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2006.01.29

鵜  (句評)  

          がうがうと鵜の鳴く小屋の暗さかな  加藤暢一


 古式豊かな鵜飼は鵜松明の光と闇が織りなす神秘の世界で風情がある。
 掲句は鵜達が小屋の中で群れている景であろう。
 鵜の鳴く声と、小屋の暗さも相まって、如何にも鵜飼の悲しい運命を象徴している句である。 
                                           (台迪子氏) 1995

籐椅子  (句評) 

          籐椅子や読書音楽酒少し  加藤暢一


 やっと授かった余暇を、目一杯楽しんでいる様子が、面白く詠まれており、生活と俳句の同化のさまを見る思いがする。また十七音という枠の中で、如何に俳句を楽しむか。その見本のようなユニークな一句である。


          よく笑ふひと去つてまた寒き部屋  暢一

 推敲の手柄であろうか。十七音に、これ程の内容をよく納められたものだと、その技に感心。


          旅をして冬めくものに足の音  暢一

 旅を楽しんでいるつもりが、ふっと俳人としての眼が働く。働いてしまうと言うべきかも知れない。 もの静かな口調ながら、心理的に強く訴えるものがある。


          紅葉且つ散る六十にあと二歳  暢一

 還暦を目前にした作者の微妙な心情が、季語「紅葉且つ散る」に言い寄せられた、奥行のある作品。
 俳句の骨法を十分に呑み込んでおられ、自分なりの表現模索の時代にあると見受けられる。
 総じて、言葉の扱いの巧みさを強く印象した。

 作者は伊勢市に住まわれ、まわりに句友もいない事から、月一回の東海支部岡崎句会を唯一の勉強の場とされている。乗り継いで二時間半かかるそうであるが、とも角楽しみで、仕事を休んで毎月欠かさず出席されているとの事、熱意の程が分かる。又その句会は少人数ながら、とても意欲的なもので、各句について活発な討議がなされるそうで、氏の堅実な成長の拠は、ここにあったのだと思い至った次第である。

 また氏は郷土、伊勢を詠いつづけて倦まない。


          伊勢平野美しや五月雨五月晴  暢一
          妻入の家並も伊勢や片かげり  
          一塊の杜一塊の蝉時雨      


 今年も数々の秀句が生まれた。いずれも骨太の、見事な写生句である。
 新味を狙いつつ、次々と作句に励む。それは即ち自分への挑戦でもあろう。 

                        (「朝」飛燕賞受賞作品へのご寄稿 坪井洋子氏) 2003

2006.01.28

鳥雲に  (句評)  

          鳥雲に廻り道して旅ごころ   加藤暢一


 加藤氏はここ何年か「朝賞」候補にもなり成績も良い。


         コンビニへ寝酒を買ひに夜のつつじ  暢一
         教会に人の婚見る懐手     
         旅をして冬めくものに足の音
         通勤の朝な朝なの桜かな
         

など、氏に於いては旅と日常はかけ離れたものではなく、日々の自分を多少の哀感を交えて詠み魅力的である。
                                        (真保喜代子氏) 2003

2006.01.26

神無月  (句評)  

          寺を訪ひ教会を訪ひ神無月   加藤暢一


 初冬の多治見。東海支部長の都筑典子さんと作者のほか会員一同で計画した永保寺と修道院での吟行。
 永保寺を川沿いに少し歩くと男子修道院がある。
 敷地一帯が葡萄園になっていて聖堂の地下室には大きなワイン倉があったりする。
 掲出句は<教会>と<寺>というモノがそのまま並置され端的、率直な詠法で自由自在な詩となっている。
 素材の新旧は意識の外、感受した鮮度を目前の景として表現し得た、若々しい作品である。
                                        (高橋さえ子氏) 2002

冬めく  (句評) 

          旅をして冬めくものに足の音   加藤暢一


 山中、あるいは木立の中をうつむき勝ちに歩いてゆく、一人の旅行者の姿が髣髴としてくる。
 「冬めく」は初冬の季。 木々に残った葉が時折、風で散ってくる。
 めっきりと日は詰まり、木の根元はすでに冥く、力無く残照は梢にとどまっている。
 流水はまだ涸れを見せず、秋から冬へ、冬へと激しく急いでいるように見える。
 水の音、風の音、時折の人声、その中でふと、作者は自らの足音に耳をとられた。
 一人歩む自分自身の足音、その微かな足音こそが、もっとも冬めくものである、と作者は感じとったのである。
 季節は自分のいのちの中にある。
 人生は旅、畢竟は一人旅…そんな思いが作者を捉えたのかも知れない。
 しみじみとした孤独感が胸をうつ。 それでいて、旅への憧れをかきたてもする。
 ふしぎな青春性を併せもつ注目作である。
                                         (岡本眸先生) 2002

