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2005年10月25日 (火)

≪フォト俳句(179)≫10/25 筋向橋(伊勢市内)

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 江戸時代に最も重要と言われた三つの橋がある。
 江戸の日本橋、京都の三条大橋の二つは想像つくであろうが、後の一つは意外な事に伊勢の「筋向橋(すじかいばし)」である。
 
 昨年の記事(№37)でも多少触れたが、昔は橋の無い宮川を舟で渡って伊勢の町中に入る。
 その宮川の下の渡し(桜の渡し)を渡る参宮街道と、上の渡し(柳の渡し)を渡る伊勢本街道、そして熊野街道とが落ち合う所が宮川の支流である清川に架かる「筋向橋」であった。
 江戸時代はこの「筋向橋」を渡る事によってお伊勢さんに辿り着いたと実感したのである。
 
 当時の「筋向橋」は緩やかな太鼓橋風の洒落た本橋と小橋からなる立派な橋であったらしい。
 「筋向橋」の名の由来は川に筋向いに橋が架かっていたからに因るが、今は面影もなく川も暗渠になってしまった。
 高知のはりまや橋程でもなく余りにもささやかな形だけのコンクリートの欄干が史跡を示す為に設置されている。
 但し銅製の擬宝珠だけは江戸時代当時の物であり、これには次のように刻まれている。
 『嘉永二(1849)酉年八月 山田筋向橋 式年造替擬宝珠』
 
 歴史ある「筋向橋」の名も正式地名からは消滅してしまったが、かろうじてその場に建つ百五銀行筋向橋支店と筋向橋郵便局にのみその名を留めている。

    恋をして伊勢の寒さは鼻にくる   大木あまり

 大木あまり氏は確か六十歳半ばにて元々は角川源義主宰当時の「河」に所属していた東京生まれの俳人と記憶しているが、掲句は意味深で意外な伊勢との係わりを想起させる。

     伊勢の郷星よく見えて秋めきぬ  暢一

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