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2005年2月の6件の記事

2005年2月28日 (月)

≪フォト俳句(114)≫2/28 (№3)ガードウーマン(伊勢市郊外)

 前回記事の宮川からの帰路 ガードマンが道路工事現場にて交通整理をしていた。
 まだ二十歳代と思われる若い女性である。
 最近になって交通整理をしている女性のガードマンをよく見掛けるようになった。今迄男性オンリーと思われていた職場への女性の進出が目覚ましい昨今であるが、警備員の仕事も例外でないらしい。
 因みに女性の警備員はやはりガードウーマンと呼ぶらしい。

 私の知人にも女性ながら資格を取ってこの仕事に従事している人がいる。
 彼女は警備員の仕事に従事する為には30時間の警備員教育を受ける必要はあるものの、資格の必要迄は無いそうだが、公安委員会認定の警備員検定にて資格を取得すると給料が上がるからと言っていた。

 資格検定は一つで全ての警備業務に通じる訳ではなく、業務内容毎に5種類に分かれていて、それぞれに1級2級がある。 
   ①(1号警備)常駐警備、
   ②(2号警備)交通誘導警備、
   ③(3号警備)貴重品運搬警備、
   ④核燃料物質等運搬警備、
   ⑤ 空港保安警備、
 
 また警備の業務は警備業法と云う法律の第2条第1項に定められていて、
 他に⑥(4号警備)ボディーガード、⑦機械警備(センサーによる監視通報等)がある。

        鱈さげて夜間工事のなか通る  福田甲子雄

 彼女の取得した資格は勿論②交通誘導警備の2級である。
 現代女性は実に逞しい。


        きびきびとガードウーマン花菜道  暢一


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2005年2月25日 (金)

≪フォト俳句(113)≫2/25(№2) 宮川(伊勢市郊外)

 前回の田園をサニーロードが縦断している。
 サニーロードとは海沿いの町 南勢町と松阪方面を結ぶ山越えの道路である。
 鳥羽が志摩半島の東側、その反対の西側に南勢町は位置する。
 サニーロードは比較的新しい道路にて、それが開通する迄 志摩半島の西側の町々は伊勢に出るのにも交通の不便な土地であった。
 サニロード開通のお蔭で伊勢どころか松阪へも簡単に行けるようになったのである。
 途中に高速道である伊勢道路のインターもあり、名古屋、関西へのアクセスも随分と楽になったようだ。
 お蔭で伊勢の商売人はこの地方の顧客をかなり失ったのではなかろうか。

 サニーロードは前回写真の田園を抜けるとすぐに宮川に掛かる橋を渡る。
 その橋の上から宮川を写したのが掲載の写真である。

        春暁のあまたの瀬音村を出づ  飯田龍太

 伊勢市内下流では広々とした宮川も市内から15分も遡れば写真のように渓流の様を見せ始める。

 
          早春の瀬の煌伊勢も少し奥  暢一


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2005年2月20日 (日)

≪フォト俳句(112)≫2/20(№1)田打・円座町(伊勢市郊外)

 月の初め頃に宮川を少し遡った伊勢市郊外へ所用で出掛けた。
 広々とした川幅の宮川も町中を少し遡ると山々も近くなり渓流の様相を見せる。
 山々と宮川に挟まれた差ほどは広くない地の殆どが川沿いから山懐まで田圃となっていて、広大な伊勢平野の田園風景とはまた違った趣のある風景である。
 
 特に円座町辺りは200年程前に和歌山藩の援助を受けて新田開発された地にて整然とした田が広がり、中央付近に記念碑等を祀った一角がある。
 全ての田が既に黒々と打たれて春の準備が整っていた。
 
        生きかはり死にかはりして打つ田かな  村上鬼城

 打たれたあとにビニール袋が延々と並べられている所があったので何だろうと確認してみると、発酵鶏糞と書いてあった。


        寒明けの田や黒々と打ちゐたり  暢一


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2005年2月15日 (火)

≪フォト俳句(111)≫2/15(№5)豊川稲荷・愛知県豊川市

 前回の豊川稲荷の続きである。
 稲荷と云えば 朱の鳥居社殿・狐の他に稲荷寿司を誰でもが思いうかべるであろう。
 稲荷寿司の由来は この豊川稲荷の門前町の店が、稲荷の狐に因んで油揚に寿司飯を詰め稲荷寿司と名付けて売り出したのが始まりと言われている。
 豊川稲荷が稲荷寿司発祥の地でもあるのである。
 今でも豊川稲荷門前の通りに創業100年を越す老舗「山彦」が元祖を名乗って「元祖いなほ稲荷寿司」を定番メニューとしている。

