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2006年11月の6件の記事

2006年11月25日 (土)

≪フォト俳句(264)≫11/25 ③ 小菊

 いつも ≪‘のぶ`のフォト俳句≫ をご覧頂き有り難うございます。
 5・10日等と5日毎に更新してきましたが、次回から日曜日毎の一週間々隔にて更新していきたいと存じます。
 次回更新は12月3日(日)となります。

 6月よりブログ 「日々身辺抄」 にて日々の身辺を別に綴るようになり、それまで≪‘のぶ`のフォト俳句≫で取り上げていた事も 「日々身辺抄」 の方で多く記事にしてしまっています。
 そこで ≪‘のぶ`のフォト俳句≫ では身辺的な話題を 「日々身辺抄」 に譲り、シリーズ的な題材や多くの画像をご紹介する記事を中心に進めていきたいと存じますので、少し回数を減らそうと云う事に致しました。
 どうぞ ≪‘のぶ`のフォト俳句≫「日々身辺抄」 を今後共々宜敷くお願い致します。


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 さて 前々回の初冬の伊勢平野、前回の紅葉・黄葉と、11月14日の岡崎行の折の景をご紹介してきたが、今回も同じくである。

 冒頭と左の画像は岡崎での句会場に飾られていた小菊だ。
 菊のシーズンである今の時節、町のそここで小菊もよく見掛ける。

 岡崎に出掛けた時に良い機会なので道中に咲いていた小菊を撮影してみたが、結構多くの種類の小菊を撮る事が出来た。


 下の画像は自宅から伊勢市駅迄の道筋に咲いていた小菊。
 「日々身辺抄」で何度かご紹介したが、伊勢市内では街路樹の所に四季折々に近所の人が花を咲かせている。
 今は小菊の咲いている所が多かった。


             照葉して小菊の気品定まれり  及川貞


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 岡崎駅を出て句会場迄の道筋にも小菊が見られたが、途中 高級住宅街の中に小さな畑がある。
 そこは毎年多くの小菊を咲かせていて11月に通り掛かる時の楽しみの一つだ。


               一区画小菊畑の屋敷町  暢一 
                                           

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                       <全画像拡大可>

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2006年11月20日 (月)

≪フォト俳句(263)≫11/20 ② 紅葉・黄葉

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 前回は句会出席の為に岡崎まで出掛けた折の近鉄車窓にて、冬ざれの雰囲気に近づきつゝある
11月14日の伊勢平野をご紹介した。
 
 岡崎に出掛ける時は、自宅から伊勢市駅まで20分近く歩くが、途中の町中の落葉樹もそろゝゝ色づき出していた。
 特に 「花水木」 が見事に紅葉している。 赤い実も生っていた。 冒頭と下の画像がそうだ。
 自宅を出て駅方向のすぐの所にある商店街のモールに植えられている。
 例年なく鮮やかな紅葉に思える。

 
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 この 「花水木」 が花を咲かせている様子については №221 にてご紹介した。 見事な咲きぶりだったので宜しければご覧頂きたい。

 下の左端画像はプラタナスだろうか。 植物に疎い私にとって樹の名は特に判別し難い。
 後三枚の画像は桜紅葉。 伊勢市駅へもう少しの所に建つ 「月夜見宮」 前の歩道にて撮影した。


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 JR岡崎駅に降り立ってからも句会場まで10分程歩く。 
 その道中の10月10日に撮影した画像を №257 にてご紹介したが、その折の街路樹はまだ緑だった。

 一ヶ月毎に訪れる土地の景色や花々の移り変わりを見るのは本当に楽しい。


    駅までの路の直線黄葉季  暢一

                                .

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          何の木と知れずに紅葉また黄葉   鷹羽狩行


 下左端の植物は 「花衝羽根空木」(ハナツクバネウツギ)とやゝこしい名。
  「日々身辺抄」の8月17日にて賢島の志摩観光ホテルの庭で花を咲かせているところを取り上げた事がある。


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                      <全画像拡大可>

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2006年11月15日 (水)

≪フォト俳句(262)≫11/15 ① 初冬の伊勢平野

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 ここのところ数回に亘って記事に取り上げてきたが、毎月第2火曜日は私の所属結社の東海支部句会が開かれるので愛知県岡崎市まで出掛ける。 

 11月は14日の昨日がその日に当たるので出掛けた。 伊勢平野の景の一ヶ月毎の変化を近鉄車窓から見るのは大きな楽しみの一つだ。

 9月12日の景を№251で、10月10日の景を前回の№261にて取り上げた。

 宜しければ今回の画像と見比べて頂きたい。 
 9月は稲刈りの済んだ後の切り株から穭 (ひつぢ)が萌え出した田、10月はその穭 が緑濃く成長している田。
 そして今月はその穭 に枯れ色が目立つ田へと変貌していた。

       伊勢平野穭田枯れて落ち着きぬ  暢一 
 

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         火を焚くや枯野の沖を誰か過ぐ   能村登四郎

