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2005年9月の6件の記事

2005年9月30日 (金)

≪フォト俳句(174)≫9/30 ③曼珠沙華<彼岸花>(伊勢市郊外度会町)

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 昨日早朝、所用にて度会町に出掛けた。伊勢市郊外の宮川沿いに少し遡った辺りである。田園地帯にて時々近辺を記事にしている。
 田園風景の中 一番目についたのは、やはり刈田の畦を彩る「曼珠沙華(彼岸花)」だ。
 
 花々の開花時期は日本列島の南から北へと咲き移っていくものであるが、曼珠沙華だけは南も北も同じ時期に一斉に咲くと聞いた事がある。
 曼珠沙華は刈田の畦に咲く花と印象している伊勢在住の私であるが、刈入れのまだ済んでいない地方の人々には、黄金色の稲田を赤く彩る花との印象なのであろうか。

      西国の畦曼珠沙華曼珠沙華   森澄雄

 写真上の田の緑は<№171>で触れたように切り株から萌え出た櫓が成長したものである。一見して青田と見紛う程だ。
 写真下は、左から曼珠沙華の蕾の変化の様子である。

    曼珠沙華折れてをり子の過ぎしあと  暢一

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2005年9月25日 (日)

≪フォト俳句(173)≫9/25 ②彼岸花(曼珠沙華) 外宮神苑・勾玉池

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 前回珍しい「白花彼岸花」をご紹介したが、勾玉池ではいま咲き残る百日紅と併せて真紅の「彼岸花(曼珠沙華)」が池の面に姿を映して美しい。
 畦などに群生する彼岸花は何か毒々しく近寄り難い雰囲気を持っているが、勾玉池にぽつぽつと咲く彼岸花は可憐ささえ感じる。
 同じ花でも咲き姿、場所によってイメージが斯くも違ってくるものだ。

   曼珠沙華咲き親不知歯痛み出す  岡本 眸

 前回 俳人は彼岸花よりも曼珠沙華の呼び方を好むと書いたが、上記作者も曼珠沙華のみにて彼岸花の例句は捜した限り見付からなかった。
 恐らく「彼岸」の語がイメージを狭くしてしまう事からであろうと思う。

 
      群がつて近寄りがたき曼珠沙華  暢一


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2005年9月20日 (火)

≪フォト俳句(172)≫9/20 ①白花彼岸花(曼珠沙華)

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 数日前に町中で白に近い淡いピンク色の花を見掛けた。どう見ても姿は「彼岸花」である。
 「彼岸花」と言えば左の写真の如く秋彼岸の頃 畦などを鮮やかな紅色に彩る花である。この時期私が楽しみにしている花でもある。昨年も<№67>にて「彼岸花」を題材にした(参照)。
 取り敢えず撮影をして帰宅後に調べてみると、 「白花彼岸花」の名で図鑑に載っていた。彼岸花の白花種。薄いクリーム色の花もあるらしい。 ポピュラーな花でも知らない事がまだまだあるものだ。

   仮の世に生き白曼珠沙華に遇ふ  上田五千石
    
 「彼岸花」は「曼珠沙華」とも呼ぶが、この曼珠沙華の語の方を好む俳人が多いようだ。
 18日が中秋の名月。今日20日は彼岸の入り。 いつの間にか秋も中旬である。


      曼珠沙華白きは月の下に咲く  暢一

     
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2005年9月17日 (土)

≪フォト俳句(171)≫9/17 田園(近鉄車窓)

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 左の写真は8月5日に撮った伊勢市近郊の稲田である。借り入れ時期も間近な雰囲気の黄金色だ。
 事実殆どの田がお盆休みの間に刈り入れを済ませてしまった。
 下記6枚の写真はこの9月13日に近畿日本鉄道特急にて名古屋まで出掛けた折の車窓風景である。
 伊勢平野も中部以南は伊勢近郊と同じく刈田が広がるが、北部にはまだ一部に稔田が残っていた。
 驚くべき事に揖斐・長良・木曾川の所謂三川を越えて濃尾平野に入ると、そこにはまだ緑色をした稲田が広がっている。黄金色に実るまで間がありそうである。一体刈り入れの時期はいつになるのだろう。

 下記一枚目に写っている刈田の奥の薄く緑色した田は、既に刈り取ったあとの切り株から青い芽が萌え出たものである。
 これを「穭(ひつぢ)」と云い、この田の事を「穭田」と呼ぶ。 

   らんらんと落日もゆる穭かな  富安風生

 勿論秋の季語であり、俳人好みの言葉らしくよく詠まれている。


       稔田の北に残れる伊勢平野  暢一


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2005年9月11日 (日)

≪フォト俳句(170)≫9/11 ③茜社・豊川茜稲荷神社(外宮神苑・勾玉池)

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 茜社々域には「豊川茜稲荷神社」が勧請されている。いつの頃からか調べてみたが分らなかった。
 市内にある社の殆どにも稲荷神社があるが、どこも境内の片隅に建つ。
 しかし 豊川茜稲荷神社は茜社々殿よりもはるかに大きく立派な社殿が境内の中央に建ち、両側の茜社と菅原天神を従えているように見える。
 そう云えば愛知県にある日本三大稲荷の一つ、豊川稲荷も妙厳寺の守り神として勧請されたものであるが、いつの間にか肝心の妙厳寺よりも大きく有名になってしまった。
 稲荷信仰の根強さを思わずにはいられない。
 
   秋晴のお稲荷さんの角曲る   星野椿

 写真の様に社務所で求めた狐の置物が所狭しと奉納されている。神社を守る狐二体の巻物と玉を咥えた不気味な顔とあわせて、人気のない夕刻に若い女性が少し怖くなって退散した気持ちも分からなくはない。


      秋の暮稲荷狐に見詰められ  暢一


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2005年9月10日 (土)

≪フォト俳句(169)≫9/6 ②茜社・菅原天神(外宮神苑・勾玉池)

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 伊勢神宮は宇治地区にある「内宮」と山田地区にある「外宮」との二つの神宮にて成り立っている。
 「外宮」は伊勢市の中心地域に存在しながら、訪れる観光客は少ない。伊勢神宮とは宇治地区にある「内宮」のみの事と思っている外来者が多いのかも知れない。
 前回記事の「茜社」は外宮神苑勾玉池の片隅にある事からも推し量る事が出来るように、観光客の姿は稀である。地元民が訪れる程度の社であるから、実に深閑と静かな境内だ。
 この記事を書く為にネット検索をしてみると、余りの静寂さに不気味さを覚え早々に引き上げたとの記述に出会った。若い女性の事とて少しオーバーではあるが…。

   声そろへ摂社末社の法師蝉   鷹羽狩行
 
 玄関の漆黒の浅沓が印象的な社務所の正面に幹が二股に分かれた古木があり、注連縄が掛けられ小さな鳥居迄建っている。
 境内の隅に建つ「菅原天神」は一坪程の小さなお堂であるが、江戸時代の農民の手による土造りの黒牛がご神体を守るように安置されている。当然として菅原道真がご神体であるから、学問芸能のご利益を期待して絵馬が奉納されている。


       神杉に突上げられて天高し  暢一


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