石蕗日和  (鑑賞)  

          海光の一輪をもて石蕗日和   岡本眸


 待ちに待った眸先生の第九句集「流速」を繰り返し拝読している時にこの原稿依頼を頂いた。
 平成七年から十年迄の四年間の師の作品にはそれぞれ私なりの感慨があり、またあとがきを拝見すれば尚更にしみじみと心に沁みるのである。
 特に師とご一緒させて頂いた折に詠まれた作品となれば一段と思いを深くする。

 掲句は平成八年十一月三十日、伊良子岬にお出で頂いた時の作。
 一輪の石蕗の花から初冬の海の輝き、空の明るさの大いなる景が描かれている。スケールの大きな写生句は眸俳句の魅力の一つである。


         冬麗の大河一微の涸れもなし  岡本眸


は平成九年に桑名及び木曾三川にご一緒させて頂いた時に詠まれた句。感嘆すると共に納得する。大きく詠みあげながら少しの誇張もない。                  
                                          (加藤暢一) 1999

厚き手  (鑑賞)  

          露寒の握りて厚き手なりしよ   岸風三樓


 俳句は己の心の記録である、と思っている。だから、もし句集を編んだ折には自分が呼吸をしている今の世相が通読して背景に匂うような句集でありたい。
 個々の句を抽出した場合は兎も角として、極端な表現をするならば明治時代なのか今の時代に詠んだ作品なのか分からぬような句集では困るのである。
 
 さて掲出の風三樓先生の句は昭和41年の作。
 昭和30年前後より社会性俳句の論争が活発となり、戦前「京大俳句」にも加わり


          軍需工業夜天をこがし川涸れたり  風三樓


等の作品を残している風三樓先生にとっても無縁であったとは思われぬが、しかし先生は社会性を匂いとして感じさせながらも独自の人間性豊かな作風にて「生活派」と称される。

 例えば

          戦後長し汗の鞄を今も抱き  風三樓


は昭和33年作。深く感銘し共鳴する所以である。風三樓先生は私の大学の大先輩でもある。
                                           (加藤暢一) 1999

運動会  (句評)  

          運動会見てゐて昔見てゐたる   加藤暢一


 徒競走でも、綱引でもよい。子供達の競技を見ているうちに、
 かってのご自分の姿が重なって、一着のテープを切っておられたのかもしれない。
 私はいつも、びりだったので、それなりの悲しみをもって、昔を見るのだ。 
                                         (鹿野佳子氏) 1999

木の実  (句評) 

          木の実落つ四方街音の杜の中   加藤暢一


 街にかろうじて残っている神社の杜の様子が
 季語の「木の実落つ」に載って鮮明に表現されている。
 杜を筒抜けの街の音とは別の木の実の落ちる音の存在が印象深い。
                                         (仲村青彦氏) 1998

紫陽花  (句評)  

          開店準備まづ紫陽花の鉢を外に   加藤暢一 


 手順のよい開店までの様が、すがすがしい朝の緊張感と花への愛着、
 お客さんを大事にするよいお店らしさが伝わる。
                                         (鹿野佳子氏) 1998

梅雨に入る  (句評)  

          伊勢平野大きく梅雨に入りけり   加藤暢一


 伊勢湾の海岸沿い、伊勢平野は長く特に志摩半島は広がりを持つ。
 旅の車窓より見る田園風景は梅雨期に入ったのである。伊勢神宮に象徴されるこの景は、神々しく重厚な大気と豊潤な大地である。
 因みに日本一降雨量の多い尾鷲市も在り、半端でなく即ち大きく梅雨が到来するのである。
 これより一ヶ月余り、作者は勿論のこと、農漁業に携わる人々の骨折りや、住む人々の生活の覚悟もうかがえる。
 格調高く詠い上げ伊勢平野が揺るがない。               
                                        (小島みつ代氏) 1998

春の雲  (句評)  

          春の雲ふはふは旅にゆきたけれ   加藤暢一


 天真爛漫と申し上げては失礼であろうか。
 いやいや、このように絶妙な言葉のあそびは、句作りの酸いも甘いも承知の達人でなければ出来るものではない。
 等々、暫くはこの句を前に行きつ戻りつした作品であった。
                                          (萩原記代氏) 1997

小春日  (句評)  

          小春日や通勤電車海に沿ひ   加藤暢一


 気持ちのよい一句である。
 朝の海は眩しく輝き、夕べの海もまたすべてを抱擁するかのように凪いでいて、
 快速で走る通勤電車にそそぐ小春の光が見えるようである。
                                        (前田千枝子氏) 1997

冬籠る  (句評)  

