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2005年5月の10件の記事

2005年5月31日 (火)

≪フォト俳句(140)≫6/1 皐月・花菖蒲 (外宮神苑 勾玉池⑤)

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 勾玉池の菖蒲の花は数を増やしつつあるが、見頃迄にはあと暫くのようである。
 池畔に皐月(さつき)が咲きだしている。但し私には皐月と躑躅(つつじ)の区別がつかない。
 皐月は皐月躑躅の略称であるように躑躅の一種だから花の姿、種類の多様さも殆ど同じにて止むを得まい。
 但し皐月は陰暦の五月頃に咲く故にこの名があるように、今で言えば六月の花である事から皐月と判断しても良いようである。
 躑躅は春の季語。皐月はその名の通り夏の季語だが、俳句では普通「杜鵑花(さつき)」又は「五月躑躅・皐月躑躅(さつきつつじ)」を使う。「さつき」と平仮名表記も多く見られる。

   満開のさつき水面に照るごとし  杉田久女

 池畔の一辺を四阿(あづまや)迄彩る皐月は見事に丸く刈り込まれて見応えがある。
 久女の句のような満開時は勿論であるが、写真のように咲き始めの花が葉の緑に映える様もまた佳いものである。
 しかし運動の為に池をぐるぐる何周も巡る人々は目もくれず足早に通り過ぎて行く。


   ウォーキング五月躑躅に目もくれず  暢一


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2005年5月29日 (日)

≪フォト俳句(139)≫5/29 花菖蒲 (外宮神苑 勾玉池④)

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 勾玉池の話題の第4回である。
 見頃にはまだもう少し早いが、池に花菖蒲がぽつりぽつりと咲き出した。
 花菖蒲の名所として知る人は知る勾玉池ではあるが、1992年 二見に「菖蒲ロマンの森」が出来てからは影が薄くなってしまった。
 
 「二見菖蒲ロマンの森」には約100品種4万株の花菖蒲が遊歩道を配した池に植えられていて、その広大さ種類の多さは勾玉池の比ではないから仕方のない事である。
 少し遠いので勾玉池のように仕事前の早朝 気軽に行ける訳ではないが、花菖蒲盛りの時期に一度は訪れたいと思っている。(参考

    花菖蒲さびしき色を集めたる   深見けん二

 しかし身贔屓かも知れないが、私は外宮神苑の杜に囲まれ静謐な雰囲気の勾玉池に 小島のように浮かぶ菖蒲田が好きである。


     わが影のゆれてゐるなり花菖蒲  暢一


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2005年5月26日 (木)

≪フォト俳句(138)≫5/26 藤の花(外宮神苑 勾玉池③)

 時期を四月末前後に遡っての話題であるが勾玉池には休憩所に並んで藤棚がある。
 勾玉池の木々花々はメインの花菖蒲以外どれもそうであるが こじんまりとした藤棚ではある。
 しかし立派な花房を垂らす。石のベンチが藤房の下に設えてあり この時期素晴らしき憩いの席となる。

    藤房の盛り上がらむとしては垂れ  鷹羽狩行

 勾玉池を訪れてまず目を引くのは水面に映える朱も鮮やかな浮舞台である。
 時に観月会等この舞台を中心に催事がある。
 藤の花と浮舞台の朱色とのコントラストは実に佳い。


      浮舞台藤房越しにまぎれなし  暢一

      
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2005年5月23日 (月)

≪フォト俳句(137)≫5/23 楓の実(外宮神苑 勾玉池②)

 前回の勾玉池を訪れた折の続きである。
 `なんじゃもんじゃ`の花に目を奪われて暫し佇んだあと池の辺をゆったりと巡った。
 運動の為に来ている人々が足早に次々と追い抜いて行く。
 勾玉池の入り口から池畔のそこここに楓が花の後ごく小さな赤い二片の花のような羽を持つ実を付けているけれど彼等が気付く事は無いだろう。
 池を十周巡る内のせめて一周だけでもゆっくりと景や植物を楽しみながら巡れば心身ともにより効果があるのではと思うのだが。