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                      <全画像拡大可>

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2006年11月10日 (金)

≪フォト俳句(261)≫11/10 伊勢路・三重県

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 前回記事で名古屋の熱田神宮から伊勢路を経て伊勢神宮までの全日本大学駅伝を取り上げたが、駅伝が駆け抜けた伊勢平野の画像と共に伊勢路と三重県について今回は取り上げてみたいと思う。

 画像は10月10日に近鉄車窓から撮った三重県中南部の伊勢市を流れる宮川から、三重県北部の鈴鹿川までの水のある景にした。 少し前の近鉄車窓の記事とよく似た場所の画像もあるがご容赦頂きたい。 


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 駅伝が走った「伊勢路」は、東海道42番目の宿場町であった桑名の「七里の渡し」を起点として伊勢神宮まで伊勢平野を南下する街道の事を指す。 因みに「七里の渡し」は熱田の宮の渡しから海上を七里船に乗って着いた事からの名だ。 今も伊勢路の起点としての大鳥居が建っている。

 しかし「伊勢路」とは各方面から伊勢を目指す主要街道の総称だから、関西方面から また熊野方面から伊勢迄の街道も伊勢路と呼ぶ。 近年 熊野古道が世界遺産に登録されてからは熊野からの伊勢路がよく話題になり、ネット検索でもこちらのヒット数の方が遥かに多い。

 また伊勢志摩吟行会記の№242№243にて触れた五ヶ所湾西部辺りから伊勢方面に行く山間の古道の途中にその名も「伊勢路」と云う地名があり興味をひく。 鄙びた山里に過ぎないだろうけれど一度訪れてみたいものだ。
 正確に住所を記すならば「三重県南伊勢町伊勢路」である。


 三重県は昔の令制国で言えば、伊勢国、志摩国、伊賀国、紀伊国の一部より成る。

 南北に180kmと非常に細長く、地形も伊勢湾北部から熊野灘の南部までの海岸地帯、伊勢平野などの平野部、鈴鹿山脈を代表とする西部の山脈地帯、青山高原などの高地、盆地、低地、等々と実に多様である事から気候も地域差が大きく変化に富んでいる。 
 北部山地は雪国の景を見せるが、南部で雪を見るのは年に数える程だ。

 座興で三重県と隣接する県の数はとクイズを出してみると、三重県人であっても正確に答えられない。
 正解は6県。 北部で愛知県・岐阜県。 北西部で滋賀県・京都府。 西部で奈良県。 南部で和歌山県と隣接している。 5県は判かるけれど京都府のごく一部と隣接している事を知らない人の多いのがこのクイズのポイントだ。


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 「三重」の語源は古事記に遡る。 
 日本武尊が東方遠征を終えて桑名郡尾津(桑名市)の浜から能褒野(亀山市)へ向かう途中の事、古事記に『「吾が足は三重の勾がり(曲り)の如くして甚だ疲れたり」とのりたまいき。故、其地を號けて三重と謂ふ。』とあることに由来するとされている。

 能褒野(のぼの)まで来て日本武尊は力尽き息絶える。 そこに陵(墳墓)を造ったところ一羽の白鳥が陵から大和目指して飛び立ったと言う故事は有名だ。
 明治12年に内務省が亀山市の能褒野神社西にある丁字(ちょうじ)塚と呼ばれる前方後円墳を日本武尊の陵と指定したが、史実かどうか定かではないようだ。

  能褒野の地は国道1号線や関西本線が四日市方面から来て亀山の手前辺りで近くを通っている。

          時雨つつ能褒野辺りの車窓かな  暢一


 白鳥が飛び立った能褒野の墳墓を白鳥陵と呼ぶが、大和までの途中に白鳥が舞い降りたとする伝説地に今でも白鳥陵と呼ばれる古墳がそれぞれ遺っている。
  最初に舞い降りたと言われる奈良県御所市琴弾原。 そして大阪府羽曳野市旧市邑。

 郷土にまつわる話から興味を持ち古事記を読む事になった若い頃が懐かしく思い出される。
 尚、日本武尊に関しては「歴史の扉 ヤマトタケル」を参照させて頂いた。 多数の現地画像と共に詳しく掲載されているので興味のおありになる方はご覧になって頂きたい。


          棕櫚剥ぐや古事記の川に映りつつ   加倉井秋を


  (「棕櫚剥ぐ」は初冬の季語。棕櫚の幹の皮を剥いて表面の毛状繊維を採取することを言う。)

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                        <全画像拡大可>

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2006年11月 5日 (日)

≪フォト俳句(260)≫11/5 全日本大学駅伝

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 今日11月5日、伊勢路を208人の若者がリレーしながら駆け抜けた。
 「全日本大学駅伝選手権大会」 が開催されたのだ。 