          旅終へてあと平凡に冬籠る   加藤暢一


 作者の年齢は存じ上げないが、たんたんと述べた表現におのずから一抹の寂しさも滲んで…。
 そんな日常から変化を求めて行動を起こし、旅に出た。
 少し刺激的で少し新鮮であった幾日だが所詮旅は旅である。
 中七以下のまことに素直な措辞の効果,中々どうして平凡ではない構成と、感服した。 
                                         (萩原記代氏) 1997

落葉  (句評)  

          落葉掃く次の落葉のために掃く   加藤暢一


 課題句の中で‘落葉掃く’という内容は多かったが、
 この句は作者の一歩踏み込んだ切り口が目を引いた。
 新しい箒目の上に誘われる様に次の落葉が散ってゆく映像が鮮やかで美しい。
                                         (大平芳江氏) 1996

蓑虫  (句評)  

          蓑虫や捨てきし夢の二つ三つ   加藤暢一


 伊勢在住で、東海支部の大切な世話役のお一人である。
 師選に入選した折のうれしそうな顔は、少年のようである。
 句座を何度か共にしているが、常に吟行なので掲出句のような作品には出会えない。 
 作品を書き出してみて改めてそれまで見え隠れしていた作者がある輪郭を持って見えて来た。
 しっかりとした写生句に魅かれていたのだが、巾のある作風に改めて期待した。
                                         (望月百代氏) 1995

霞む日  (鑑賞) 

          霞む日や人の面に波しぶき  岡本眸


 遠霞の海を見やりながら佇んでいると急に海辺の方に波しぶきが上がりそこに遊ぶ人の面にかかってしまった。
 水温む海辺の微笑ましい一風景を描いた掲句ではあるが、「霞む日」の物憂い感じ、「人の面に波しぶき」と少し突き放したような表現。そこにはあらあらと驚き見ながらもそれを独り傍観している姿がある。
 眼前の景の静と動を確実に写生しながら対象との心理的な距離をさりげ無く言い止めておられる。
 
 それでは心理的な距離はどこから来るのか。孤独感からと単純に言えるものでもない。それは先生の心の内のものだ。
 先生の句に深読みは似合わない。その雰囲気に感応出来ればよいのだ。
 眸先生の句が人を惹きつけてやまぬのは風生先生に特異の詩神経の持主と言わせながらも、その独自の高い詩性が実感と具象性に裏打ちされているからであると思う。
 
 まだ初学の頃、十周年吟行会で幸いにも入選し、眸先生から「実感ですね」とお声を掛けて頂き感激した事は大切な思い出であるが、不肖の弟子は未だに具象性を大切にと時々叱られている。
                                          (加藤暢一) 1996

姥子の宿  (鑑賞) 

          一もとの姥子の宿の遅桜   富安風生


 先日亡父の蔵書を整理中に実業之日本社発行(昭和四三年)の『俳句鑑賞三六五日』を見つけた。
 風生先生が四月の項を担当し三十句を鑑賞している。つい部屋中に本を散らかしたまゝ読み耽ってしまった。
 先生は鑑賞文の中で折に触れホトトギス時代を懐旧し、「初学時代いちばん勉強になったと思うのは『ほととぎす』の雑詠句評会という場であった」と述べておられる。
 折りしも先般稲畑汀子氏監修の『ホトトギス雑詠句評会抄』が発行され好評を博している事はご存知の通りである。
 
 掲句は今さら言うまでもない風生先生の代表句であるが、『ホトトギス雑詠句評会抄』では昭和五年七月の項にて取り上げられている。
 他の出席者が「大して取り柄はないが姥子の宿を持って来たところがいい」「一寸古風な味がある」等と評したのに対して、虚子は「決して古風ではない。今の人の鋭敏な感じでなければ斯くいう句は作れない。再三再四舌頭に載せて味わってみるがよい。必ず私の言葉の欺かぬことを覚るに至るであろう」と絶賛している。
                                          (加藤暢一) 1996

春の山  (句評)  

          春の山海見えるまで登らうよ   加藤暢一


 男性の作品が、女性より繊細で優しいというのはまま有る事だが、この作者もその一人である。 母上などとよく家族を詠まれている。
 掲句も光眩ゆい「海」への憧れは、母上への思いが深くあるのだ。


          冬林檎美味しと妹の癒ゆるなり   暢一
          母麗しカーテン替へて薔薇活けて
          伊勢平野押すな押すなと夏の雲


 リズムカルで楽しい、自分に近い所で作っているのは好ましい。
 吟行会で見せる写生句も仲々で、硬軟相まって器用なのかも知れない。 
                                        (小林希世子氏) 1996

伊勢平野  (句評)  

