カテゴリー「j その他」の15件の記事

2005年5月 8日 (日)

≪フォト俳句(132)≫5/8 母の日

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 昨日の父の命日に続いて今日は第二日曜日にて「母の日」である。
 片手落ちになるからと云う訳でもないが、変則ながら昨日に続けて更新した。
 
 今朝 東京の弟から花籠が届いて母の日である事に気が付いた。
 八日が母の日に当たるのは最も早い日と云う事になり、漠然と十日過ぎ頃と思っていたのである。
 弟は律儀に毎年母宛に花籠を贈ってくる。
 長年帰省の叶わぬ罪滅ぼしの気持ちもあるのであろう。
 母の日を詠んだ著名句の中で一番好きな句。

     母の日ひとり珈琲にミルク咲き  岡本 眸
      
 宅急便で届く花籠の花は日持ちが良い。特別な工夫がされているのであろうか。
 結構長く食卓を飾っている。

      母の日の花真ん中に夕餉かな  暢一

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2005年5月 7日 (土)

≪フォト俳句(131)≫5/7 蒲公英の絮

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 私事にて申し訳ないが 今日五月七日は父の命日である。
 享年七十八歳にて昭和六十三年の事であった。昔ならそこそこの寿命と納得もするであろうが、長寿命の今の時代に多少早世の感が否めないと得心出来ぬ思いであった。
 平成の御世になる前年にて 年忌は平成の年号と同じ。訊ねられても即答出来る。

        父逝きし日よ蒲公英の絮とべば  暢一

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2005年3月 5日 (土)

≪フォト俳句(115)≫3/5 雛祭

 一昨日3月3日は桃の節句。 この時期に桃の花とはと感じるが、今年で云えば4月11日が旧暦の3月3日に当る事を考えると頷ける。地方ではまだ旧暦で行なう所もあるようだ。
 中国に於いて五節句の内の一つ3月3日に曲水の宴を催し桃の酒を飲む風習があった。それが伝わった日本では曲水宴からの行事として人形(ひとがた)で身体を撫で、けがれを移して川や海に流すようになった。
 始めは紙で人を模った物から、美しく着飾って雛遊びをする風習が起こり、室町時代に人形技術が発達した事で今の雛人形のスタイルが確立したようである。
 もっとも庶民の間でも雛を飾るようになったのは江戸時代に入ってからである。

 各地で雛流しの行事が行なわれているが、雛流しは雛祭から起こったのではなく、雛流しから雛祭が起こったと云う事になる。

          終夜潮騒雛は流され続けゐむ  松本明

 諸国で流した古雛は和歌山加太の淡島神社に参集するとの伝承がある。


          母と妹なに語りあふ雛の前  暢一


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2005年1月23日 (日)

≪‘のぶ`のフォト俳句≫1/23おことわり

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 いつも≪‘のぶ`のフォト俳句≫をご覧頂き心からお礼申し上げます。
 お蔭さまでいつの間にか100回を越える迄になりました。
 多少前後するかも知れませんが、これからはおよそ5日毎の更新で進めていきたいと思います。
 次回は25日(木)の予定ですので宜敷くお願い致します。(のぶ)

           
           伊勢の海の大寒の日の碧さかな  暢一

 

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2005年1月19日 (水)

≪フォト俳句(105)≫1/17阪神淡路大震災10年忌

 今日1月17日 6,433人の犠牲者を出した阪神淡路大震災から10年となった。
 神戸は私が若かりし頃15年近く暮らした第二の故郷とも云うべき街でもある。
 街の姿は災害の跡形も無い程復興した神戸であるが、大震災の3年後に神戸時代の会社の元同僚達より、少し落ち着いたので久し振りに寄り集い新年会を開くから出ておいでよと誘われて、7年前の今日17日にまだまだ爪跡の残る神戸に出掛けた。
 
 彼等は皆甚大な被害を受けたものの幸いに亡くなった人はいなかったが、僅か3年後の事にて住居や独立して興した会社の再建がまだの人も何人かいたのである。
 テレビのニュースを見ながら彼等との再会のその時を懐かしく思い起こす。

     震災忌向あうて蕎麦啜りけり  久保田万太郎

 久保田万太郎のこの掲句で詠まれている「震災忌」は「関東大震災忌」の事にて秋の季語であるが、蕎麦を啜りながら往時の事を語り合っている情景は私の思い出とオーバーラップする。

