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2006年5月の8件の記事

2006年5月31日 (水)

≪フォト俳句(228)≫5/31 ① 藤の花 (外宮神苑勾玉池その他)

1img_1398 今月の殆どを朝田寺の牡丹等を題材としている間に5月も尽きようとしている。 月初めに撮影した藤の花その他を題材にしようと用意していたので遅まきながらであるが今回より数回続けたいと思う。
 朝田寺のある松阪市より伊勢に帰ってきて遅い昼食を中華屋で摂った。 そこの入口にの鉢植が置いてあり、可愛く花房を垂らしていた。 

そこで帰宅途中に藤棚のある小学校に寄ってみると、まだ少し短い房ながら咲いていた。 ここの藤はかなり赤っぽい花だ。 藤も種類によって色が違うのだろうか。
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 勾玉池の藤を見なくてはと数日後の仕事前に出掛けた。
 運動を兼ねての事でもあるので、道中あちらこちらと遠回りして行く。
 あるお宅の空地では大きな鉢に藤を咲かせているのが見えた。
 
 
 外宮正面の広場には幟が色とりゞゝにはためいていた。 7年後のご遷宮へ向けての最大行事、お木曳の奉曳団である伊勢市内の各町の幟だ。 広場をぐるりと取り囲んでいる。
 掲示板&談話室でも画像でご紹介しているが今年の5月から7月にかけての土日、伊勢市内はお木曳の祭で賑わっている。
 サイドーバーからもリンクしている「掲示板&談話室☆画像集」に纏めているので宜しければご覧頂きたい。
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 広場を横切って勾玉池へと行く。 勾玉池の朱の浮舞台を正面にして参拝者休憩所が建つが、その横に藤棚があるのだ。 
 この休憩所は浮舞台で神楽や能・狂言などが上演される折に観客席ともなる。 観月会などでジャズが演奏された事もあった。

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        藤の昼膝やはらかくひとに逢ふ   桂 信子

 下に掲載した12枚の藤の花の画像は5月6日に撮影した。
 しかし右画像を撮影した22日には花も終り、藤棚下の石のベンチに若葉が涼しい木蔭をつくっていた。


            池の風ほどよく藤の房ゆらす  暢一


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                   <記事中の全画像拡大可>

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2006年5月25日 (木)

≪フォト俳句(227)≫5/25 ⑥花水木その他(朝田寺)

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 牡丹の名所である朝田寺の記事も前回に牡丹をたっぷりとご紹介して最後のつもりだったが、他にあまり見掛けない花も咲いていたのでもう一回続ける事にした。 
                お付合い頂きたい。
 堪能した牡丹園から山門前の広場に出ると、見慣れない花を咲かせている樹がある。 丁度お寺の人がいたので訊ねてみたがご存じなかった。 花の形から満作の一種のようだがと帰宅後調べてみた。
 紅花常葉満作(ベニバナトキワマンサク)らしい。 常葉満作は薄いクリーム色だが、この花は名の通り紅色をしている。
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 また早春に咲く満作は落葉樹にて枯枝に花を咲かせるが、紅花常葉満作始め常葉満作類は常緑にて左側に掲載した画像でも少ないものゝ緑の葉が見られる。 満作については№208(3/5)を参照して頂きたい。
 紅花常葉満作の樹の横には鮮やかな躑躅をバックにして牡丹も咲いていた。

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 私には珍しかったのが左画像の(シキミ)の花。 別名は花の木、花柴。 牡丹園の隅に咲いていた。 墓参りには欠かせない樒だが花は初めて見た。 もっとも私の一族は神式なので樒でなく榊を供えるからあまり縁のない樒ではある。
 尚 樒の実は要注意らしい。日本では毒物及び劇物取締法にて植物で唯一劇物に指定されている猛毒のある実だ。 そもそも「しきみ」は「悪しき実」が語源と言われている。
 伊勢ではを「しきび」と呼んでいる。 愛知や香川の方も「しきび」と呼ぶと仰っていたが、どの図鑑にも「しきみ」で載っているから正式学名はやはり「しきみ」なのだろう。 辞書に「しきび」は「しきみ」の別称とあった。

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 次の花は大手毬の花。 別名は手毬花。
 丸く真白な花房がゆさゆさと密集して咲き印象的で美しい花だ。
 よく似た名の花で小手毬があるが別の科である。
 右画像で大手毬の前の牡丹は蕾だ。 まだゝゝこの先も牡丹は楽しめそうである。 

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 牡丹園の奥の堂裏に咲いていた著莪(シャガ)の花。 射干とも書く。 別名は胡蝶花。
 私の近辺でも土手や裏山の径、藪沿い等に群生していてお馴染みの花だ。 アヤメ科の楚々として美しい花にも拘らず庭園等で咲かせているのを余り見掛けない。

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 随所に一番多く咲いていたのが花水木だった。 
 別名はアメリカヤマボウシ。
 花水木については、№221(5/21)でも近所の商店街で満開の様を取り上げた。
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 左画像は赤花の花水木。
 花水木は特に近年街路樹などに採用される事が多くなってきたようだ。 赤い実や紅葉も美しいからであろう。

 朝田寺はその名の通り田に囲まれて建っている。 園内を散策している折も所々から望む田植えの済んだばかりの水田が爽やかだ。

          水たたへ植田かがやく旅にあり  山口青邨

 私達の訪れた折の躑躅はまだごく一部しか咲いていなかったが、今はもう満開かも知れない。
 次は紫陽花、その後は蓮の花と楽しみがまだゝゝ控えている朝田寺である。


          堂裏の綺麗に掃かれ著莪の花  暢一


 尚 その他の画像を多数枚◇朝田寺未掲載画像集◇に纏めたので宜しければご覧頂きたい。
  
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                   <記事中全画像拡大可>

                  ◇朝田寺未掲載画像集◇ 

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2006年5月20日 (土)

≪フォト俳句(226)≫5/20⑤牡丹園(朝田寺・松阪市)

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 松阪市にある朝田寺を題材としての5回目である。
 仏像や仏画を堪能した後ようやく牡丹園に入った。
 入り口に「庭園管理の為にご協力下さい」と縦看板が立ち、入園料400円とある。 事務所で700円支払ったから、本堂・展示場の拝観料は300円だったと云う事になる。
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 牡丹園への門をくぐると俄に牡丹の香が心地良く匂ってきた。
 右画像にカメラや三脚を持った人々が写っているが、カメラ一式を携えた人も多い。
 園を巡っている間に本格的なカメラ・レンズ・三脚で重装備している女性も複数見掛けた。
 私も同じように写真撮影を趣味とした昔もあったが、その時代に女性の姿は皆無だった。

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 入ってすぐの建屋の中にはバケツに植えられた牡丹がところ狭しと並んでいた。
 どうも貴重な花はここで大切に管理しているようだ。
 係りの方が「良い時に来られましたね。珍しい黄色の牡丹が丁度咲いたところです」と案内してくれた。
 老いた母に同行していると皆さん親切に接してくれる。
 左の画像がそうである。 図鑑を調べてみると黄色の牡丹は7品種載っており、格別の珍種と云う訳ではなさそうだ。 栽培している所が比較的少ないと云う程度なのだろう。

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 黄も鮮やかな木香薔薇のアーチをくぐって園内の小径を辿る。 
 実に様々な品種の牡丹が見事に咲いていて、右顧左眄に忙しい程だ。
 最下部に撮影した牡丹の花をずらっと掲載してみたが、それぞれに優雅な名が付いていて図鑑には120品種以上が名を附して載っていた。

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 一周廻った辺りに床机が据えてあり灰皿もあったので一服していると、奥の小径から人々が出て来た。
 風情のある池があり、その向こうにまだ牡丹園がありますよと教えられて立ち上がる。 母に大丈夫かと訊くと思った以上に元気な声が返ってきた。 久し振りの牡丹園に母も上機嫌だ。
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 取り敢えず一番奥の牡丹園をまた楽しんだ後、引き返して池の周りを佇みつゝゆっくりと巡った。
 錦鯉が苔むした古池に鮮やかだ。 見事な大鯉である。
 牡丹の中にも錦鯉によく似た紅白模様の花があったなとふと思った。

        白牡丹といふといへども紅ほのか  高浜虚子
 
 牡丹で白眉の句は虚子の掲句であろう。 白牡丹の一つを見ていて この句がすぐ頭に浮かんだ。
 他に著名な句を数句挙げてみる。
 
           牡丹百二百三百門一つ        阿波野青畝
           火の奥に牡丹崩るるさまを見つ    加藤楸邨
           ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに 森澄雄


