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2005年7月の10件の記事

2005年7月31日 (日)

≪フォト俳句(160)≫7/31 ① 時計草

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 毎日のように通る路地に「時計草」の花がまだ咲いている。
 確かこのお宅の時計草は5月の末頃には既に咲いていた。もう2ヶ月になる。結構花期の長い花だ。
 その5月末の時計草は撮影してあったが、花菖蒲、紫陽花、古代蓮等の連載が続いた為に記事にする機会を失していた。
 時計草の名の由来は一目瞭然である。花の姿が時計にそっくりだ。ご丁寧に雄蕊の花柱が時針、分針、秒針の三針の如く三方に伸びているから尚更に時計の姿を彷彿とさせる。
 
    時計草たそがれ長きことは知る   後藤比奈夫

 英名では「パッション・フラワー」と呼ぶ。雄蕊の花柱をキリストに,副花冠を後光に例えたものであるらしい。
 「パッション」(the Passion)とはキリストの受難を意味する語である。南アメリカを旅行中のスペインの宣教師達が発見した時の印象から名付けられたものと云う。


     時計草朝日に刻をきざみだす  暢一   
  

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                < 5月末撮影 >
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               < 7月28日撮影 >

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2005年7月28日 (木)

≪フォト俳句(159)≫7/28 ⑤ 田丸城址

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 古代蓮の咲く西光寺は田丸城の濠端に建つが、その濠は今も外濠内濠が残り満々と水を湛えて町中を流れ田丸を特徴付けている。
 田丸城址には昔の建築物がかろうじて二つ遺っている。
 一つが「富士見門」。田丸城は明治維新によって廃城となったが、当時城内には八つの門があった。その内の富士見門のみが遺っている。江戸中期のものにて当時の原型を留める現存する唯一の建造物だそうだ。
 もう一つは「奥書院」。田丸城の城内三の丸に建てられていた御殿の一部と言われる。

 田丸城の向かい側の小山には「田丸神社」がある。明治14年の神社合併令で様々な社が集められて出来た神社にて、境内の石灯篭や鳥居も色々な所から持ち寄られた。
 田丸城が築城される以前か以後かは分からないがここには「元神社」と云う社がもとゝゝあったらしい。「元神社」の名の神社は各地でも散見されるから由緒のある神社なのだろう。

 どの地にも郷土が誇る全国的に著名な名士が存在するものだが、田丸では「村山龍平」である。
 名はご存知ないかも知れないが朝日新聞の創設者である。
 田丸名誉町民第一号として立派な記念館が設立されている。

    山負へる城下の町の残暑かな   田中冬二

 古代蓮記事の流れにての鄙びた町の紹介であるが、伊勢神宮関係以外は余り歴史物語に登場しない伊勢地方の片隅にも歴史の本流に密接に係わってきた史実があった事を知って頂ければと思う。


      城垣に城なき樟の茂りかな  暢一


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   濠と西光寺        濠の蓮葉        濠と城山
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  濠と玉城町役場      田丸神社          〃
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    富士見門        奥書院       村山龍平記念館

         <横長の画像4点はクリックで拡大>

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2005年7月25日 (月)

≪フォト俳句(158)≫7/25 ④ 古代蓮、西光寺(田丸)

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 一昨日の早朝、再度田丸の西光寺を訪れた。
 古代蓮は一部咲き残っていたものの、殆どが花弁を落として茎に実を頂く姿になっていた。
 居合わせた地元の方に訊くと、昨年と違って今年はぽつりぽつりと咲き継ぐのみにて、遂に一斉に咲き揃う景は見られなかったようである。

 蓮の実はまるで蜂の巣のような姿をしている。
 「蓮」を「はちす」とも呼ぶのは、このような実の姿から「蜂巣」即ち「はちす」が由来である。
 周知の事だが、蓮の根は「蓮根」 。野菜の「れんこん」である。古代蓮の蓮根は一度食してみたいものだ。

 また私の知人に「台さん」と云う姓の方がいる。「台」は「うてな」と呼ぶ。字の意味は「蓮の萼」の事。またその意味から転じて「仏の座す蓮華台」をも指す。

   蓮の実のしらしらと旅ひとつ了ふ   山田みづえ
   蓮の実の飛びそこなうてしなびけり   寺田寅彦

 「蓮の実」は初秋の季語となっているが、季節の変わり目の季語は土地によって場所によって実際には早かったり遅かったりする。気にせずに見たまま詠めばよい。
 また「蓮の実飛ぶ」も季語としてある。熟し切ると実の穴から種が飛び出て水中に落ちるのだ。


