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2005年7月16日 (土)

≪フォト俳句(155)≫7/16① 田丸城址

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 伊勢市内を流れる宮川の西方は田園地帯であるが、今の時期は青田が広がって目にも鮮やかだ。
 宮川辺りから車で15分程この青田原を走ると「田丸」と云う町がある。玉城町の中心にて役場庁舎が建つ。
 ここ田丸には1330年 南北朝動乱の折に南朝方として後醍醐天皇を吉野に迎えようと伊勢に下った北畠親房・顕信父子が築いた田丸城址がある。
 以降3世紀に亘って田丸城は北畠氏の居城となる。

 1569年に織田信長の次男 信雄が政略結婚により北畠氏の養子となり、田丸城に入った事は歴史の好きな方ならご存知の事であろう。
 信雄は田丸城を堅固な城に大改造して南伊勢一帯を統一した。
 関が原以降は藤堂高虎の支配下となり、暫くは藤堂家の代官が田丸地方を治めるが、1619年に徳川家康の十男 頼宣が紀伊和歌山藩主になると同時に紀州領となり、明治維新まで八代続く事になる。
 以上の様に田丸城は戦略的に重要な役割を担った時代もあり、かなりの威容を誇る城であったようだ。

      城址に立膝少年夏霞   中村草田男
   
 玉城町役場はこの田丸城域内に建つ。また中学校もあり多感な年齢時の学び舎として羨ましい環境である。
 昔の青春映画の舞台となりそうな光景だ。

        城跡の中学校舎蝉時雨  暢一


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