 楓には園芸種として三百程の種類があるらしいが勾玉池の楓の名は「いろは紅葉」。秋の紅葉が一番鮮やかで神社仏閣でよく見られる種類である。
 序に申し上げると「楓(かえで)」の語源は葉が蛙の手のように切れ込んでいる事を例えて「かえるて」、それが「かえで」と変化したものと言われている。

     花楓われを泉へいざなへり  星野麦丘人
   
 実の羽は楓若葉の間の小さな物にてあまり目立たないから、見過ごす人が多いのも無理はないかも知れない。
 しかし近付いて眺めてみると小さいながら赤色も鮮やかに佳き風情である。(参考

 「楓の実」は歳時記に載っていない。例句も捜した限り見当たらなかった。
 しかし一般的に季節を特定出来る語は歳時記に載っていなくても季語として遠慮無く詠んでよい。


     楓の実たれも見ずゆく吾の見る  暢一 


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2005年5月20日 (金)

≪フォト俳句(136)≫5/20 なんじゃもんじゃ(外宮神苑 勾玉池①)

 今 勾玉池の「なんじゃもんじゃ」の白花が盛りである。 
 携帯で撮影していると 雪のように綺麗な花ですね。名は?と訊ねられた。
 花名は「一葉たご(ヒトツバタゴ)」、「なんじゃもんじゃ」の俗称で親しまれている。
 昔は関東地方で珍しい種類の大木の事を「なんじゃもんじゃ」と言ったらしいが、現在は全国的にこの「一葉たご」を指して言う。
 昨年も記事にしたが(参照)、五月初旬には枝の花もさる事ながら地にも真っ白に散り敷いていて見事な景であった。 
 今年はまだ落花していなかった。桜に限らず花期が遅いようである。
 「なんじゃもんじゃ」の例句は昨年の記事の折も捜すのに苦労してやっと「ひとつばたご」で一句見付けたが、今年はなんだかの感の句ではあるが別にもう一つ下記の句を見付けた。
 
なんじゃもんじゃ芽ぶきてなんだかんだかな 細井啓司

 「なんじゃもんじゃ」は珍しい花木ではあるが各地に自生地も見られ、特に対馬鰐浦(参考)では海に映えて美しく「海照らし」と呼ばれて天然記念物に指定されている。


 なんじやもんじや花名教へて笑ひあふ  暢一


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2005年5月17日 (火)

≪フォト俳句(135)≫5/17 躑躅 (岡崎駅)

 この八日は第二火曜日にて愛知県岡崎市の東海支部句会への出席の為に出掛けた。
 折に触れて岡崎行は記事にもしているが、伊勢の自宅から二時間半の所要時間はちょっとした小旅行である。
 私の降り立つJR岡崎駅は東海道本線の主要駅にも係わらず岡崎市中央部からはかなり西南に位置していて 岡崎市の中心駅では無いようである。
 名鉄名古屋本線が岡崎市と名古屋間のアクセスの主らしい。
 ただJR岡崎駅からは愛知環状鉄道が市中心部へ接続しているのと 新名古屋空港行のバスも発着していて利便の良い駅ではある。

 岡崎駅の東側は古くは栄えた町並みであったようである。花柳界まで見られたそうだが今はその面影もない。
 西側は閑静な住宅街が広がる。恐らく一昔前は田畑が広がっていたのであろう。
 岡崎駅の西口から駅を出ると駅前広場の鉄道記念碑のモニュメントに躑躅の花が盛りと咲いていた。

   紅つつじ花満ちて葉はかくれけり  日野草城  

 記念碑からは正午に鉄道唱歌が流れると書いてあるが、この駅に通うようになって既に十八年経つけれどもまだ聴いた事はない。 


      岡崎駅西口閑と花つつじ  暢一


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2005年5月14日 (土)