 稲荷寿司には狐の耳に見立てて三角形に仕上げた物と、米俵に模して仕上げた物がある。
 関西は三角形、関東は米俵形が主流のようであるが、元祖の稲荷寿司は耳がとがっていた。

        大阪はしぐれてゐたり稲荷ずし  北野平八

 東海道線にて名古屋駅から新快速で約50分の豊橋駅で飯田線に乗り換えて13分にて豊川稲荷駅に着く。
 豊橋駅は飯田線の始発駅である。
 豊橋と長野県辰野町を結ぶ全長約200kmの飯田線は単線にて、豊川 茶臼山 湯谷温泉 天竜峡 飯田 元善光寺 駒ヶ根 伊那 と魅力的な地を経由していく。
 一度はそれぞれを立ち寄りながら全線乗ってみたいものである。
 
 
         雪国へ行く単線の始発駅  暢一     
 

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2005年2月 7日 (月)

≪フォト俳句(110)≫2/10(№4)豊川稲荷・愛知県豊川市

 稲荷の話題の続きである。去年の岡崎初句会の帰りに豊川稲荷に参拝する機会を得た。
 豊川稲荷は日本三大稲荷の一つにて、他は京都の伏見稲荷、佐賀の祐徳稲荷である。中でも伏見が全国の稲荷の頂点であるらしい。

 豊川稲荷は1441年に創建された妙厳寺の守り神としてその境内にインドの咤枳尼真天(だきにしんてん)を祀った稲荷であるが、いつの頃からか肝心の妙厳寺よりも有名になってしまった。
 その咤枳尼真天(だきにしんてん)が狐にまたがっている事から狐が稲荷の神徒とされるようになったとの説もある。
 
 他に稲荷の神と同体と考えられる御饌津(みけつ)神が誤って三狐神と書かれ、そこから狐が登場したと云う説。
 穀物を食べる野ネズミを狐が食べてくれるので、狐を穀物の守り神と考えてそこから結び付いたと云う説。
 伏見の地には秦氏が入ってくる以前に狩猟の民が山の神を信仰しており、その象徴が当初狼であったのが、いつか狐に変化して後からやってきた農耕の民たちの神と習合したと云う説。
 稲荷と狐の由来に諸説あると言う事からみると本当のところは不明にて想像の域を出ないのであろう。

         初東風に豊川詣でかくは果たす  中村汀女

 写真は1月13日の夕刻と云う時でもあり閑散としているが、初詣の時期には身動きすらままならぬ程の参拝客で溢れ返るようである。
        

          暮早し稲荷の狐薄笑ふ  暢一
 
 
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2005年2月 5日 (土)

≪フォト俳句(109)≫2/5 ③ 清川稲荷社 <伊勢市内 >

 前回の清川稲荷社の記事の続きである。
 稲荷神社の特徴と云えば 朱の鳥居と社殿の他に誰もがを思い浮かべる。
 稲荷神社の狐は御神体ではなく、神の使徒 いわゆる神使である。
 伊勢神宮の鶏、春日大社の鹿、日吉大社の猿、八幡宮の鳩等と同じと思ってよい。

 しかし稲荷の狐は神の一族のような資格を与えられているとの説話も一部にあって、狐は稲荷神そのものとの誤解を持たれる一因になっているようである。

        冬ざれや稲荷の狐横向いて  山口青邨

 2日の夜 清川稲荷の狐を撮りに出掛けた。
 商店街の明かりが近いのでまだよいが、もし明かりの射さない奥深い杜の中であったならば不気味さから流石の私も夜に出掛けたりはしないであろう。
 社には明日の節分祭の為 鳥居に笹が飾られ豆撒き用に紅白の幕を巻いた櫓が組まれていた。

        豆撒いてわが家鬼ゐず吾子もゐず  橋本美代子

 序でに今社の狛犬と昔雷に打たれた後を祀られている木の写真も添えた。


        子の長じ豆撒きはとほき思ひ出  暢一


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