     蓮の実の飛ばさんとして俯けり  暢一


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2005年7月22日 (金)

≪フォト俳句(157)≫7/22③ 古代蓮、西光寺(田丸)

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 前回記事の続きであるが、西光寺の古代蓮の名称は「大賀蓮」と云う。
 昭和26年であるから、54年前の事になるが千葉市・東京大学検見川農場にて、およそ二千年ほど前の地層から発見された蓮の種子を芽吹かせる事に成功した。
 その功労者である大賀博士の名に因んだものであるが、今は全国で栽培されて古代へのロマンを掻き立ててくれている。

   大賀蓮咲けりと書院開けらるる   赤間智子
   
 「縄文蓮」「弥生蓮」とも呼ばれているが、私は「古代蓮」の呼び方が好きだ。
 花期は六月下旬から八月上旬らしいから、再度訪れてみたいと思う。


     おほらかにおほきく古代蓮咲けり  暢一

    
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2005年7月19日 (火)

≪フォト俳句(156)≫7/19② 古代蓮、西光寺(田丸)

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 前回記事、田丸城の鬼門の方角の濠端に「西光寺」が建つ。
 田丸城主は北畠氏滅亡のあと、蒲生氏、稲葉氏、藤堂氏の代官と短い間に変遷していく。
 その内の稲葉氏が領地安泰を祈願する為に1608年に建立したのが西光寺である。浄土宗にて阿弥陀如来を本尊とする。
 今、この西光寺に「古代蓮」が大輪の花を咲かせていると聞いて一週間程前に訪れてみたが、カメラマン等で賑わっていた。

 揺らぎては刻あをあをと古代蓮   鍵和田釉子
     
 訪れた時はまだ疎らに咲いていると云った風情であったが、一斉に咲き揃った光景をぜひ見てみたいものである。


     蓮の風葉をうらがへしうらがへし  暢一 
 

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2005年7月16日 (土)

≪フォト俳句(155)≫7/16① 田丸城址

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 伊勢市内を流れる宮川の西方は田園地帯であるが、今の時期は青田が広がって目にも鮮やかだ。
 宮川辺りから車で15分程この青田原を走ると「田丸」と云う町がある。玉城町の中心にて役場庁舎が建つ。
 ここ田丸には1330年 南北朝動乱の折に南朝方として後醍醐天皇を吉野に迎えようと伊勢に下った北畠親房・顕信父子が築いた田丸城址がある。
 以降3世紀に亘って田丸城は北畠氏の居城となる。

 1569年に織田信長の次男 信雄が政略結婚により北畠氏の養子となり、田丸城に入った事は歴史の好きな方ならご存知の事であろう。
 信雄は田丸城を堅固な城に大改造して南伊勢一帯を統一した。
 関が原以降は藤堂高虎の支配下となり、暫くは藤堂家の代官が田丸地方を治めるが、1619年に徳川家康の十男 頼宣が紀伊和歌山藩主になると同時に紀州領となり、明治維新まで八代続く事になる。
 以上の様に田丸城は戦略的に重要な役割を担った時代もあり、かなりの威容を誇る城であったようだ。

      城址に立膝少年夏霞   中村草田男
   
 玉城町役場はこの田丸城域内に建つ。また中学校もあり多感な年齢時の学び舎として羨ましい環境である。
 昔の青春映画の舞台となりそうな光景だ。

        城跡の中学校舎蝉時雨  暢一


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2005年7月13日 (水)

≪フォト俳句(154)≫7/13 紫陽花③ (二軒茶屋)

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 伊勢から二見に通じる道を昔から二見街道と呼んでいる。
 その二見街道も伊勢市内の外れ辺りに「二軒茶屋」と云う地がある。
 昔は尾張、三河、遠江方面から伊勢神宮へは、海路をとるのが一番楽にてまた最短コースでもあった。
 伊勢湾を横切り伊勢の町中を貫流する勢田川を遡り、この二軒茶屋の船着場に上陸した。
 もともとこの辺りは一面の葦の原にて名物の餅を売る「角屋」と、うどんと寿司の「湊屋」の二軒の茶屋があった事から「二軒茶屋」の地名となった。
 400年程前からここで「二軒茶屋餅」と云う名物餅店が商っていて、現在も繁盛している。
 近年勢田川岸の改修に伴って、船着場も史跡として整備された。