≪フォト俳句(134)≫5/14(桜 №7) 旧宇治山田中宿舎跡・小津安二郎②

 前回の映画監督 小津安二郎の続きである。
 最近 彼の日記が発見されて話題になっているが、伊勢の旧制宇治山田中学時代の事も仔細に書かれているらしい。知人の時計店の店主が昔の自分の店の描写があったと喜んでいたが、一度読んでみたいものである。
 
 監督の通った旧宇治山田中学校は戦時中の空襲もあって跡形もなく 前回ご紹介したように今は船江公園となっている。
 ただ彼も居た中学宿舎跡が隣接してをり 今は広い空き地の一角に神鋼電機㈱五十鈴寮が建っているが、
 そこに往時の赤煉瓦造りの焼却炉煙突が唯一残っている。

     宿舎より母の日傘を見送れる   西村和子

 立派な赤煉瓦の煙突だけが蔦の絡まるに任せてぽつんと聳えている様には深愁を覚える。


       初花や幼馴染のことをふと  暢一


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              小津安二郎顕彰碑 宇治山田中学宿舎跡 
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                往時の焼却炉

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2005年5月11日 (水)

≪フォト俳句(133)≫5/11(桜 №6) 船江公園・小津安二郎①

 数年前から新聞の三重県欄に「小津安二郎」の話題がよく登場する。
 ご年配の方々には懐かしい「東京物語」「浮草」「秋刀魚の味」等の作品にて日本映画史上1950,60年代の黄金期の主役であった映画監督である。(参考)
 2003年が生誕100年と云う事にて俄にまた脚光を浴びる事になったのが発端であるが、三重県で何故話題になるかと云うと小津安二郎は青少年期を三重県の松阪と伊勢で過ごしたからである。

 四月桜満開の頃 伊勢市内河崎の知人宅を訪れた折、近所の船江公園に小津安二郎の顕彰碑が新しく建てられていると教えられて行ってみた。
 彼は旧制宇治山田中学校(現在の伊勢高校と宇治山田高校、因みに宇治山田は伊勢市の旧市名である)を卒業しているが、その旧宇治山田中学校跡がこの船江公園である事から旧中学の記念碑と小津安二郎の顕彰碑が並んで建てられたと云う次第である。

       校庭の納涼映画裏から見る  石原 透

 幼少の頃は夏に屋外映画をよく観たものである。石原透のこの句のように校庭で行事として上映される事も多々あった。
  
 私は古き映画の一シーンから詠んでみた。


      密やかに五十の恋を余花の雨  暢一

 
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               小津安二郎顕彰碑
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            旧制宇治山田中学高記念碑
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2005年5月 8日 (日)

≪フォト俳句(132)≫5/8 母の日

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 昨日の父の命日に続いて今日は第二日曜日にて「母の日」である。
 片手落ちになるからと云う訳でもないが、変則ながら昨日に続けて更新した。
 
 今朝 東京の弟から花籠が届いて母の日である事に気が付いた。
 八日が母の日に当たるのは最も早い日と云う事になり、漠然と十日過ぎ頃と思っていたのである。
 弟は律儀に毎年母宛に花籠を贈ってくる。
 長年帰省の叶わぬ罪滅ぼしの気持ちもあるのであろう。
 母の日を詠んだ著名句の中で一番好きな句。

     母の日ひとり珈琲にミルク咲き  岡本 眸
      
 宅急便で届く花籠の花は日持ちが良い。特別な工夫がされているのであろうか。
 結構長く食卓を飾っている。

      母の日の花真ん中に夕餉かな  暢一

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2005年5月 7日 (土)

≪フォト俳句(131)≫5/7 蒲公英の絮

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 私事にて申し訳ないが 今日五月七日は父の命日である。
 享年七十八歳にて昭和六十三年の事であった。昔ならそこそこの寿命と納得もするであろうが、長寿命の今の時代に多少早世の感が否めないと得心出来ぬ思いであった。
 平成の御世になる前年にて 年忌は平成の年号と同じ。訊ねられても即答出来る。

        父逝きし日よ蒲公英の絮とべば  暢一

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