« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月の5件の記事

2006年10月26日 (木)

≪フォト俳句(258)≫10/25 ⑦ 岡崎行(JR岡崎駅前・居酒屋)

1ximg_0062


 月に一度、我が結社の東海支部句会出席の為に伊勢から近鉄特急にて名古屋まで、JR東海道線の快速に乗り換えて岡崎まで出掛ける道中記に6回に亘ってお付合い頂いてきたが、今回が最終回である。

 前回、句会場へ向うJR岡崎駅西口の閑静なたたずまいをご紹介したが、東口の側は打って変わって古くごたゞゝとした下町の風情があり乗降客の数も圧倒的に東口の方が多い。

 いつ頃からかは覚えていないが、随分以前より東側の駅前は再開発による区画整理が順次進められてきていた。 しかし今年に入って駅前通りの店々もばたゞゝと立ち退いて一気に更地になってしまったので、月に一度しか訪れる事のない私には驚きの景の変貌振りだった。


21img_0143 22img_0135
          23img_0136 24img_0140

 上左端の画像はまだかろうじて残っている駅前通りの店舗だ。 すぐ隣まで更地が迫っている。 来月訪れる時には恐らく消えてしまっているだろう。
 
 JR岡崎駅は東海道本線の主要駅にも拘らず岡崎市中央部からはかなり西南に位置していて 岡崎市の中心駅では無いようだ。 名鉄名古屋本線が岡崎市と名古屋間のアクセスの主らしい。
 とは言え、岡崎駅の東側は古くはかなり栄えた町並みであったようである。花柳界まで見られたそうだが今はその面影もなくなっていた。


31img_0147 32img_0148
          33img_0150 34img_0152

 句会を終えての帰路、岡崎駅を素通りして駅東側の路地奥にある居酒屋に夕食を兼ねて立ち寄る。 句友とご一緒の時もあれば一人の時もある。
 上画像4枚は9月の折に撮ったものだが、8月には建物のあった路地沿いが更地になってしまっていて岡崎駅が見える。

 あと3枚がいわゆる飲み屋マーケット。 どれだけの歴史があるのか知らないが、実に古い。 訪れる時間が夕方5時頃にて まだ明るいから猥雑さが余計に目立つ。
 11月にはここも取り壊しが始まると聞いていたので、思い出の為にと撮影し今回の題材とした次第である。

 上右の画像2枚が馴染みの居酒屋だ。 私が伊勢から訪れると云う事で何時もより早く5時頃には開店して待っていてくれる。 もう十数年になるだろうか。


41img_0687 42xx
          43img_6908 44zuikiimg_6909

 私がこの居酒屋に顔を出す頃はまだ女将も仕込みを始めたばかりだから、取り合えず酒と簡単なつまみだけを出してもらい、話を交わしながら女将の仕込みやその他の準備を眺めている。

 上画像の右から2番目は夕焼けに染まる入り口。 
 同じく上画像の右端に写っているのは 「芋茎」 (ずいき)らしい。 里芋の茎であるが、こんな太い物なのかしらと初めて見る私には驚きだった。


            酒好きに酒の佳句なしどぜう鍋  秋元不死男         


 (泥鰌鍋は夏の季語で季節外れの句だが、面白く納得の句意なので掲句とした。)


51img_8198 52img_8195 53img_8197

 先々月はこの居酒屋がまだ開いていなかった。 暫く待っても女将が出勤してこないので、横の路地奥にある別の居酒屋へ寄ってみた。 上の画像がその居酒屋だ。 馴染みの店よりも少し広い。 前にも3度程飲んだ事もある店である。

 女将は70歳代だろうか。 30歳代にこの居酒屋を始めて今年で40周年だそうだが、取り壊しの為に来月で店を閉じる。 もう十分働いたから丁度潮時ですと女将は笑っていた。 居合わせた常連客はこの店に通って私も40年近くですと随分と淋しそうだった。 女将にも常連客にも半生の半分以上の思い出が詰まった居酒屋だ。 感慨深いものがあるだろう。