          伊勢平野押すな押すなと夏の雲   加藤暢一


 三重県の東部に当り、伊勢湾に面した広い、平坦な海岸平野で、農、工業など、県の産業の大部分を占めている。
 そうした活気に満ちた土地だけに、犇いて峰を作り出す夏雲の力感が壮快に伝わってくる。
 大景に気圧されず、堂々と詠み切ったところに、作者の進境が見える。  
                                         (岡本眸先生) 1995

仔猫  (句評)  

          温もりと云ふ重さあり掌に仔猫   加藤暢一


 深い愛情を持って生まれたての仔猫に対している作者の心が、温もりを重さと感じたのだ。
 まことに繊細な感覚である。
 本来なら掌にのる仔猫は軽い筈であるが、一つの命を大事に緊張してみつめておれば、重く感じる事は十分納得出来る。
 命の尊さを上手に吐露していて味わい深い。              
                                        (小島みつ代氏) 1993

風の盆  (鑑賞)  

          はるばると来てさみしさを踊るなり   岡本眸


 もう二十年にも昔の事になろうか。兵庫県神鍋山の民宿に逗留した折、宿の娘に村祭へ連れていってもらった事がある。
 戸数の少ない山村の事とて、暗くて狭い境内に数十人の村人が集まって笛を吹き太鼓を叩き小さな踊りの輪をつくっている。酒を振る舞われた迄は良かったが無理矢理踊りの輪の中に引っ張り込まれたのには閉口した思い出がある。
 
 師の掲句に出会った時、今まで思い出しもしなかったその事がまざまざと蘇ったものである。
 日本の唄や踊りはどうしてこうも哀調をおびているのだろう。神輿を担ぐ時の威勢のよい掛け声すらも聞きようによっては時にそう感じる。
 わび・さびを持ち出すまでもなく日本人はさみしさを楽しむ心情を一面として持っているのかもしれない。
 師もまたはるばると来てさみしさを楽しみながら踊っておられるようだ。     
                                          (加藤暢一) 1992

蚊  (鑑賞)  

          すばらしい乳房だ蚊が居る   尾崎放哉


 自由律俳句は禁断の木の実である。
 定型の枠の中で格闘する事によって凡庸な自分でも能力以上の作品が生み出せると私は思っている。
 定型を無視したり破る事によって成立する自由律俳句があるが、これは天才にしか鑑賞に堪えうる秀句作品を生み出しえない世界であろうと思う。 だから尾崎放哉、種田山頭火等のごく限られた天才俳人を世に残したのみで自由律俳句は衰退していったのだ。
 それだけに逆に優れた自由律俳句に出逢うと実に新鮮で魅力的に思え、ついつい自分も定型を破ってみたくなる誘惑にかられる。
 まさに天才でも何でもない私にとっては禁断の木の実であり手を出してはいけないのだ。

 掲句は放哉が小豆島西光寺の寺男になってからの作品。山本健吉氏はタヒチ的風景と評したが、健康で豊かな乳房と一匹の蚊との取り合わせはまさしく昔の日本の漁村風景であったろう。
                                          (加藤暢一) 1992

寒鴉  (句評)  

          われ死んで泣くは誰々寒鴉    加藤暢一


 例えば、会葬者として見た景からの発想としてもよい。
 泣くことが、悼む深さであるとばかりは言い切れないが、掲句の「泣く」は本当に悲しんで泣くの意味。
 つまりこの世で自分を必要とし、大事だ、いとおしいと思ってくれる者が、死ぬときにいるかどうかという厳しい自問の句。
 鳴呼という胸中の声は、寒鴉の声と重なって淋しい。
 誰にも避けられない老いと死。読者の自問へと擦り替わる。  
                                         (植松安子氏) 1992

夏来る・雪の果  (句評)  

          街白くなりづかづかと夏来る   加藤暢一


            まぶしさを先立てて夏が大股にやってくる。
            ‘ づかづか’ に新しさはないが四季の、
            どの季節の到来よりも夏にふさわしいといえる。
                                 

          伊勢志摩の初雪にして雪の果   加藤暢一


            比較的温暖な伊勢志摩地方に珍しく雪が降った。
            が、それ一度きりで、あとは穏やかな日和のまま。
            寒もそろそろ明ける…。
                                         (岡本眸先生) 1987

遅桜  (句評) 

          人柱祀る祠の遅桜    加藤暢一


 昔は橋を架けたり、城を築いたりする折人柱を神に捧げ土中に生き埋めにしたという。そんな民話が日本の至る所に語り伝えられている。 
 さてこの句に詠まれている人柱、村人の間に語り継がれその哀れさに死者の鎮魂にと小さな祠が建てられたものと思う。
 祠の廻りに植えられた桜の木も樹齢を経て美しい花を咲かせ、花季となると人柱の哀れさが村人の心の中に蘇ってくる。
 「遅桜」の季語も哀愁があり土俗的な手ざわりの暖かい一句である。 
                                         (野崎由美氏) 1987

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