≪フォト俳句(272)≫2/2 ③ 治水神社(岐阜県海津市)
前回記事では1月3日に風車の青山高原を観光した事を題材としたが、その後 車を桑名市まで一気に走らせた。
冒頭の画像は桑名市内を流れる揖斐・長良川。 堤防一つ隔て並行して流れている。 橋は国道一号線だ。 この辺りは近鉄車窓の光景として何度も取り上げてきた。
妹一家は夕方に名古屋から東京まで新幹線に乗って帰る予定なので、それなら名古屋に近い桑名近辺で遊んだ方が都合が良かろうと言う事になった。
昼食の為に桑名城址近くの松坂肉の老舗である柿安へ寄ったところ、二十歳代の姪が友達に自慢出来ると大喜びをしている。 怪訝に思って訊ねると、東京で柿安はデパ地下やレストラン等に出店していて若い子達にとても人気があり、地元桑名の本店で食事をしたと言えば友人達はきっと羨ましがるだろうとの事だった。
食後、国道一号線の橋の途中から揖斐川と長良川の間の堤防上を走る道に下りて北上した。 枯芦の広がる景が印象的だ。
岐阜県境を越えて直ぐ、千本松原と呼ばれる松並木の辺りに神社が建つ。 治水神社と言う。
全景の芦暮れなづむ焚火かな
治水神社の鳥居を潜り、御手洗で手を清めている間にも眼前の揖斐川の枯芦の景に目が奪われる。
振つて消すマッチもろとも枯川原 岡本 眸
治水神社は一昨年も取り上げた事があるが、小さな携帯写真だったのでもう一度記事にした。
治水神社の祭神は薩摩藩家老であった平田靭負である。
遥に遠い薩摩藩の一家老を神として立派な神社を建立し、今の時代に亘っても大切に祀っているのには勿論理由がある。
揖斐川・長良川は近くの木曽川より少し低地を流れている事もあって昔はすぐに氾濫をしてしまう川であった。
そこで約250年前に薩摩藩が堤防・浚渫工事の命を幕府より受けたが、それは筆舌を尽し難い程の苛烈な工事であったらしい。
工事中の洪水による再々々工事、幕府からの過酷な命令や侮辱等々。 犠牲者は記録に残っている薩摩藩士だけでも86名に上る。 内53名もが耐えかねての自決と云うのだ。
10年の歳月を経て完工したが、総奉行であった家老 平田靭負は薩摩藩主に完工を報告のあと犠牲者への全責任を負って彼も自決した。 この時代に要職にある人が責任を負うと云う事は命を絶つと云う事なのだ。 以前記事にした円座の大庄屋も武士でないにも拘らず責任を負って自決している。
下画像は左から、本殿、薩摩藩士像、全犠没者名碑である。
私は毎年伊勢神宮への初詣にて破魔矢を買う事を楽しみにしているが、今年は機会が無かったので治水神社で買った。
左端の画像は昨年の伊勢神宮の破魔矢と治水神社の破魔矢を並べたものだが、身贔屓でなく伊勢神宮の方が立派だ。 どちらも1000円のお布施である。
| 固定リンク
「a 全ての記事」カテゴリの記事
- ≪フォト俳句(288)≫4/16 桜 & 紅葉 (岐阜県 養老の滝)(2008.04.16)
- ≪フォト俳句(287)≫4/1 結城神社・梅 (三重県津市)(2008.04.01)
- ≪フォト俳句(285)≫3/27 ②奈良公園(紅葉・黄葉)(2008.03.27)
- ≪フォト俳句(286)≫3/28 ③奈良公園(紅葉・黄葉)(2008.03.28)
- ≪フォト俳句(284)≫11/28 ① 奈良行 初瀬街道。(2007.11.28)
「h 三重県内その他」カテゴリの記事
- ≪フォト俳句(287)≫4/1 結城神社・梅 (三重県津市)(2008.04.01)
- ≪フォト俳句(284)≫11/28 ① 奈良行 初瀬街道。(2007.11.28)
- ≪フォト俳句(283)≫6/5 諸戸氏庭園 (桑名市) & お香 (2007.06.05)
- ≪フォト俳句(280)≫4/23 ② 九華公園の桜 (桑名城址) (2007.04.23)
- ≪フォト俳句(279)≫4/19 ① なばなの里 (桑名市長島町) (2007.04.19)
「i 三重県外旅行先」カテゴリの記事
- ≪フォト俳句(288)≫4/16 桜 & 紅葉 (岐阜県 養老の滝)(2008.04.16)
- ≪フォト俳句(285)≫3/27 ②奈良公園(紅葉・黄葉)(2008.03.27)
- ≪フォト俳句(286)≫3/28 ③奈良公園(紅葉・黄葉)(2008.03.28)
- ≪フォト俳句(284)≫11/28 ① 奈良行 初瀬街道。(2007.11.28)
- ≪フォト俳句(282)≫5/1 ④ 船頭平閘門の桜 (愛知県愛西市立田町)(2007.05.01)























コメント