             女将老い客も老いたる濁酒  暢一


                        <全画像拡大可>

| | コメント (0)
|

2006年10月20日 (金)

≪フォト俳句(257)≫10/20 ⑥ 岡崎行(JR岡崎駅・住宅街)

1img_0069


 伊勢から愛知県の岡崎まで月に一度の句会の為に出掛けた折の道中記も6回目となってしまったが、もう少しお付合い頂きたい。
 今回の画像もこの10月10日に撮影したものだ。


  21img_0055 22img_0064 23img_0059

 前回はJR東海道線の快速電車が岡崎駅に到着する直前まで記したので、今回は岡崎駅に到着したところから始めたいと思う。
 岡崎駅には午後1時10分頃に着く。 1時半からの句会場まで歩いて10分程だから丁度よい。 


      31img_0060 32img_0066 33img_0073

 JR岡崎駅には東口と西口がある。 東口に出ると古い町並み、西口を出ると比較的新しい閑静な住宅地が広がる。 恐らく一昔前は岡崎郊外の田園地帯であったのだろう。 私はこの西口から出て句会場まで歩く。
 岡崎駅に毎月降り立つようになってもう20年弱になるが、初めの頃はまだ旧駅舎にて東口しかなく駅の東側を遠回りして踏切りを渡ったので結構長い距離を歩かなくてはならなかった。

 上の中央画像の駅前広場を抜けて信号を渡るとすぐ住宅街に出るが、そこが上右の画像だ。
 冒頭の大きな画像は駅前広場の機関車のモニュメントだ。 正午には鉄道唱歌が流れるらしい。 
 駅の東側については激しく変貌中にて次回に触れたいと思う。


  41img_0076 42img_0078 43img_0079

 途中から句会場まで住宅地の路地を辿るが、立派な屋敷々々の塀が続くのでつい見とれてしまう。
 この辺りに農地を持っていた元地主の方達のお宅かしらと勝手な想像を巡らせてしまう。


            金木犀風の行手に石の塀   沢木欣一


     51img_0083 52img_0084 53img_0085

 金木犀が今を盛りと香を放っている。 「日々身辺抄」でも昨日取り上げたが、10月の初旬を中心として咲く花期の短い花だけに強い香と共に印象的な花である。


61img_0088 62img_0116 63img_0093


           車過ぎまた過ぎ芒ゆれどほし  暢一


71img_0099 72img_0111 句会場の裏手を土手沿いに川が流れる。 今月は芒が揺れコスモスが揺れて楽しませてくれているが、 毎月花々が咲き変わっていて飽きない川沿いだ。 月に一度の訪問なので尚更楽しみの一つになっている。 

       <全画像拡大可>

| | コメント (0)
|

2006年10月15日 (日)

≪フォト俳句(256)≫10/15 ⑤ 岡崎行(JR東海道線)

Img_9978


 月に一度 句会出席の為に出掛ける伊勢から岡崎迄の道中記事を続けている。
 前回は近鉄特急の名古屋駅迄を取り上げた。

 今回は名古屋駅で乗り換えて岡崎駅迄乗るJR東海道線の快速電車の車窓風景である。 10月10日に撮影した。
 前回も触れたように快速電車では運転席の後ろに陣取って前や左右の景色を楽しむ事が多い。


11img_9963 12img_9966
          13img_9967 14img_9970

  名古屋駅を経って暫くは名古屋の街中の建物が面白く車窓を過ぎって行く。

 右端のショッピングセンターはイオン。 四苦八苦している大型小売店の中で唯一毎年着実に業績を伸ばしている会社だ。 平成6年2月決算で売上収益4兆4千億円強と財務諸表に載っていた。 5年間で1.5倍の成長振りで、いつしか小売業日本一に躍り出た。
 私の住む伊勢地方の大型スーパーはイオンの独占に近い状態になっている。 伊勢地方だけではない。 三重県全体がそうだ。

