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2005年7月28日 (木)

≪フォト俳句(159)≫7/28 ⑤ 田丸城址

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 古代蓮の咲く西光寺は田丸城の濠端に建つが、その濠は今も外濠内濠が残り満々と水を湛えて町中を流れ田丸を特徴付けている。
 田丸城址には昔の建築物がかろうじて二つ遺っている。
 一つが「富士見門」。田丸城は明治維新によって廃城となったが、当時城内には八つの門があった。その内の富士見門のみが遺っている。江戸中期のものにて当時の原型を留める現存する唯一の建造物だそうだ。
 もう一つは「奥書院」。田丸城の城内三の丸に建てられていた御殿の一部と言われる。

 田丸城の向かい側の小山には「田丸神社」がある。明治14年の神社合併令で様々な社が集められて出来た神社にて、境内の石灯篭や鳥居も色々な所から持ち寄られた。
 田丸城が築城される以前か以後かは分からないがここには「元神社」と云う社がもとゝゝあったらしい。「元神社」の名の神社は各地でも散見されるから由緒のある神社なのだろう。

 どの地にも郷土が誇る全国的に著名な名士が存在するものだが、田丸では「村山龍平」である。
 名はご存知ないかも知れないが朝日新聞の創設者である。
 田丸名誉町民第一号として立派な記念館が設立されている。

    山負へる城下の町の残暑かな   田中冬二

 古代蓮記事の流れにての鄙びた町の紹介であるが、伊勢神宮関係以外は余り歴史物語に登場しない伊勢地方の片隅にも歴史の本流に密接に係わってきた史実があった事を知って頂ければと思う。


      城垣に城なき樟の茂りかな  暢一


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   濠と西光寺        濠の蓮葉        濠と城山
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  濠と玉城町役場      田丸神社          〃
hujimimon okusyoin kinenkan
    富士見門        奥書院       村山龍平記念館

         <横長の画像4点はクリックで拡大>

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