 伊勢名物としては赤福餅を誰もがご存知と思うが、昔は≪フォト俳句(37)≫での記事のように(参照)伊勢路の陸路では返馬餅、海路では二軒茶屋餅をまず伊勢の入り口で食べながら休息したのである。
  
   夏のれん掛けたる日より夏の茶屋   金子蜂郎

 訪れたのは先月であるが、河岸の蔵風の建物の黒壁に紫陽花が映えていた。

      薄暗き老舗の屋ぬち夏暖簾  暢一


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2005年7月10日 (日)

≪フォト俳句(153)≫7/10 紫陽花 ②

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 「紫陽花」を「あぢさゐ」と読むのは和名をそのまま漢名に当てたものであるが、これは平安時代の学者が中国の別の花を間違えて当てはめてしまったものが定着したと云われる。
 正しく「あぢさゐ」に相当する花は中国では「八仙花」と云う。
 また「あぢさゐ」は「あつ(集)」「さあゐ(真藍)」が変化した語らしい。
 真藍が集まった花と紫陽花の姿をよく表している語源である。
 と云うように語源を知るのも楽しい。

 俳句を詠む折に紫陽花の同義語として色々な語を使い分ける。
 「七変化」「四葩(よひら)」「刺繍花」「しちだん花」「てまり花」「かたしろ草」そして「八仙花」等々、皆紫陽花の事である。
 但し「てまり花」「かたしろ草」は別の花を指す場合もある。

   紫陽花となるまでのただ無色かな  平井照敏
   
 紫陽花を「七変化」とも呼ぶのは上記の句のようにまた写真からも分かるように、無色から徐々に花の色を濃くしていく事から付いた名である。

      紫陽花の変化の果の土の色  暢一


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2005年7月 7日 (木)

≪フォト俳句(152)≫7/7 紫陽花① (二見菖蒲ロマンの森 ④)

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 二見菖蒲ロマンの森は 菖蒲園まで辿る小道の小川沿いに紫陽花が随所に植えられている。
 植えられて年月も浅いのであろう。まだまだこじんまりとしたものであるが、歩みながら各種の紫陽花を見る事が出来てそれなりに楽しませてくれる。
 紫陽花の影をよぎる小川の錦鯉もまた鮮やかである。
 少し分かり難いであろうが、一番右下の写真も紫陽花である。額紫陽花にて星が散らばったような花の姿から「隅田の花火」との名が付いている。

    紫陽花や白よりいでし浅みどり   渡辺水巴 

 二見菖蒲ロマンの森は二度訪れたが、一度は好天、一度は雨の日とそれぞれに違う風情の紫陽花を愉しむ事が出来た。

      紫陽花の雨やこの頃人恋し  暢一 


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2005年7月 4日 (月)

≪フォト俳句(151)≫7/4花菖蒲 (二見菖蒲ロマンの森 ③)

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 花菖蒲は江戸時代より自生する「ノハナショウブ」の変わり咲きを元にして、江戸時代中頃より現在に至るまで改良を重ね続けて発達してきた日本が世界に誇れる園芸植物である。
 改良されてきた地域の名をとって、伊勢系 江戸系 肥後系と分けられている事は前にも述べた。
 伊勢系はどちらかと云うと鉢植えの鑑賞向けに発達してきたものにて、(147回)6/22の記事中 神楽殿での花菖蒲の写真がそれである。

 昔 自生のノハナショウブは各地で普通に見られたそうであるが、現在では希少種となってしまった。
 三重県明和町斎宮には地元民から「どんど花」と呼ばれて昔から親しまれている花菖蒲がある。
 この「どんど花」こそ「ノハナショウブ」にて花菖蒲の最古の原種として国の天然記念物に指定されている。(参照
 尚 斎宮は近年歴史的に注目され、発掘が進み歴史館や公園が建設されて訪れる人も多い。
 この事については昨年(45回)7/20~(48回)7/26の4回に亘って記事にした。(参照〔伊勢市近郊名所〕

    ほぐれそめ翳知りそめし白菖蒲   林 翔

 ぜひ訪れて「どんど花」を撮りたかったが叶わなかった。写真は二見菖蒲ロマンの森の花菖蒲である。 

         斎宮の古様の花菖蒲  暢一

                        
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