 イオンは三重県四日市市の岡田屋が中心となってジャスコを創立し発展した会社であるから地元である三重県では元々強い。
 歴史をたどれば、約250年前に岡田惣左衛門が太物・小間物商を四日市に創業。 80年前に(株)岡田呉服店を設立。 37年前にスーパー「ジャスコ」 設立。 
 我々は長くジャスコの名に親しんできたので、今でもイオンと言わずにジャスコと呼んでいる。
 元民主党代表であった岡田克也氏はこのイオングループ名誉会長の次男にて、長男がイオンの社長をしている等の事は有名だ。 

 
21img_9998 22img_9986
          23img_9988 24img_9990

 十数分も走るともう郊外に出る。 住宅地が広がり、小山や寺院も車窓に見える。
 新幹線の線路とも並行していて時にすれ違うが、子供でなくてもつい目を奪われる。


31img_0003 32img_0006
          33img_0020 34img_0010

 上下線が分かれて単線のような雰囲気になったり、踏み切りや橋を過ぎたりと本当に見飽きない運転席越しの景色である。


41img_0028 42img_0011
          43img_0026 44img_8138

 
 名古屋駅を発って20分もすると、そこは広々とした三河平野の田園地帯である。
 驚いた事にまだ黄金色の稲田が見える。 刈り入れの済んだ稲田もあるが、半々と云った感じだろうか。

             稔り田は赭き鉄路に道を開け  山口誓子

 
061015img_8120 上画像の右端の緑の稲田は先月9月12日に撮影したものだ。 その9月12日の伊勢平野の稲田(右画像)はすっかり刈田となっていたから、まだ青々とした三河平野の稲田に驚いたものである。
 それから一ヶ月経っても三河平野ではまだ刈り入れの済んでいない事に尚更驚いた。
 よくは分からないが、三重県と愛知県とは稲の種類が違うのだろうか。 木曾三川を越えて愛知県に入ると刈田から稔り田の景に変わるようだ。


            木曽川のひがし稔田にし刈田  暢一


51img_0038 52img_0044
          53img_0051 54img_0047

 やがて大きな川 「矢作川」 を渡ると岡崎駅は近い。
 「矢作川」 は 「やはぎがわ」 と読む。 戦国史の好きな方ならご存知の名であろう。
 豊臣秀吉が日吉丸と云っていた少年の頃、奉公先の陶器屋から逃げ出して 「矢作橋」 の上で寝ていたが野武士に頭を蹴られた。 日吉丸が恐れずに咎めたところ、その度胸を気に入って野武士は日吉丸を手下にする。
 この野武士が蜂須賀小六正勝。 後に秀吉の手足となって活躍し大名にまで出世する事になるのだが、橋の上の逸話は事実はどうか定かでないそうだ。 

 その矢作橋は今国道一号線が通るが、橋のたもとに記念の出合之像が建っている。
 また「矢作」の名の由来は周辺に矢を作っている集落があった事に由るらしい。 如何にも戦国話に登場するに相応しい由来である。
 
Img_0053
 矢作川を渡るとそろそろ下車の準備に掛かる。
 左右に住宅街が見えだすと岡崎駅が近づいて来る。

       <全画像拡大可>

| | コメント (2)
|

2006年10月12日 (木)

≪フォト俳句(255)≫10/12 ④岡崎行(近鉄特急車窓・名古屋駅)

2aimg_9946


 月初めから休日を取る事が多かった為に仕事関係が超多忙になってしまい、10日更新の予定が遅れた。 アクセスをして頂いていた方々にお詫び申し上げる。 

 飛び飛びになってしまっているが、№250 №251 №253にて伊勢から岡崎句会へ出掛けた折の近鉄特急車窓風景をご紹介してきた。
 №253で四日市から長良川の河口堰迄を取り上げたが、今回はその続きである。


