2010年3月26日 (金)

山口誓子忌。 鼓ヶ浦(三重県鈴鹿市白子)。 旧居句碑(四日市市天ヶ須賀)

 深夜の今、PCデスクの温度計は10℃。 近所の桜も咲き出したと云うのに真冬なみの寒い日が続きます。 でも昨年の同時期に書いた本ブログの記事を読み返してみると、やはり同じような事を書いていました。 3月末と言えどもこの寒さは例年のことのようです。 
                                           <全画像拡大可>
1img_4362

 今日 3月26日は山口誓子の忌日です。 『天狼』主宰。 平成6(1994)年 92歳にて逝去。
 俳句に親しんでいる方なら誰でもが知っている偉大な俳人ですね。

 山口誓子は肋膜炎の療養の為に昭和16年から28年迄の12年間、三重県の四日市市富田、天ヶ須賀海岸、そして鈴鹿市白子の鼓ヶ浦に居住していました。

 冒頭及び下の画像が鈴鹿市白子の鼓ヶ浦。 
 山口誓子が三重県を離れる前の5年間居住していたところです。
 
2img_4366

        海に出て木枯帰るところなし  山口誓子

       3img_4356

               炎天の遠き帆やわが心の帆  山口誓子

              4img_4368

                     波に乗り波に乗り鵜のさみしさは  山口誓子


 四日市市富田も天ヶ須賀海岸も、鈴鹿市白子の鼓ヶ浦とそう遠くではありません。 
 多くの名句がこの伊勢湾の海を眺めながら詠まれました。

 三重県在住の間の句を収めたものとして、
 『七曜』(1942)、『激浪』(1946)、『遠星』(1947)、『晩刻』(1948)、『青女』(1951)、『和服』(1955)の6句集があります。 また昭和23年に主宰誌『天狼』 を創刊したのも鼓ヶ浦へ転居した年でした。

     伊勢の海に見ゆる帆のなき誓子の忌  暢一


5img_2273

 現在 四日市市天ヶ須賀の山口誓子旧居の角には句碑が建っています。

          6img_2272

                   かの雪嶺信濃の國の遠さ以て  山口誓子


      。・゜゜・。。・゜゜・゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・゜・。。・゜゜・。


 3年前になりますが、「俳句俳話ノート」にて山口誓子について少し詳しく記事に致しました。
 宜しければ下記タイトルをクリックの上ご覧下さい。

        ↓

  「俳句俳話ノート」 ★ 誓子忌

                                                  (№329)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月15日 (月)

初桜(神宮高倉山幼稚園)、桜の芽(伊勢神宮外宮 北御門前)

 寒い先週から一転して今週は昨日今日共に暖かい。 今日は深夜の今でも室温計は17℃を指しています。 先々週も春のような陽気が続きましたから、週毎に寒暖が極端に入れ替わる気候は何か変ですね。 
 寒波時の各地の降雪は記録的な所が多く、気象庁も今年の冬は30年に一度の異常気象と見解を述べていました。
                                           <全画像拡大可>
1img_7082

 昨日(3月14日)は春らしき実に麗らかな日和の日曜日でしたので、昼からゆっくりと伊勢神宮外宮まで散歩。 その道中に咲き出していたです。
 伊勢市内でも染井吉野はまだ蕾ですから、早々と初花を見せるこの桜は種類が違うのでしょうね。 花の色も染井吉野よりも少し濃いようです。

 場所は神宮 高倉山幼稚園。  伊勢神宮司庁が運営する幼稚園にて、伊勢神宮外宮の工作所に隣接しています。 
 因みに私の次男もここの卒園者です。

21img_7078

       初花も落葉松の芽もきのふけふ  富安風生

     22img_7089

            初ざくら誰へともなき夜の言葉  岡本眸            

          23img_7090

                 初花の水にうつらふほどもなき  日野草城

               24img_7091

    -----------------------------------------------------------

3img_7124

 伊勢神宮外宮の裏参道口である北御門前の桜の樹。 

41img_7125

 染井吉野ですから やはりまだ蕾でしたが、ふっくらとした感じが可愛い。

     42img_7126


            家内より外の暖かし桜の芽   暢一


          43img_7132

                 さし交はし舞楽のごとし桜の芽  岡本眸

               44img_7131

                              <全画像拡大可>

                                                  (№328)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年3月 8日 (月)

父月命日の墓参 (伊勢市内 一誉坊墓地)。

                                           <全画像拡大可>
Img_8906

 二日雨が続きましたが、今日の伊勢はすかっと晴れ上がった朝を迎えました。
 昨日が父の月命日。 雨だったので墓参を中止。 高齢の母と一緒ですので、風邪でも引いたら大変ですから。
 今朝の仕事前に行ってきました。 少し冷え込んだ今日ですが無風快晴、墓前の日向は心地好い暖かさでした。
  
Img_8899


               春日向父の墓前に長居して   暢一


 我が家の墓は伊勢市内の一誉坊墓地にあります。 
 「一誉坊」を我々は「いっちょぼ」と呼んでいますが、恐らく「いちよぼう」をいつしかはしょって言うようになったのでしょう。
 お寺等に付随する墓地ではなく墓苑だけですが、年に一度 「一誉坊管理組合」に管理費を納めています。
 1690年没の出口延佳(伊勢神宮外宮権禰宜・国文学者)の墓が現存したりしていますから随分と古い墓地ですが、故事来歴を知りたいものと思っています。