 今年で第38回と歴史ある大学駅伝の日本一を競う全国大会にて、参加大学は各地区の予選を勝ち抜いてきた26大学。

 名古屋の熱田神宮西門前から伊勢神宮内宮正面広場まで8区間の106.8kmと他に類を見ない長距離の駅伝だ。

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 午前8時10分に熱田神宮をスタートした駅伝は、私の近所の県道を13時8分に1位の駒澤大が走り抜けて行った。 伊勢神宮内宮でそのまゝ駒澤大が優勝ゴールのテープを切ったのはそれから19分後の13時27分だ。 
 その距離が実感として分かるだけに、最終8区19.7kmの長きを走って来たにも拘らずの速さに驚く。

 上の画像は仕事をしながら見ていたテレビ中継に宮川の手前が映りだしたので、慌てて県道まで行って撮ったものである。


            駅伝の走り抜ければ伊勢に冬  暢一        


 駒澤大の優勝は2年ぶり6回目。 タイムは5゚ 19' 05" 。
 2 日本大  3 中央大 4 順天堂大 5 山梨学院大 6 日本体育大と6位までがシード権を得た。

 序でなので全参加大学の順位を記しておく。
 7 亜細亜大 8 東洋大 9 第一工業大 10 城西大 11 大東文化大 12 神奈川大 13 明治大
 14 立命館大 15 國學院大 16 京都産業大 17 日本文理大 18 近畿大 19 東北福祉大
 20 徳山大  21 札幌学院大 22 四日市大 23 広島経済大 24 奈良産業大 25 高岡法科大
 (東海学連選抜 )

 地元三重県の四日市大学は東海地区大会で優勝を果たして出場出来たものゝ、22位と不本意な成績に終わった。

 駅伝を詠んだ例句は少なく、また殆どが箱根駅伝を詠んだのだろうと思わせる句だった。


           駅伝の走者寒波に護られて   百合山羽公


 熱田神宮のスタート時から内宮でテープを切るまでのテレビ中継の所々を面白半分にて撮ったので載せておく。
          
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10img_0520 一番下の右から2枚目の画像に写っているのが地元三重県の四日市大学の青い幟。 このように参加大学の幟が中継点やゴールに犇いていた。

 3枚目の学ラン姿の応援団は昔を思い出して懐かしい。

 また一番上画像の右から1、2番目に映っている5区の走者は優勝した駒澤大一年の高林祐介。 地元三重県の上野高校出身だ。 彼にとって感激の伊勢路であろう。

 左画像は伊勢神宮内宮辺り。
 蛇行している川は五十鈴川。 一番手前の橋が宇治橋。 その正面広場がゴール地点である。

                       <全画像拡大可>

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2006年11月 1日 (水)

≪フォト俳句(259)≫11/1 ⑧ 伊勢市駅

 多忙にて更新予定よりも一日遅れてしまった。 昨日アクセスして頂いた方には申し訳なくお詫び申し上げる。
 さて伊勢市から岡崎までの道中記を7回に亘って記事にしてきて前回が最終のつもりだったが、次のテーマの整理がまだ付いていないので、今回は付録記事と云う事にて伊勢市駅と周辺をご紹介したい。


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 冒頭画像の伊勢市駅に 「伊勢おおまつり」 の幟が二本立っている。 

 「伊勢大祭」 は伊勢神宮の 「神嘗祭」(かんなめさい) を奉祝して行う初穂曳を中心とした伊勢市民挙っての大祭である。
  「初穂曳」 は、御遷宮行事の一つとして今年の初夏に伊勢市内を一ヶ月以上に亘り練ったお木曳車に今度は新穀を積み伊勢神宮に奉納する。 他に伊勢音頭や仮装パレード等々10月15日の日曜日を中心にして盛大に伊勢大祭は催された。


          しざるかに見ゆるばかりの伊勢踊  暢一             


  「神嘗祭」(10月17日) はその年の新穀で作った新酒と神饌を伊勢神宮に奉り五穀豊穣を感謝する祭にて、11月23日に行われる 「新嘗祭」(にいなめさい) と共に戦前は国の祝日だった程重要な祭事である。
 現在でも 皇室では大祭として天皇が伊勢に向って遥拝し祭儀を執り行なう。
 また 「神嘗祭」 は秋の季語となっているが、流石に例句は少なく どの歳時記にも下記の句しか載っていなかった。

             馬で来る神嘗祭の勅使かな  野田別天楼


21img_4880 22img_9866 横の画像左は伊勢市駅前から伊勢神宮外宮に通じる参宮道路。 突き当たりに見えるのが外宮正面である。 通行止めにして伊勢大祭のメイン会場となった道路だ。

 画像右は参宮道路を挟んで伊勢市駅の向こう側に建つ旧三交百貨店ビルと商店街。 三交百貨店が撤退して3年になるが空ビルのまゝだ。 この事は一昨年、№65にて記事にした。


 下はJR伊勢市駅ホームから近鉄ホームへの連絡橋から構内を撮ったものだが、左画像が名古屋方面、中・右画像が鳥羽方面を撮影した。
 写っているのはいずれもJRの鉄路・車両である。 私の乗る近鉄のホームの裏側が中の写真の左端に辛うじて写っている。

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