           牡丹園池の辺に来て息を抜き  暢一


 尚 本記事中に掲載出来なかった牡丹の画像多数枚を◇朝田寺未掲載画像集◇に纏めた。
             
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  15mimg_1209 16img_1206 17img_1189 18img_1202
  19img_1279 20img_1170 21img_1194 22img_1160
  23img_1200 24img_1193 25img_1211 26img_1164
                 <記事の全画像拡大可>
                 
                 ◇朝田寺未掲載画像集◇

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2006年5月15日 (月)

≪フォト俳句(225)≫5/15④牡丹寺(朝田寺・松阪市)

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 朝田寺の第4回目である。
 第3回の前回記事にて仏像を興味深く拝観した後、大小の絵馬の掛かる廊下より畳敷きの仏間に入った。
 絵馬も相当古い物のようだ。
 但し私としては何処の寺院を訪れても必ずと言ってよい程お堂等に落剥しかけた絵馬を見る事が出来るから、然程に珍しいとは思わなかった。
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 右画像を拡大して頂くと分かるが、左端に「重要文化財指定書」が額に納められていて、こちらの方が私には珍しかった。
      『 彫事三八〇号
           重要文化財指定書
        木造地蔵菩薩立像…一躯
             :
       右を重要文化財に指定する 』 と書いてある。
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 手前の小部屋にもやはり仏壇が安置されていた。
 何か日常的な雰囲気を持っていて親しみを感じる。 
 合掌をしてから次の部屋へと移動した。
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 その部屋には曼荼羅図のような仏教絵が2枚 部屋の両壁面一杯に掛けられていた。 
 通称「甘露帳」と呼ぶらしい。 
 正式には「盂蘭盆経説相図」。 韓国特有の仏画にて、物を備えて仏や死者・霊魂を供養する際に用いる儀式用仏画と説明書が添えられている。 右側の鮮やかな色をしている図は模写である。
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 こう云った甘露帳が成立した時代は不明らしいが、現存する最も古い甘露帳は16世紀末の物にて2点ある。
 2点共に日本で所有されている。
 1点(1589年作)は神戸市の薬仙寺に、もう1点(1591年作)がこの朝田寺の甘露帳だそうな。
 他にソウル国立中央博物館に17世紀の作が1点存在するが、現存する甘露帳の大部分は18世紀の作にて、それも20点程に過ぎないらしい。
 模写については箱書きに「天保六年」(1835)とある。
 以上のような説明書を読んで随分と貴重な仏画だなと改めてしげしげと見直した。
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 次の間に入る。 一対の戸板に描かれた画が2点展示されていた。 昔に当寺の客殿で使用されていた杉戸である。 この画は「獏図」。 獏は「悪夢を食べて良い夢を見させてくれる」と仏教説話に登場する奇獣だ。
 「弾正宗暉入道蛇足軒十世曽我暉雄」と落款がある。 
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 これは「鳳凰図」。 
 「獏図」と共に国指定重要文化財にて貴重なものだ。
 西日のよく当たっていた右側の方の褪色が激しく、実際に使用されていた往時が偲ばれる。
 裏面には野兎と萩が墨筆されているらしい。
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 右画像の阿吽一対の「獅子図」も朝田寺屈指の収蔵仏画だ。
 江戸時代の「蕭白」34歳頃の作にて、3、40分で書き上げた若者の気合溢れる名作と称されている。
 対比をなすと言われる「雲龍図」はボストン美術館にある。
 地蔵菩薩を安置する当本堂内々陣の左右の板壁にあった壁貼り付け画を軸装にしたものにて、「阿形の雄」が東壁に、「吽形の雌」が西壁に位置していたらしい。
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 最後のご紹介は屏風画。
 「唐人物図」と云い これも「蕭白」の作品だ。市指定文化財。
 老樹下の七人の高士と一人の童が書や音楽を楽しんでいる景を描いたものであるが、人物の表情や無駄な線の無い衣服の描き方など「蕭白」独特の画風がよく出ている作品と言われる。
 また樹木の洞の中に何かが潜んでいる事も暗示していると言われているそうだ。

           絵馬によき手綱曳かせて春の寺    原裕

 興味の趣くまゝに仏像や仏画を観ている内に何時しか時間を費やしてしまった。
 母に急かされてようやく牡丹苑の入り口に向ったが、記事が長くなってしまったので次回とする。

