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2004年10月の8件の記事

2004年10月31日 (日)

≪フォト俳句(80)≫10/31(№3)黒部峡谷の花

 前々回、前回の続きである。 黒部ダムは標高1,455mに位置するのであるが、湖畔にはやはり見慣れない花々が多い。
 その中で唯一馴染みのある 野紺菊を見付けた。 さらにロープウェイにて大観峰に登ると、野紺菊がそこでは群生している。
 立山連峰 大汝山(3,015)の一峰である2,316mの大観峰と云う高山に咲いているとはと帰宅後調べてみた。
 
 【野紺菊】
   白色が多い野菊の中でもっとも色が鮮やかな紫色(紺色)
   山地に多いことも特徴。
   野菊の中で、もっとも群生するのもこの野紺菊。
   日当たりのいい草原や道路わきに、みとごに群生しているのも秋を感じさせる風景。
とある。山地と云ってもこの辺りの標高が上限であろうか。
 
       山のいろ山より湧きぬ野紺菊    手塚美佐
       見下ろせる度にダム見ゆ紅葉狩  右城暮石

 大観峰は立山アルペンルートの中でも一番の山岳展望が楽しむ事が出来る。9月中旬であるが一部紅葉が見られた。


          革靴でたどる立山野紺菊  暢一 
          

    黒部ダム       野紺菊        小金鈴花?
913kurobeko-kumo-1.jpg 913kurobe-hana3-uppu-6.jpg 913kurobe-hana-ki-10-2.jpg
    薄雪草?         ?            
913kurobe-hana5-9-3.jpg 913kurobe-hana4-8-4.jpg
           ?
913kurobe-hana2-mure-7.jpg913kurobe-hana2-uppu-6.jpg
  
大観峰よりの大汝山   〃 立山連峰   
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        野紺菊群生
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2004年10月28日 (木)

≪フォト俳句(79)≫10/28(№2)黒部ダム

 前回の続きである。大町温泉に宿泊した翌日は黒部ダムに向
かった。関西電力のトンネル(約6km)を通るトロリーバスに
乗り換えてダム湖に出た。
 峻険な黒部峡谷に忽と広がるダム湖は圧巻である。日本一と
言うのも頷ける。
 昭和31年から7年もの歳月を掛けた冬雪深い大峡谷での難工
事も、ダム湖は勿論であるがトンネルの掘削が苦闘の連続であっ
たようである。
 その苦闘は石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」に詳しい。
 手元の黒部ダムのパンフレットでは触れていないが、恐らく
多数犠牲者の出た事が思われる。
 私の地元に近い宮川ダムには工事中の犠牲者の慰霊塔があり
その犠牲者の数の多さに驚いたものである。
 黒部ダムにも慰霊塔があるのであろうが見付からなっかた。
 恐らくその人数は宮川ダムの比ではあるまいと思う。

      鵙鳴かず過ぐ秋風のダムの上  及川貞

 黒部ダムからケーブルカーで黒部平へ、そしてロープウェイに
乗り継ぎ小さくなっていくダム湖を見下ろしながら標高2,316m
の大観峰に登った。


         山紅葉ダム湖に速き雲の影  暢一


      【山紅葉…カエデ科の紅葉樹、春に実をつける】              
 
913kurobeko-uppu-2.jpg 913kurobeko-damu-3.jpg 913kurobedamu-housui-1.jpg
 
913kurobeko-kawa-4.jpg 913kurobe-roupu.jpg 913kurobeko-hukann2-5.jpg
 
913kurobe-ro-puuei-tyoujyoueki.jpg

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2004年10月24日 (日)

≪フォト俳句(78)≫10/24(№1)蕎麦の花・信濃路

 9月中頃の事であるが、中山道34宿の奈良井宿に寄りつつ信濃路を辿った。
 大町温泉に宿泊すべく奈良井宿から渓流沿いの国道19号線をしばらく走ると稔田が黄金色に広がる平地に出る。 伊勢平野では一ヶ月も前に刈り入れが済みすっかり刈田になっているので、四方の嶺々の景も相まって美しく感じた。
 ところどころパッチワークのように白い畑が稲田の中に見られる。 蕎麦畑が満開の花を咲かせていたのだ。
 
       山脈の濃くさだまりてそばの花   長谷川双魚

 伊勢平野に蕎麦畑は見られない。また9月に旅行する事も稀なので初めて見る蕎麦の花であった。


       信濃路に暮れ残りたる蕎麦の花  暢一


      913kurobe-yama2-a.jpg 913naraijyuku-a2.jpg
 
         913sobanohana-ine-b.jpg 913sobanohana-c.jpg

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2004年10月15日 (金)

≪フォト俳句(75)≫10/15 曼珠沙華・外宮神苑(勾玉池)

 9月22日に外宮神苑の勾玉池にて曼珠沙華の花の褪せた様を撮ったフォトがある。
 没にするつもりであったが、眺めていて悪くはないなと思い返し先月のフォトにて申し訳ないが載せる事にした。

         曼珠沙華消えたる茎のならびけり  後藤夜半

 真っ赤に花の咲き誇っている時は気が付かなかったが茎は綺麗な緑色をしていたのである。


           花褪せて茎のみどりや曼珠沙華  暢一


          922magatama-karemanjyusyage-1.jpg 922magatama-karemanjyusyage-2.jpg

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2004年10月12日 (火)

≪フォト俳句(74)≫10/12 台風22号・鳥羽・結婚式

 台風22号が直撃の恐れのあった10月9日鳥羽に出掛けた。 結婚式に招かれて出席の為である。
 会場となるホテルは海沿いの崖に張り付くよう建てられている。なにせ玄関ホールが5階にあるのだからホテルの構造がお分かり頂けると思う。
 もしそこへ海からまともに台風直撃となれば如何ばかりの事になるか、交通は?と心配しながら11時半頃ホテルに着いた。
 幸いに雨は激しかったものの風はそよとも無い。首をかしげつつ式・披露宴に列席した。
 ニュースを聴く訳にもいかないから台風の現況は分からぬまま5時過ぎに式・宴は滞りなく終わりホテルを出ると青空である。
 昨夜・今朝のニュースで当地直撃間違いなしと思っていたから、狐に抓まれた思いで夕焼けと共に伊勢に帰り着いた。
 
       台風外れ月夜の貨車として進む  桂 信子

 伊勢を海上に逸れて行った台風22号は結局関東に上陸し被害を与えてしまった。
 それにしてもご両家の方々は前夜から眠れぬ程気を揉んだ事であろうとお察しする。


        颱風のなりひそめたる華燭の儀  暢一


109umiame2_a.jpg 109teiburu_b.jpg 109hutariyousou_c.jpg
109yomeobake_d.jpg 109kimonohahato_e.jpg 109tobahoteru_f.jpg
      109tobaumihare_g.jpg 912yuuhikawa_h.jpg

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2004年10月 9日 (土)

≪フォト俳句(73)≫10/9 宮川堤の人柱・松井孫右衛門

 台風21号の影響による豪雨から危なく氾濫を免れた伊勢市内の宮川堤には実は人柱が眠っているのである。
 度会橋の上手すぐの所に寛永十年八月二十五日(1633年)と刻まれた松井孫右衛門の供養碑と彼を祀る祠が建っている。

 古来 市内の宮川は度々決壊して洪水を引き起こし甚大な被害を被ってきた。
 そこで堤防を修復する際に人柱を捧げて神に祈らなければとの話しになったらしい。
 その時孫右衛門が自ら申し出て人柱となったのである。
 松井と云う姓を持っていたところからみると恐らく孫右衛門は土地の有力者であったと思われる。
 自ら名乗り出た事は事実であろう。 江戸時代でもまだそのような風習が残っていた事は驚きである。 人柱を祀る東側の堤防は以来370年一度も決壊した事が無い。

 フォトの碑と祠の間にある黒っぽい石は孫右衛門の徳を称える俳人 山口誓子の句碑である。
 昭和45年4月に建てられた。


    孫右衛門西向き花のここ浄土  山口誓子


 桜の季節 満開の花の下 孫右衛門の像が西の浄土を向く。
 いつ訪れても綺麗に清掃された祠にはワンカップの酒が供えられている。
 如何に地元の人々が孫右衛門を身近に想い敬っているかが偲ばれる。 
 私も桜で詠んだ。


           人柱祀る祠の遅桜  暢一

 
105magoemonn-a.jpg 105magoemon-b.jpg 105magoemon-c.jpg
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2004年10月 6日 (水)

≪フォト俳句(72)≫10/6 台風21号・宮川(№2)

 この度の豪雨の被害に対して各地から多数のボランティアの
人々も駆け付け、伊勢市内は早々と落ち着きを取り戻した。
 しかし宮川上流の山間にて被害甚大であった宮川村は多数が
まだ避難所に居り、土石流跡や道路寸断の復旧は遅々としている。
 電気、電話、水道の復旧も一部未だの地区もある。特に水道は
浄水場そのものが被害を受けて目途が立たない。
 大杉谷地区はこの記事を書いている現在(5日正午頃)まだ
完全に孤立しており、救援物資等はヘリが頼りである。
 今日(5日)また激しい雨が予想され、宮川村に避難指示が
出された。山間の事にて避難所そのものが完全に安全とは言え
ない状況で、村民の不安な日が続く。
 一日でも早く安息できる日の来る事を祈らずにはいられない。

    ふところの親の位牌や秋出水  三宅応人

 今朝 市内の宮川に行ってみた。水量は随分と減ったが、まだ
通常の川幅の倍はある。
 水没していた河川敷公園には流木が散乱し、名所となっている
桜の枝には色々な物がぶら下がっている。ブロックで覆われて
いた橋脚の足元も深く抉れていた。

 因みに 俳句では「出水」だけの場合 梅雨時の事を言い夏の
季語である。今の時期の台風や豪雨による場合は掲句のように
秋をつけて「秋出水」と言う。
 また「洪水」は今の時期での事を指し秋の季語である。
 
 
    枝に残る赤き毛布や秋出水  暢一

                            {枝(え)}
                       
   (9月30日)
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 930miyagawa-higasi-kinone-6.jpg 930wataraibasi-1.jpg
    
   (10月5日)
 105wataraibasi-2.jpg 105kyoukyaku-egure-3.jpg
 930miyagawa-kani-7.jpg 

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2004年10月 3日 (日)

≪フォト俳句(71)≫10/3 台風21号・宮川

 29日台風21号が上陸し西日本の各地に被害をもたらした。
 三重県を逸れた為台風直撃の被害は無かったものの、前夜から
の雨が観測史上最大の豪雨となり南部各地が洪水・土砂崩れ・
橋脚の流出等の多大な被害を受ける事になった。
 宮川村7名・海山町2名・松坂市1名・紀伊長島町1名と11名
もの方が死者行方不明者となってしまった。

 伊勢市の西を流れる宮川も上流の豪雨により水嵩が増し、流域
の住民約3万人に避難勧告が出された。
 心配されたその後の台風による雨が回避されて事無きを得たが、
もしその夜台風21号が逸れずに再びの豪雨に見舞われていたと
したら、宮川も氾濫していたかも知れない。
 伊勢市で避難勧告が出たのは初めての事である。
 しかし山沿いの市内にて横輪川が氾濫し川沿いの団地40戸程
が胸まで来る程の洪水被害を受けたり、一部地区での浸水も
あったようである。

     秋出水早鐘つひに撞かれけり  久保田万太郎

 フォトは翌日宮川を撮ったものである。日本一の清流が濁流と
なり未だ宮川に掛かる度会橋に迫っていた。


         清流のいま恐ろしき秋出水  暢一
 

930miyagawa-dakuryuu1.jpg 930wataraibasi-nisi2.jpg 930miyagawa-hasigeta3.jpg
 
930miyagawa-abunai4.jpg 930miyagawa-nisi-kinone5.jpg

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