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2005年1月の9件の記事

2005年1月30日 (日)

≪フォト俳句(108)≫1/31 ② 清川稲荷社 <伊勢市内>

 前回記事の今社(いまのやしろ)の社殿の隣には鳥居と社の朱色が目を引く清川稲荷社がある。
 伊勢市内の神社には小社であっても殆どに社殿と隣り合わせの稲荷神社が建つ。 その理由は分からない。 もともと稲荷神社の起源そのものがはっきりとは分からないらしい。
 全国に約13万社ある神社の内 約4万社が稲荷神社であり、他に工場・ビル・商店街等を数えればその10倍は鎮座していると云うのにである。
 ただ稲荷信仰もやはり印度を源流としているとはされている。

 稲荷の特徴である朱色の由来については道教の主な思想である陰陽五行からと云う説。
 稲荷の名から想像つくように 五穀豊穣を祈る為の神社であるから、黄金色に輝く稲穂を朱色に見立てたと云う説。
 稲作と鉄とは不可分な事から炉の中の赤い鉱石に見立てたという説もある。
 
 また伏見稲荷大社の「稲荷百話」では、朱は豊年を象徴する色だと伝え、それは秋に紅葉する楓の色を表しているとしている等 諸説紛々にて面白い。

        海羸打ちや稲荷横町は行きどまり  村山故郷

   【「海羸」⇒「ばい」貝独楽(ばいごま・べいごま)の略。
    「海羸打」は秋の季語になっているが、「海羸独楽」は新年の季語である。意味的に変わりはないはずであるが、「独楽」が新年の季語である事に合わせたのであろう】

 清川稲荷社のある今社は伊勢市でも指折りの商店街の入り口にある。以前にも紹介した夜店で近隣に名の通った高柳商店街である。

       
       花枇杷や遅れて点もる稲荷の灯  暢一
   

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2005年1月25日 (火)

≪フォト俳句(107)≫1/25 ① 今社(いまのやしろ) <伊勢市内>

 伊勢市の町内、近郊のそこここ小さな神社が点在している。
 よく訪れて記事にもしばしば採り上げる外宮神苑の勾玉池迄は私宅から徒歩15分位の距離であるが、その間にも4社の神社がある。
 
 その内の一つ、今社(いまのやしろ)は我が町内にあり、私も氏子である。
 と云うより町内の古くからの家は町内会費と共に神社費のようなものを僅かではあるが徴収されているので、自動的に代々氏子になっていくのである。
 今社へは去年のお札・門飾り・新年に飾った門松等を松の内が過ぎると納めに行く。
 それを15日に境内で焚く。いわゆる「どんど焼き」である。関東・信越では「左義長」とも言うらしく、地方で色々な呼び方があるようである。除夜篝の事を どんど焼きと言う人がいるが間違いである。

      どんど焼き舞つて折れたる新聞紙  川崎展宏

 大きな神社等では大々的な火祭りとして挙行する所もあるが、我が今社の小さな境内でのどんど焼きは実にささやかなものである。

 
        小社の四五人寄りしどんどかな  暢一 


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               < 今社 >

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2005年1月23日 (日)

≪‘のぶ`のフォト俳句≫1/23おことわり

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 いつも≪‘のぶ`のフォト俳句≫をご覧頂き心からお礼申し上げます。
 お蔭さまでいつの間にか100回を越える迄になりました。
 多少前後するかも知れませんが、これからはおよそ5日毎の更新で進めていきたいと思います。
 次回は25日(木)の予定ですので宜敷くお願い致します。(のぶ)

           
           伊勢の海の大寒の日の碧さかな  暢一

 

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2005年1月20日 (木)

≪フォト俳句(106)≫1/20伊勢湾・宮川河口

 初詣の続きの話に戻るが、伊勢神宮・外宮への初詣の後 初凪
の海を見に車を走らせた。 季節々々の海を眺める事が好きなの
で機会があれば近場のそこここの海を眺めに行く。

 外宮から伊勢市内を十数分も走れば大湊の海岸に出る。
 大湊は宮川河口の東側に位置し、昔から造船で栄えた処にて、
中小の造船会社が健在であり 日本古来の造船技術を継承してい
る職人もいる。
 最近堤防の改修に併せて海浜公園が造られて憩やウォーキング
によい場所となっている。
 写真1枚目、伊勢湾越し遥かに見えるのは知多半島。
 2枚目は海岸沿いに望む二見と答志島辺り。
 3枚目以降は宮川河口辺りである。

       伊勢の海の初の茜に田も家も  松瀬青々

 期待にたがわぬ元朝の素晴らしい海の青さへ手にしている破魔
矢の鈴が鳴り、身の引き締まりと祈りの思いを禁じ得なっかた。
 宮川河口から河岸の上の道を辿りながら帰路についたが、佳き
正月のドライブであった。


      伊勢の海へ破魔矢の鈴の鳴りにけり  暢一


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2005年1月19日 (水)

≪フォト俳句(105)≫1/17阪神淡路大震災10年忌

 今日1月17日 6,433人の犠牲者を出した阪神淡路大震災から10年となった。
 神戸は私が若かりし頃15年近く暮らした第二の故郷とも云うべき街でもある。
 街の姿は災害の跡形も無い程復興した神戸であるが、大震災の3年後に神戸時代の会社の元同僚達より、少し落ち着いたので久し振りに寄り集い新年会を開くから出ておいでよと誘われて、7年前の今日17日にまだまだ爪跡の残る神戸に出掛けた。
 
 彼等は皆甚大な被害を受けたものの幸いに亡くなった人はいなかったが、僅か3年後の事にて住居や独立して興した会社の再建がまだの人も何人かいたのである。
 テレビのニュースを見ながら彼等との再会のその時を懐かしく思い起こす。

     震災忌向あうて蕎麦啜りけり  久保田万太郎

 久保田万太郎のこの掲句で詠まれている「震災忌」は「関東大震災忌」の事にて秋の季語であるが、蕎麦を啜りながら往時の事を語り合っている情景は私の思い出とオーバーラップする。

 また阪神淡路大震災の事を冬の季語として「阪神忌」と詠む俳人も見られるが、認めようとしない俳人もいる。 私もその一人だ。
 しかし阪神淡路大震災の忌日を季語として定める事には異存なく、不本意ながら「阪神忌」が恐らく今しばらくを経て新しい歳時記や改訂版に載るようになるのであろう。  
      
    手袋を脱ぎ追悼の記帳待つ  暢一


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 (近鉄伊勢中川駅より大阪方面鉄路)

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2005年1月14日 (金)

≪フォト俳句(104)≫1/14(№4)初詣(伊勢神宮・外宮)

 前回 伊勢神宮初詣の外宮本殿より続きの写真である。
 参拝を終え本殿を出て塀沿いに左側へ廻ると玉砂利を敷き詰め
た空き地が広がっている。
 
 ご存知の方も多いと思うが、伊勢神宮では御遷宮と言って内宮
も外宮も20年に一度本殿を始め全ての建造物を建て替える。
 神事の調度品までも新調するのである。
 建て替えと言っても本殿などの社殿関係は現在建てられている場
所でそのまま立て替えられるのではない。
 全て敷地が2面隣り合わせに用意されていて20年毎 交互に
移りながら建て替わるのである。
 
 よって建て替え建築中であっても、従来の社殿があるので参拝
に支障は無く、一年365日参拝の出来ない日は無い。
 建築中の新社殿は目隠しされているので気の付かない参拝者の
方が多いのではないだろうか。
 このブログの始め頃に御遷宮に少し触れた際に挙げたが再掲し
ない訳にはいかない芭蕉の句である。

       尊さに皆おしあひぬ御遷宮    松尾芭蕉

 私は再度初詣の句にて

           
          初詣めでたく靴の汚れけり  暢一


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2005年1月10日 (月)

≪フォト俳句(103)≫1/10(№3)初詣(伊勢神宮・外宮)

 前回記事の写真では伊勢神宮・外宮の火除橋・御手洗から神楽
殿迄の初詣風景を紹介したが、今回はそこから外宮本殿までの初
詣の光景である。
 内宮では宇治橋から本殿迄かなりの距離を歩いた上、本殿石段
のかなり手前から大人数の群集の背に並ばなくてはならない。
 その点 外宮は参道の距離も比較的短く又きつい石段も無い。
 老いた母との参拝には丁度よいのである。

       子を抱いて石段高し初詣  星野立子

 もう何十年と欠かさずに母との初詣ではあるが、最近は母の歩
きが弱々しくなっていく事を年毎に実感する。


           歳々の母の足弱初詣  暢一

 
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2005年1月 7日 (金)

≪フォト俳句(102)≫1/7(№2)初詣(伊勢神宮・外宮)

 元日はゆっくりと過ごして2日に初詣に出掛けた。勿論伊勢神
宮にである。伊勢市民 特に市内中心以西の市民にとっては内宮
よりも外宮に親しみを持っている事は前にも触れた事があるが、
私達も外宮に初詣をした。
 車だと渋滞・駐車等で難渋するが徒歩で行けるのが幸いである。

      日本がここに集る初詣   山口誓子

 掲句は毎年伊勢神宮への初詣を欠かさなかった山口誓子が詠ん
だ句である。
 この句の句碑が昭和41年 伊勢市倭町の中華料理店「春秋園」
に建てられていたが、今は春秋園は無く跡のマンションの玄関に
残されている。

 因みに伊勢「春秋園」は昭和7年に力士達がここに結集して
改革要求の声明を相撲協会へ突きつけた造反事件の舞台になった
所でもある。
 出羽海一門を中心としたこの事件で昭和7年夏は幕内12名、
十枚目3名だけの場所になってしまったと云う前代未聞の事があ
ったのである。


          初詣黒髪やはり美しき  暢一


          <伊勢神宮・外宮(初詣)>
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    日除橋       古札納所        御手洗
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  参道口大鳥居   参道・菊御紋提灯     神楽殿
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             神楽殿・お札売場
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       神楽殿・お札売場           お神酒所

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2005年1月 4日 (火)

≪フォト俳句(101)≫1/4(№1)除夜篝・郵便局

 伊勢神宮は内宮・外宮ともに大晦日から新年にかけて大きな
除夜篝を焚く。昔よりは混雑振りが少なくなったとは云え、除夜
詣の人波に途切れる事はない。
 長い竹竿を付けた餅網を手にする人もいる。無病息災を願って
除夜篝で餅を焼く為である。

      地篝の火のちぎれ飛ぶ除夜詣   大網信行

 毎年 外宮への除夜詣は欠かさなかったが、今回は行く事が出
来なかった。年賀状を書く事も元日になってしまった。
 少しでも早くと深夜に郵便局の本局迄投函しに出向いたが、
大きな鶏の張りぼてが迎えてくれた。

       荒星に火の粉を飛ばす除夜篝  暢一


jyoyakagari
   外宮除夜篝
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