≪フォト俳句(277)≫3/21 ③ 芭蕉 蘇鉄塚 (かさもり稲荷 法住院)
前回、白梅の咲くかさもり稲荷 法住院をご紹介したが、今回も同寺の続きである。
白梅の咲く反対側、稲荷神社の前方にあたる角では紅椿が鮮やかだ。
椿咲くこの道夜は怖からむ
そこには手水舎が建つが、その背後に古い句碑が苔むして幾つか並んでいる。
その中で一番有名なのが左画像の蘇鉄塚。
寛政5(1793)年の松尾芭蕉百年忌の折に門人達によって建立された芭蕉句碑である。 彫られた句は
門に入れば蘇鉄に蘭のにほひかな 松尾芭蕉
この句は「笈日記」に「守栄院」と前書きがあり元禄2(1689)年 芭蕉46歳の吟。
芭蕉が岐阜の大垣で「奥の細道」の旅行を終えた後、伊勢神宮のご遷宮を見る為に伊勢に詣でた折に詠んだものだ。 守栄院については「句選年考」の頭注に『守栄院は伊勢山田棒の小路と云ふ所に有り、寺は浄土宗にて名高き蘇鉄あり』とある。
守栄院は明治13(1880)年に廃寺となり、元々守栄院にあった蘇鉄塚が法住院に移されて現在に到っている。
以上の事は中川竫梵氏著「伊勢の文学と歴史の散歩」を参考にさせて頂いたが、同著には守栄院から移されたその他の句碑として以下が挙げられている。
蚊帳越しに朝顔見やるくもり哉 伊藤自然 寛政11(1799)年建立
影もなき身をうつせとて清水哉 松貴二曲 文化 2(1805)年 〃
松かぜに耳あらひけりほととぎす 野村野渡 天保10(1839)年 〃
月のさす夜もあるものを冬ごもり 古森省吾 弘化 2(1845)年 〃
立ち並ぶ碑を個々に写してみたが、下の中画像が伊藤自然、右が松貴二曲の句碑である事が判るくらいで、他は不明だった。
句碑だけでは寂しい感じなので、他に咲いていた花も載せてみる。
水仙だが、花をアップしてみると見慣れない花の姿をしている。
図鑑を見ても多種あるようだ。
次は柊南天(ヒイラギナンテン)。 まだ蕾が少し膨らんだところだ。
柊南天は目木(めぎ)科。 葉が柊に、実が南天に似ている事から付いた名にて、木犀科の柊とは科が違い 南天と同科である。
今日 近くの商店街の柊南天を見てみると花が開いていたので撮影した。 法住院の柊南天は2月27日に撮影したものだが、一ヶ月弱後の商店街では葉の色も紅葉が進んでいる。
<全画像拡大可>





























































































































































