          牡丹観る愉しみ前の仏間かな  暢一


                 <記事中の全画像拡大可>

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2006年5月13日 (土)

≪フォト俳句(224)≫5/13③牡丹寺(朝田寺・松阪市)

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 朝田寺の3回目である。 
 本堂内陣より事務所の女性に展示場へどうぞと呼ばれて事務所に入る前に、堂の裏手を覗いてみると牡丹苑の一角が見えた。
 牡丹は後の楽しみにと事務所に入れて頂く。 
 事務所の女性は老いた母をとても優しく介助してくれた。 訊ねそびれたが落ち着いた感じの品の良い方だったから大黒さんだろうか。 
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 狭く細長い展示場には大小の仏像が二十数点並んでいる。 
 真ん中に大日如来の坐像が安置されていた。 
 平安時代後期とある。
 撮影禁止との札が添えられているので伺うと撮影を許してくれた。
 右の前・後からの画像がそれである。
 
 壁側の台に展示されている立像は殆どが落剥していて如何にも古い時代の物と思わせる。 元はどのような色彩を施されていたのだろうかと想像しながら鑑賞するのも楽しい。
 仏像に対する知識のあまり無い私は厨司に納められた仏像の様々な姿にも興味を惹かれた。

         まぶた重き仏を見たり深き春   細見綾子

 展示場から絵馬の大小が掛けられた廊下に出ると畳の仏間に至る。
 そこには甘露帳や国指定文化財の絵画等が展示されていたが、次回に譲りたいと思う。


          牡丹の香彩の剥げたる仏たち  暢一

            
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  Img_1122 Img_1127 Nimg_1128 Img_1128
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2006年5月10日 (水)

≪フォト俳句(223)≫5/10②牡丹寺 (朝田寺・松阪市)

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 前回よりの続きである。
 朝田寺(ちょうでんじ)の場所を郵便局で尋ねた時、局の職員は「ちょうでんじ?」と初めは分からない様子。 別の職員が「朝田の地蔵さん」と呼ばないとピンとこないよと笑いながら教えてくれた。
 
 山門を潜ると屋台が二つ出ていたが誰も付いていない。 本堂は如何にも古刹らしい雰囲気のたたずまいである。
 朝田寺は807年に空海(弘法大師)が伊勢参宮のみぎりに彫った地蔵菩薩を本尊としたのが始まりと言われるが、織田信長の伊勢平定の際 兵火にあい現在地に移った。
 現存の建物は、本堂(1652年) 山門(1673年)など江戸時代の物だ。

 Img_1103 Img_1101 Img_1104

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 牡丹苑に入る前に本堂と文化財の拝観をと受付で料金を払う。 
 牡丹苑共にて700円也。
 そのお蔭で本堂内々陣に入る事が出来た。 
 地蔵菩薩立像を安置した須弥壇は実に華やかだ。
 807年に空海が彫ったと言われるこの立像は国の重要文化財に指定されている。

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 須弥壇の左側に人形供養の壇が設けられていた。
 安置されている像は僧形座像。 
 平安時代の作と言われる。
 朝田寺は8月の地蔵盆に「朝田地蔵まつり」で8日間賑わい、「朝地蔵」と云って午前0時よりの法要で始まり最後の日は盆踊り、打ち上げ花火、火渡り等の催しがあるとパンフレットに書いてあった。

           剥落を夢に癒さむ春菩薩   林 翔

 地蔵菩薩に合掌しながら暫し瞑想していると、受付の女性がにこやかにどうぞこちらから文化財もご覧下さいと事務所の中へと案内してくれた。
 次回はそれら文化財のご紹介をしたいと思う。
 

        須弥壇の金色鈍き若葉寒  暢一


                 <全画像拡大可>

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2006年5月 5日 (金)

≪フォト俳句(222)≫5/6 ①牡丹寺(朝田寺・松阪市)

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 知人に教えて頂いていたので予てより訪れていたいと思っていた松阪市の朝田寺(ちょうでんじ)へ2日に母と出掛けた。 
 