 また阪神淡路大震災の事を冬の季語として「阪神忌」と詠む俳人も見られるが、認めようとしない俳人もいる。 私もその一人だ。
 しかし阪神淡路大震災の忌日を季語として定める事には異存なく、不本意ながら「阪神忌」が恐らく今しばらくを経て新しい歳時記や改訂版に載るようになるのであろう。  
      
    手袋を脱ぎ追悼の記帳待つ  暢一


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 (近鉄伊勢中川駅より大阪方面鉄路)

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2004年12月31日 (金)

≪フォト俳句(100)≫12/31門飾り・蘇民将来子孫門(伊勢市内)

 偶然ではあるが丁度100回目の記事にて大晦日を迎えた。
 ご覧頂いてきた皆さんに心から御礼申し上げる。
 
 今日の大晦日 伊勢市内や近郊の家々では一斉に門飾りの注連縄を新しい物と掛け変えている。
 掛け変えていると言えば疑問に思う方もおられるであろう。
 普通は正月が過ぎれば片付ける門飾りであるが、伊勢志摩地方は魔除けとして一年中飾りつけておくのである。 他の地方では見られない風習である。由来は定かではないが、恐らく伊勢神宮との係わりがあるのであろう。

 注連縄には表札のような木札が取り付けられている。 この木札を「門符」または「桃符」と呼ぶ。 「桃符」は昔 桃の木で作った事から付いた呼び名である。 今は檜が一般的らしい。
 そこに書かれている墨筆の文字は
 
    「笑門」 「笑門来福」 「千客萬来」 「蘇民将来子孫門」

等である。「笑門」「千客~」は門に掲げる意味として分かるが「蘇民将来子孫門」は故事来歴から来ているので説明が必要であろう。

 『宇治山田市(伊勢市の旧名)史』等では「備後風土記逸文」を引用して、スサノオノミコトが南海への旅の途中、蘇民将来・巨旦(こたん)将来という名前の二人の兄弟のいる地に立ち寄り、そこで、ミコトは一晩泊めてくれるよう二人に頼んだところ、弟の巨旦はとても裕福だったのに断った。
 兄の蘇民は貧しかったが親切にミコトを泊めてあげた。
 スサノオノミコトは喜び、蘇民に 「今後、この地に悪い病気が流行ったときには、蘇民将来の子孫であると言い、茅輪(ちのわ)を腰に着けなさい。そうすれば病気を免がれるでしょう」 と言って、その地を立ち去った。』
 という言い伝えを載せている。

 こうしたことからか、現在でも札に蘇民将来子孫と書いた注連縄を飾り、家の中に邪霊が入るのを防ぐ呪符の意味を持たせているのである。

       命綱神杉に掛け注連替ふる  早淵道子

 写真上の3枚は昨日近郊の農家から届いた我家の新しい門飾りと門松である。 
 門松は門の左右に6日迄飾られる。写真のように右・左の形が少し違っている。
 他の写真は一年間それぞれの家を守ってきて古くなった門飾りである。

         
         いつちし今年注連飾る  暢一


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                 千客萬来            蘇民将来子孫門

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2004年8月29日 (日)

≪フォト俳句(61)≫8/29野口みずき・金メダル(№3)

 オリンピックまたマラソン発祥の地 アテネのマラソンは今迄
に無い過酷なレースであったと言われる。
 高い標高差、35度の猛暑の中脱落者が相次いだ。中でも優勝
候補一番の選手が2位の位置にありながらリタイアした場面は
衝撃的でもあった。
 ゴールの後医務室に担ぎ込まれて点滴を受けた選手は数限り
なかったらしい。野口みずきさんもインタビューの後倒れた。
2位のランナーもゴール直後に倒れて嘔吐していた。
 オリンピックのマラソン史上最も過酷であったコースを制した
野口みずきさんの偉業を認識すべきである。

     秋夕映森はマラソン吐き続け  井上宗雄

 携帯のフォトではあるが マラソンのテレビ中継を撮るのは
構図的に面白かった。
     

        マラソンの己が影追ふ西日中  暢一  


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2004年8月26日 (木)

≪フォト俳句(60)≫8/26野口みずき・金メダル(№2)

 伊勢市は市民栄誉賞を新設して野口みずきさんの金メダル獲得
を称える事にしたらしい。今迄にその対象となる人が伊勢出身者
に一人もいなかったと云う事になる。伊勢市民の喜びがお分かり
頂けるであろう。
 大雨で一日延期されたが彼女の出身校の児童による鼓笛隊の
祝賀パレードも行なわれた。
 金メダル獲得者が多すぎて政府は国民栄誉賞の対象者を決める
にあたって頭を抱えているらしい。
 やわらちゃんが対象候補者の筆頭らしいが、どうも金メダル
連続獲得者に絞って柔道の野村選手と二人になりそうである。
 高橋尚子さんには国民栄誉賞を授与したのだから野口みずき
さんもと思うのは身贔屓であろうか。
 話が少し下世話になってしまった。
 
 彼女の事は誰もが人一倍優しく努力家と言う。マラソンの中継
でドリンクの容器を後続ランナーの邪魔にならないように遠くに
投げるシーンを見てその優しさは頷ける思いである。

    オリンピック開会一羽の鳩を秋芝に  長谷川かな女

 野口みずきさんがゴールの後、シューズに口づけをしている
のが印象的であった。
 

      テープ切り汗のシューズに接吻す  暢一 


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               ≪次回記事予定 8月29日≫

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2004年8月23日 (月)

≪フォト俳句(59)≫8/23野口みすき・金メダル

 今日 伊勢市の県立宇治山田商業高校出身の野口みずきさん
が五輪女子マラソンにて見事に金メダルを獲得した。
 昔 伊勢市に改名する前は宇治山田市であった。その名が高校
にまだ残っているのである。他にも県立宇治山田高校がある。
 伊勢市の名になってから創立の県立高校には伊勢高校、伊勢
工業高校がある。
 知らない人には同じ市内の県立高校とは思わないであろう。
 地元では山商、山高、伊勢高、伊勢工と親しみを持って呼ん
でいる。ちなみに私は伊勢高の出身である。
 
 マラソンと云えば俳句界に衝撃を与えた次の句がある。

     湾曲し火傷し爆心地のマラソン  金子兜太

 深夜零時から始まったマラソンの為、今日の伊勢市民は皆寝
不足の目をしている。


         歯ブラシを口に五輪の夜長し  暢一

 
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2004年8月 7日 (土)

≪フォト俳句(54)≫8/7投稿句・凌霄花

 昨日は広島に原爆が投下された日であった。
「広島忌」「原爆忌」「原爆の日」と秋の季語になっている。
 
   原爆忌市電無数の手を吊りて  今井勲

   原爆忌常の如くに電車来て   暢一

 今日8月7日は暦の上で早くも立秋である。
 また花の日、鼻の日、バナナの日でもある。これは想像のつく
ように単なる語呂合わせからの記念日である。
 そこで今回はこの夏季の間に投稿頂いた俳句のご紹介の回に
したい。

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
       八月の詩集の端を深く折る       未来
       八月の記憶の底にある歪み
       炎天へ迷はずに漕ぐ車椅子
       もう捨てるもののなき身を炎天へ
       夕暮れの押し問答の蟇
       蟇押し問答のきりもなく
       彼の世から未練あるかに蟇
       後生まで口下手のまま蟇 
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     来客につい小言いう昼寝時        希望
     食事後を昼寝できる日楽しけれ
     ニャオと鳴く猫の昼寝にもの申す
     かき氷今か今かと待ちわびて
     売れに売れ掻く音絶えぬかき氷
      しゃりしゃりとかき氷食べ海見つめ
     新じゃがのほこほこほこと心染む
     新じゃがを堀りし思い出今もなお
     小粒だが強く生きてる走り藷
     夕焼や思い貫く君の意思
     夕焼が雲の切れ間に顔を出す
     夕焼が思い見届け消えにけり
     風鈴が優しく響き風誘う
     風鈴のチリンの音に我一人
     夏の空心地よさそに風通る
     夏の空雲ひとつなく晴れ渡り
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
         緑陰や友とは明日の別れなる      みみ
         遠くより友訪ね来て梅雨晴間 
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

         710_nouzenka.jpg
凌霄花

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