句評

2009.07.04

初仕事  (句評)

          反り返る暦を正し初仕事  加藤暢一


 この句は前出の大平芳江さんの 「真つ白な月日の怖し初暦」 の句と趣を異にして、暦そのものを詠み、句の中心は<初仕事>である。
 たしかお店をなさっている加藤さんは、巻き癖のついた店頭のカレンダーを正し、新年初めての仕事を心新たに始められた。
                                         (真保喜代子氏) 2009

 

2008.10.26

冬の海  (句評)

          冬の海喪服を提げて旅にあり  加藤暢一


 五月号寒露集二の巻頭を占めた五句の中の一句。
 作者は伊勢の人である。ご本人との話の中で、二見ヶ浦も近いと聞いたことがある。 
 この冬の海は伊勢湾の海であろうか、それとも志摩半島を越して広がる熊野灘でもあろうか。
 そんな詮索は無用の事と承知しながら、南紀、伊勢、志摩の地図を広げてしまったが、喪服を提げて喪から帰る作者の目に映った冬の海は、見慣れた地元の景であろうか、それとも初めて訪れた地の冬の海の景なのか、又しても思いあぐねるのだが、白浪の見える限りは喪心は去らないようだ。
                                         (青山丈氏) 2008

2008.05.07

暮早し  (句評)  

          暮早しまだ一仕事二タ仕事  加藤暢一


 短日の心急く頃、自分にはまだもう一つ今日中に片づけなければならない仕事がある。 
 いや、一つではない、二つあった、という心の動きがそのまま読み取れて面白い。
 言葉の持って行き方によって、心の動きが生き生きと表されている句だ。
 一仕事二タ仕事と、並べて数えているのではない。 
 働き盛りの年代の実感であろう。
                                         (西村和子氏) 2003

2007.02.16

河骨  (句評)    

          花咲いて河骨と知る通ひけり  加藤暢一


 スイレン科の多年草の河骨は、沼地や小川に長卵形の葉を密生させる。 盛夏になるとその葉の中から実に鮮やかな直径二センチほどの黄色の花を上向きに咲かせる。 
 ああこれが河骨の花か、と加藤暢一さんは感動する。 そして暇が出来ると見に行くことになる。  
 下五の (通ひけり) の転換が句を心地良くする。 河骨は男にとっては可憐な花である。
                                           (青山丈氏) 2007

2006.08.27

冬帽子  (句評)   

           北へ行く鞄の上の冬帽子  加藤暢一


 温暖の国に住む者なら誰しも寒冷の地に哀愁を覚える。
 それだけに言葉だけが先走ると、安価な歌謡曲の感傷に堕する。
 さすがに作者は、言葉の説明を排し全ての思いを鞄の上の冬帽子に託した。
 きちっと揃った両膝に乗る旅鞄。 その上に置かれた冬帽子。
 そこから浮かび上がる生真面目な人間像と状況は、冬帽子によって無理なく読みとれるのである。
                                         (見留貞夫氏) 1990

2006.07.30

伊賀  (句評)  

          麦を踏む人ゐて伊賀の山の里  加藤暢一


 なつかしいやさしさの漂う作品である。 明快であり音読して調べが良い。
 飛燕賞受賞後は、新しい領域への意欲に加えて花鳥諷詠を踏まえた作風の研究に打ち込んでいるようだ。
 伊賀上野の景である。 穏やかな日ののんびりした農村風景がバロック風に描かれている。
 しかしこの季節の伊賀の山里はまだ寒い。 枯れた林や、遠い雪嶺を背景に風の強い日もあり、そんな中での麦踏の厳しさが美しく穏やかな景の背景に詠みこまれ、作品の奥行を深めているのである。
                                        (高橋さえ子氏) 2003

除夜の湯  (句評)  

         除夜の湯へ行くたれかれに会ひたくて  加藤暢一


 三重は伊勢市在住の作者。 俳句研究の 「岡本眸特集」 に感銘。 眸先生に魅せられて俳句を始められたという、商店街で経営されている作者。
 さてこの一句。 仕事納めはどうしても夜遅くまで続ける作者は、この夜だけは町内の銭湯に出かけると云う。
 一年中の垢を落とし合いながら、同じ商店街の仲間との話し合いが愉しい。
 数十年を苦楽をともにした男同士の裸の付き合いである。
 この一句の裏側にある庶民的な作者の顔が好ましい。
                                       (長沼三津夫氏) 2004