 牡丹寺として有名との事にて今の時節を逃す手はない。
 伊勢から松阪迄は車で30分弱の距離であるが、道路は結構混んでいた。 渋滞も車窓の景を楽しんでいれば然程は退屈しない。 
 分離帯の躑躅はつんゝゝ蕾が見られるものゝ咲き出すのにはもう少しのようだ。 等間隔に植えられている紅葉の樹はレッドロビンだろう。 新芽から若葉の内は紅く、徐々に青葉に変わっていく樹だ。
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 伊勢平野の田園は既に田植えが終わり曇り空にも拘らず水田が明るく映えている。 少し以前迄は5月の連休の間に田植えを行ったものだが、段々と早くなり最近は4月の中旬過ぎだ。
 松阪は周知の土地のつもりだったが結構迷ってしまい郵便局で道を尋ねた。
 朝田寺では門前広場にも牡丹が咲いていて我々を迎えてくれた。   

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 寺前の狭い道を3台の車が出て来るのを待って入ったが、お蔭で門前の駐車スペースが空いたところにて助かった。
 車整理の係員が先ずは出入り自由の左手の庭園を観ていって下さいと言うので従う。 
 入っていくと僅かであるが牡丹が植えられていた。 
 如何にも古刹らしい鐘撞堂の裏手にある池を中心とした庭だ。 鐘撞堂に覆いかぶさるような巨木の若葉が目に染入る。

         あらたふと青葉若葉の日の光   松尾芭蕉

 あと数回この朝田寺を題材として続けたいと思っている。


           黙々と音たててゐる若葉かな  暢一 
 

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                     <全画像拡大可>

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2006年5月 3日 (水)

≪フォト俳句(221)≫5/3 花水木 (伊勢市内)

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 まだ題材としたい他所の桜もあったのであるが、中部国際空港の話題の内に5月を迎えてしまった。 変化の少ない日常の私にとっては大事件だったのでついゝゝ続けてしまった。読者諸氏には退屈な事であったろうとお詫び申し上げる。
 いま自然は多彩に春の花々を次々と咲かせて息つく暇も無い程だ。
 そこで暫くは更新間隔を少し早めて身辺のこれらの花々を取り上げていく事にする。

 私宅近所の商店街が国・県・市からの援助・融資を受けて再開発したのは何年前だったか覚えてはいないが、15年以上は経っていると思う。
 商店街東端の一部に花水木が植えられていて今が花盛りだ。 
 この花水木も商店街が再開発してよりの年数を経て立派な花を咲かせるようになってきた。

    1img_1620 2img_1621 3img_1622

 今日(5月3日)の快晴を逃す手はないと撮影をしていると、頭上から女性の声が降ってきた。 見上げると理髪店の2階の窓からである。
 よければ上がってきてこの二階の窓から撮ったら如何ですかとの事。 俯瞰で撮影出来るとは有り難いと言葉に甘える事にした。
 下の6枚の写真がそうである。

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4img_1642 5img_1639 6img_1641

 6日前に通った折には白い花水木はまだそれ程咲いていなかったが、今日は結構咲いていた。
 しかしピンクの花水木と比べると葉も目立ち地味な感じがする。
 白い花水木の特性なのかどうか、ピンクのものにも他に葉の目立つものが見られるから木々によるだけの事かも知れない。

    10mimg_1652 11img_1651 12img_1295

 花水木は北米大陸の東側に自生していて、別名はアメリカヤマボウシである。
 明治時代にアメリカに贈った桜が、ワシントンDCのポトマック川の堤を彩って名所になっているが、その折に返礼としてアメリカから来たのが花水木だ。

 若い知人は商店街のこの花を花水木と呼ぶ事など知らなかった。 これが一青窈の歌う「ハナミズキ」の事かと歌を口ずさみながら若者らしい理解の仕方を見せ、歌詞を教えてくれた。
                空を押し上げて
                手を伸ばす君 五月のこと
                どうか来てほしい
                水際まで来てほしい
                つぼみをあげよう
                庭のハナミズキ

 一青窈自身の作詞らしいが彼女は伊藤敬子のこの句を知っていたのだろうか知らなかったのだろうか。

       真昼間の空を押しあげ花水木   伊藤敬子   
         
 下の写真は4月27日の曇り空のもとに撮ったものだが、花色が晴天よりもかなり赤く写っている。
 実際でも多少は色濃く感じたが、これ程でもない。 写真は時に嘘をつく。

         紅白に咲かせモールの花水木  暢一

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           <全写真拡大可・縦長画像は更に拡大可>
         <画像拡大後は「前に戻る」操作で記事に戻って下さい>

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