3yokoimg_9955 長良川を過ぎると三重県から愛知県に入り すぐに木曽川を渡る。
 暫くの田園風景の後に住宅や工場地帯が多くなり やがて白く聳え立つ名古屋駅のJRセントラルタワーズ二棟が見えてくる。

 JRセントラルタワーズは53階と51階のツインタワービルだ。 平成11年にオープンした。 名古屋で初めての超高層ビルにて評判を呼び、他県からも見物客が押し寄せた記憶もまだ新しいが、今年も周辺に超高層ビルが完成するなど珍しくはなくなってきた。


             高層の遠く見え来て花芒  暢一


 JRセントラルタワーズが近づいて大きく見え出すと近鉄特急は地下に潜る。 近鉄の名古屋駅は広いJR名古屋駅の地下に位置するからだ。
 下の左画像は近鉄のホームから直接JRのホームに行く専用改札。 改札を抜けるとエスカレタ-で東海道線のホーム下に直ぐ出るから、岡崎まで東海道線で行く私にとって便利である。

   42img_9957 43img_9956 41img_6864


 時には名古屋駅のコンコースや街中に出て昼食をレストラン等でとる事もあるが、殆どは駅のホームの立ち食いで済ませる。 結構美味しい。


          秋風や昼餉に出でしビルの谷   草間時彦


 食後、ホームの一番端にある喫煙コーナーで一服している内に豊橋行きの快速電車が入ってくる。

   51img_0589 52img_0669 53img_0677


 平日の昼頃にもかかわらず乗降客は多い。 通勤時間帯であればきっと物凄い混雑なのだろう。
 電車に乗るとつい一番前の運転席の後ろに立ってしまう。 子供じみているが この年齢になっても走っている電車の前を見ているのは楽しいものだ。
 家族からは事故があった時に危険だから真ん中辺りの車両に乗るように注意されているのだが…。

   63img_9961 61img_0678 62img_0679

                      <全画像拡大可>

| | コメント (0)
|

2006年10月 5日 (木)

≪フォト俳句(254)≫10/5 等観寺

Aimg_7879


 伊勢神宮の神前町とは云え 伊勢市内には寺院も多数存在する。 我が家から歩いて10分以内の所にでも5つ6つを数える事が出来る程だ。 何処も小さな町寺にて観光の対象ではないけれど、それなりの古い歴史を持つ。

 9月10日の№249にて珊瑚樹を題材とした神社 坂社の隣にも寺院が仲良く並んで建っている。
 「等観寺」 である。  


1img_7883 2img_7888
          3img_7884 4img_7887


 「等観寺」 については№210で白梅を、古くは№55で百日紅、凌霄花を題材にして取り上げた事もある。

 10日程経つが等観寺前の歩道に咲いている鶏頭を撮影していて、門前の松の見事な緑に気が付いた。 緑豊かな老松とその枝振りを撮影してみたので、再度 等観寺を取り上げてご覧頂く事にした。


5img_7870 6img_7877
          7img_7869 8img_7866
9img_7867 10img_7875
          11img_7874 12img_7872


 等観寺は1394年に後小松天皇の勅願により建立されたと云う古く立派な歴史を持つ。
 一時期は常住雲水30名を数えた曹洞禅宗の大寺院の威容を誇り、末寺36を擁した中本山であった。
 1706年に焼失し5年後再興されたが、それで規模が小さくなってしまったのだろうか。 そこのところは知らない。


13img_7861 14img_7862
          15img_7860 16img_7852


 等観寺の庭を囲む白塀と対比して坂社との境に茂る珊瑚樹の実の紅色が鮮やかだ。


             珊瑚樹や寺と社と隣り合ひ  暢一          


 下の画像は3月に白梅を撮影した折の松だ。 今回撮影した松の画像と比べてみて その色の大きな違いに今更ながら気が付いて驚いた。


               雲流れたしかに秋の松の幹  桂信子


Bimg_1078

                         <全画像拡大可>

| | コメント (0)
|

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »