≪フォト俳句(280)≫4/23 ② 九華公園の桜 (桑名城址)
前回は桑名市長島町にあるなばなの里に訪れた事を題材としたが、その後 桑名市内に戻って九華公園の桜を楽しんだ。 九華公園は三重県下でも知られた桜の名所である。
また九華公園は桑名城跡の本丸及び二之丸跡を利用した公園にて72000㎡の広さがあり、揖斐川に面している。
公式サイトには以下のような説明が載っていた。
「明治維新以後荒廃していたが、昭和3年(1928)松平定信(楽翁)没後百年祭記念のために公園として整備された。園内では4月に桜、5月につつじ、6月には花菖蒲まつりが行われる。園内には戊辰の役の犠牲者森陳明をたたえる「精忠苦節」碑(明治23年=1890建)や水谷一楓の歌碑(昭和51年建)や土生暁帝の句碑(昭和59年建)、葛山たけしの句碑(昭和59年建)がある。」
戊辰の役の犠牲者の「精忠苦節」碑が建つのは、明治維新の戊辰の役の折に桑名藩は新政府軍と戦い敗れた事による。
また徳川家康が天下を取った後、本多忠勝が城主となり城下の整備発展に大きく努めて桑名繁栄の基礎を築いたが、家康の孫娘の千姫と結婚したのは その忠勝の孫の忠刻である。 千姫は桑名城内に一年住んだ後、本多家が姫路に移封となった為 姫路城で暮らす事になった。
千姫が姫路城に居た事はあまりにも有名で知っていたが、その前に三重県と深い縁があったのである。 本多家の後を松平家が城主となり明治維新まで続く事になる。
満々と水を湛えた濠を渡ると屋台が数台並んでいて しきりに呼びかけてくるが無視して進むと碑の建つ広場の入り口に出た。
藤棚らしき下にベンチがあり市民の憩いの場のような雰囲気だ。
飾った葭舟が置かれていて、「ヨシは古代から利用されています」云々と説明札が前に立っていた。
広場に面して神社と稲荷の鳥居が建つ。 「園内には松平定綱(鎮国公)と松平定信(楽翁公・守国公)を祭る鎮国守国神社があります」とHPに載っていたから、鎮国守国神社なのだろう。
桜を堪能しながら公園内をゆっくりと巡った。
濠とそれに架かる紅い橋が景観をさらに素晴らしいものにしている。
強風に川青ざめし遠桜 岡本眸
さまざまの事思ひだす桜かな 松尾芭蕉
ちるさくら海あをければ海へちる 高屋窓秋
濠の水量は本当に豊かだ。 池の様に広がっている所もあり 亀が甲羅干しをしていた。
右端画像の雀隠れほどの苗は花菖蒲だろうと思う。
桜ちるひとひらひとひらひとひら
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