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2007年3月 1日 (木)

≪フォト俳句(275)≫3/1 ① 初護摩 1/8 (かさもりいなり 法住院)

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 正月3日の旅行記を5回に亘って続けてきたので記事にするのが遅くなってしまったが、
 今回は1月8日の事である。

 上の画像は何度か取り上げた事のある近所の商店街だが、山伏の一行が法螺貝を吹きながら練っていった。  山伏独特の装束が興味深く、追い掛けて撮影してみた。


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Img_5522 この商店街からほど近い所に法住院が建つが、1月8日はこの法住院の初護摩である初かさもり大祭が開催され、その始まりを告げる市中お練供養の一行である。
 左の画像は我が家に頂いた法住院からの年賀状だが、毎年この初かさもり大祭の開催日を案内している。 画像を拡大すれば何とか文字も読んで頂けると思うが、行事内容部分を転記してみる。

 十二時   市中お練り供養
 十二時半  柴燈大護摩供執行
 一時半   火生三昧(火渡り)
 二時半   伊勢御師太鼓
 三時     開運餅まき
                      大福引・甘酒の無料接待 

 一度は参詣して盛大な護摩供の火を見たり火渡りを経験したいものだと思っているが、残念ながら休日ではないので機会を失っしている。 


           盛り場に初護摩告ぐる法螺の音  暢一


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 柴燈大護摩供や火生三昧などはよく判らない行事の名なので少し調べてみた。
 以下に青梅市にある塩船観音寺のHPから引用させて頂く。

 『護摩供とは、お堂の中で火を焚き、炎の中に御本尊を勧請し、その中に様々な供物を投じ、秘密の真言を唱え、諸願の成就を祈る真言宗の秘法の護摩法で、このお護摩を屋外で焚くのが柴燈護摩です。
 柴燈護摩の始まりは、真言宗をお開きになられた弘法大師・空海の孫弟子に当たり、京都市伏見区にある、総本山醍醐寺を開山した理源大師・聖宝が奈良県吉野の大峰山にて毒蛇の調伏の為にお護摩を焚いたのが始まりです。
それ以来、総本山・醍醐寺は真言宗の総本山であると同時に、山岳信仰の山伏の本山にもなりました。 醍醐寺を中心とする山伏達を当山派修験道とよび、塩船観音寺はその別格本山です。』


 『この柴燈大護摩供の残り火の中を素足で渡り歩くのを火生三昧といい、一般的には火渡りと呼ばれています。
 炎の中に勧請された、御本尊と一体と成るために、そしてその御本尊の功徳を受けて、災難消除、身上安全、家内安全、等の諸願の成就のご利益が頂けると言われています。』 


 塩船観音寺のHPでは柴燈護摩供の様子が画像で詳しく紹介されていて興味深かった。 宜しければご覧になってみて頂きたい。


         初護摩の火の子滅法とどまらず  殿村菟絲子


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 山伏装束についても調べてみた。 これについては宮城県伊具郡の駒場山 愛敬院のHPを参考にさせて頂いた。
 上の左画像にて二人目の山伏で説明してみる。

 頭に被っている黒い物は頭襟(ときん)。 
 大日如来の五智の宝冠をあらわし、十二のヒダがある。

 左肩に掛けているのは結袈裟(ゆいげさ)。 
 修験道専用のお袈裟で九条袈裟という袈裟を折りたたんだもの。六つのフサは六波羅蜜を表す。

 右肩の赤い房は螺緒(かいのお)。
 山岳修行において岩場を登る時や危難の時にこれを解いて用いる用具。

 白い衣装は鈴懸(すずかけ)。
 修験道の入峰修行の法衣。鈴の字は五鈷鈴を、懸は金胎の曼荼羅をかけて修行することを表す。

 腰右側に小さく最多角念珠(いらたかねんじゅ)が見える。
 そろばんの玉の形した百八の珠からなる念珠。念珠は煩悩を断じて仏果を生み出す法具。

 右の後姿の画像より。
 背中に垂らしているのは上記の結袈裟

 腰の皮は鹿皮にて引敷(ひっしき)。
 行者が獅子に乗ることによって法性に入ることを表し、実用には岩角等に座する用具。 兎の皮もあるそうだ。


73img_5212 左画像が法住院境内とかさもり稲荷である。 この2月27日に撮影したが、柴燈大護摩供の跡がまだ残っていた。
 白梅が境内の一角を華やかにしていたが、次回はこの法住院をご紹介したいと思う。
 法住院は寛政5(1793)年の松尾芭蕉百回忌に建てられた蘇鉄句碑でも有名だ。
    <全画像拡大可>

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コメント

のぶさん今晩は。お元気にご活躍の事と思います。
もう3月ですね。月日が過ぎるのが早くて恐いくらいです。
仕事や家事に囲まれてどんどんお婆さんに突進中。
必ず朝は訪れますものね。山伏のご解説ありがとう御座いました。知らない事ばかりです。ご存知の事と思いますが、隣県の飯田龍太さんがなくなりました。この機会に父子の句を読んでみようかとおもいます。お体に注意して又の更新を楽しみにして居ります。

投稿: 麗 | 2007年3月 2日 (金) 20:21

 麗さん 今晩は。いつもご覧頂き有り難うございます。
 もう三月! 本当に早いものですねぇ。
 我が先師 富安風生は「九十五齢とは後生極楽春の風」と詠んで大往生致しましたが、お婆さんに突進中なんて仰らずに それぞれの年代を楽しみたいものですね(笑)。
 飯田龍太氏は86歳だったそうですね。とても尊敬していた俳人でしたので驚き悲しみました。
 
 

投稿: のぶ | 2007年3月 3日 (土) 02:19

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