・三交百貨店

 全国、特に地方都市の駅前や中心繁華街からの百貨店等 大型店の撤退が時折ニュースとなる。
 伊勢市も例外ではない。 伊勢市駅前にあったジャスコのビル二棟が取り壊されたのは随分以前の事である。
 駅前にはもう一店三交百貨店があったが、これも遂に昨年撤退した。 伊勢市の総合大型店は郊外型のショッピングセンター3店のみになってしまったのである。
 
 市内に小型のショッピングセンター・スーパーは存在するがバブル崩壊を境に今では半減してしまった。 昔からの商店街も元気が無い。 今 食材・日用品がまともに揃うのは主な4商店街の内 市内西部に位置する浦の橋商店街のみである。
 我々のように車で行動出来る者はまだ良いが、車を持たないお年寄りの家庭では不自由この上も無い事態となっている。  

 駅前周辺に日常の買い物が出来る店が無くなってしまうと誰が想像したであろうか。
 市内中心の駅前から市内西部の浦の橋商店街までお年寄りがショッピングカーに縋りながら30分以上掛けて買い物に行くのである。 より高齢化社会を迎えつつある現今、行政の責任は重大だ。

      暮早し駅前にして暗き灯も   高濱年尾

 三交百貨店は大きな空家となって寂しい姿を曝している。
 面した商店街は洒落たブティク・洋菓子店等が並び賑わっていたが今は見る影も無い。


      百貨店空き家になりてちちろ虫  暢一


            713_sankou.jpg
               旧三交百貨店

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2004年9月 8日 (水)

≪フォト俳句(64)≫9/8 台風18号

 昨日(9月6日)2回、今朝と震度4の地震があった。四国・
近畿・東海とかなり広い範囲で強い揺れがあったようである。
 震源地は近い将来起こるであろうと予測されている東南海地震
の震源の近くである。
 何とも不気味である。今日の夕刊には量販店の防災関連品が
半日もせずに売り切れてしまったと載っていた。
 
 以前にも触れた事があるが、伊勢の地に伊勢神宮が鎮座した
理由は温暖で海山の幸が豊富な事も勿論であるが、一番の理由は
自然災害の少ない土地として選ばれたのである。
 伊勢の過去の自然災害として記憶にあるのは東南海地震(昭和
19年)と伊勢湾台風(昭和34年)の二つである。
 どちらも紀伊半島及び伊勢湾岸地帯が歴史に残る甚大な人的
物的被害を被った。
 ただ伊勢神宮に聳える神杉の倒木や市内の一部建物の倒壊は
あったものの神宮のお膝元はどちらの災害も甚大と云う程では
なかったようである。

      颱風の心支ふべき灯を点ず   加藤楸邨

 今(9月7日)台風18号が猛威を振るいながら西日本を東進
している。九州を通過しつつあるのに伊勢でも朝から強風が吹き
荒れている。如何に大型の強い台風であるかが分かる。


         黄昏の街や颱風来つつあり  暢一


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2004年9月 5日 (日)

≪フォト俳句(63)≫9/5刈田・伊勢郊外

 伊勢市内の西端を流れる宮川沿いに上流に向かって車で10分
も走ると山沿いの田園地帯である。
 8月23日に走ったがここもすっかりと刈田になっていた。
 幹線道路を外れて山裾の道を行くとフォトのようにガードレー
ルを稲架(はざ)代わりにして稲が干してある。
 山沿いの昔ながらの田園風景を堪能していたところにとんだ
現代風にて苦笑した。

     山に入りて田も細りゆく稲架も痩せ  加藤楸邨

 刈田となって今迄目立たなかった畦の緑が模様をなしている。
 山間の狭い田ならではの景である。

 
        稲刈つて畦のみどりの幾何模様  暢一


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2004年9月 2日 (木)

≪フォト俳句(62)≫9/2刈田・伊勢平野・姫女苑

 伊勢地方の早稲振りについては少し前に記事にした。恐らく
盆休みには刈り入れを済ますであろうと書いた。
 8月20日に郊外に出る機会があって眺めてみると 予想通り
にて一部を残して刈田になっていた。
 3枚目のフォトに見える花は姫女苑。7月頃から11月頃迄と
花期は長い。

     おもかげや早稲の刈田に水の音   角川源義

 伊勢平野の景は盆を境に劇的に変化する。


        秋の田に連山遠き伊勢平野  暢一
 

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823akarita-youusuiguti.jpg 823adote.jpg

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