2006.03.28

不況  (自句寸感・句評)  

          メーデーや店主は不況かこつのみ  加藤暢一
 

 父が朝日新聞の三重県版に投句していても興味を感じなかった俳句でしたが、たまゝゝ手にした俳句研究の眸先生の特集に感銘を受けた事が俳句入門の切っ掛けです。
 いろはも知らぬまゝ俳句らしきものを作り、俳句研究読者俳句にて眸先生の御選を受けながら一年近く迷った末、思い切って「朝」に入会したのが昭和62年2月。 
 翌年父が亡くなったり一身上にもいろいゝゝあったりして、何度かのブランクを経ながら投句は欠かさず続け現在に至っています。
 入会して間もなく都筑典子さんを中心として東海支部が発足し、ご指導を頂けた事が幸いでした。
 身辺に句友のいない私にとって月に一度の岡崎での句座が唯一の励みであり楽しみです。
 しかしこの不況は地方の小さな商店にも深刻です。
 恋の悩みは句になりますが、商売の悩みはどうも…。        (加藤暢一)
 
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 吟行会のお世話役で大忙しの中でも、いつも、はっとする佳句を発表する暢一さん。
 商店の経営は気骨の折れるもの、その中での懸命な作句ぶりを拝見していると、漆器問屋だった主人のことを思い出します。 頑張って下さい。           (岡本眸先生) 2000

2006.01.29

鵜  (句評)  

          がうがうと鵜の鳴く小屋の暗さかな  加藤暢一


 古式豊かな鵜飼は鵜松明の光と闇が織りなす神秘の世界で風情がある。
 掲句は鵜達が小屋の中で群れている景であろう。
 鵜の鳴く声と、小屋の暗さも相まって、如何にも鵜飼の悲しい運命を象徴している句である。 
                                           (台迪子氏) 1995

籐椅子  (句評) 

          籐椅子や読書音楽酒少し  加藤暢一


 やっと授かった余暇を、目一杯楽しんでいる様子が、面白く詠まれており、生活と俳句の同化のさまを見る思いがする。また十七音という枠の中で、如何に俳句を楽しむか。その見本のようなユニークな一句である。


          よく笑ふひと去つてまた寒き部屋  暢一

 推敲の手柄であろうか。十七音に、これ程の内容をよく納められたものだと、その技に感心。


          旅をして冬めくものに足の音  暢一

 旅を楽しんでいるつもりが、ふっと俳人としての眼が働く。働いてしまうと言うべきかも知れない。 もの静かな口調ながら、心理的に強く訴えるものがある。


          紅葉且つ散る六十にあと二歳  暢一

 還暦を目前にした作者の微妙な心情が、季語「紅葉且つ散る」に言い寄せられた、奥行のある作品。
 俳句の骨法を十分に呑み込んでおられ、自分なりの表現模索の時代にあると見受けられる。
 総じて、言葉の扱いの巧みさを強く印象した。

 作者は伊勢市に住まわれ、まわりに句友もいない事から、月一回の東海支部岡崎句会を唯一の勉強の場とされている。乗り継いで二時間半かかるそうであるが、とも角楽しみで、仕事を休んで毎月欠かさず出席されているとの事、熱意の程が分かる。又その句会は少人数ながら、とても意欲的なもので、各句について活発な討議がなされるそうで、氏の堅実な成長の拠は、ここにあったのだと思い至った次第である。

 また氏は郷土、伊勢を詠いつづけて倦まない。


          伊勢平野美しや五月雨五月晴  暢一
          妻入の家並も伊勢や片かげり  
          一塊の杜一塊の蝉時雨      


 今年も数々の秀句が生まれた。いずれも骨太の、見事な写生句である。
 新味を狙いつつ、次々と作句に励む。それは即ち自分への挑戦でもあろう。 

                        (「朝」飛燕賞受賞作品へのご寄稿 坪井洋子氏) 2003

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