Img_7190                                      <全画像拡大可>
 またこの墓地には名投手沢村栄治のお墓もあります。
 説明の必要もないでしょうけれど、沢村栄治は戦前のプロ野球黎明期において名を馳せた巨人軍の豪速球投手。
 沢村投手の戦死後、巨人は彼の功績をたたえて背番号14番を日本プロ野球史上初の永久欠番に指定、現在も沢村栄治賞にその名を留めていますね。

 沢村栄治は伊勢市の出身。 私の父の少し下の幼馴染にて共に野球で遊んだとか。 
 栄治に野球を教えたのは俺だ、と父は自慢していましたが、ま~眉唾ものでしょうね。 
 でも野球の得意な父でした。
 昔、沢村栄治の命日に巨人の監督とナインが揃って墓参に訪れていた時期もありました。

 この事は昨年も記事にした事があります。 お読みになっている方には重複しましたがご容赦下さい。

                                                  (№327)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年3月 3日 (水)

雛祭 (桃の節句)

                                       <全画像拡大可>
Img_7736

 先週ほどではありませんが、まだゝゞ寒いはずのこの時期としては気温の高い日が続きます。
 桃の節句の今日、正午頃のPCデスクに置く室温計は15℃。 最高気温の予報は14℃。 
 風吹く薄曇りのために、ここ10日ほどの暖かさに慣れた身には少し寒く感じます。

 昨年の3月3日も同じく雛祭で投稿していたので読み返してみると、
 『伊勢は薄々とした感じの曇天。 正午前の三重県中部の気温は6.5℃。 我が家の室温計は9.5℃と冷え込みました。 中部・関東地方に降雪の予報が出ています』 と記していました。
 昨年の今日は中部地方でも雪降る厳寒の日だったのですね。

 興味が湧いたので気象庁のHPから伊勢市の過去のデーターをちょっと調べてみました。
 伊勢市小俣町の観測所による2・3月の日々の最高気温平均値です。

   1979~2000年 (2月)  9.1℃。 (3月) 12.4℃。
   2001~2009年 (2月) 10.1℃。 (3月) 13.5℃。
         2010年 (2月) 11.4℃。 (3月) 14.9℃(3/1~3/3)。

 顕著に温暖化の傾向が見られます。 生態系に影響を与えうる気温上昇ぶりですね。


Img_7734

 三重県四日市のある料亭に飾っていた雛人形。
 「本仕立十二単衣  京雛  雛師 平安水宝作」 の銘が添えてありました。

 雛人形には京雛と関東雛がありますが、上の画像のように男雛が向かって右側に座っているのが「京雛」、左側に座っているのが「関東雛」。


        Img_8582

 この雛人形は男雛が左側ですから関東雛ですね。 伊勢郊外のある寿司店で昨年写したものです。


Img_8566 Img_8569
                                             <全画像拡大可>

 伊勢神宮内宮前のおはらい町にある土産物店々頭の雛飾り。 一昨年の撮影です。
 これも関東雛の並び方です。 今は伊勢地方でも全国的にもこの並び方が主流のようです。
 私が娘の為に雛段を飾り始めたのは神戸在住の頃にて京雛の飾り方でしたから、関東風には今でも馴染めません。

           雛壇に部屋を譲りし吾子と寝る   暢一

  ----------------------------------------------------------------

 京雛と関東雛で男雛女雛の並び方が違う由来について「大進の雛人形」のHPで説明していました。 興味深いので以下にご紹介してみます。

 お内裏さまの位置が、京雛は向かって右、関東雛は向かって左になっています。
 日本古来から、左は右より格が高いとされ、お内裏さまはお雛さまの左、つまり向かって右にお座りになります。
 よって京雛は、古来の慣わしに従ってお内裏さまが向かって右側にお座りになっています。
 現在一般的な関東雛は、向かって左にお内裏さまがお座りになっていますが、なぜ関東雛はお内裏さまが左側になったのでしょうか。
 それには大正天皇が関係しているとされています。 明治時代、西洋の流れを受けて国際儀礼である「右が上位」の考え方が取り入れられるようになりました。
 大正天皇が即位の礼で、洋装の天皇陛下が西洋のスタイルで皇后陛下の右に立たれた事からこの風習が広まったとされています。
 明治天皇の時代から皇居は東京に移っておりましたから関東を中心にこのご即位時のスタイルが定番となっていきました。 全国的にも今はこのスタイルが主流となっています。

 また好まれる顔も関東関西に違いがあります。
 関東は目が大きめで口元がかすかにほころびふっくらした可愛らしいお顔が人気ですが、関西では切れ長の目に鼻筋の通った高貴なお顔, 細面のいわゆる京美人が好まれるそうです。
 実際のところ、なかなか顔立ちから関東雛と京雛判断するほど明確な顔の特徴ははっきりしていませんが、雛人形の商品ごとに、そのお顔は随分と違うことは比べてみると良くわかるものです。

  ----------------------------------------------------------------

 
 ◇ また今日は高浜虚子の次女、俳人「星野立子」の忌日です。 「雛忌」とも呼びます。 3年前ですが「俳句俳話ノート」にて取り上げました。
 宜しければ下記タイトルをクリックの上 ご覧下さい。
        ↓
    ★ 立子忌 (雛忌)

                                                  (№326)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年2月20日 (土)

茜社 初詣・勾玉池 (伊勢神宮 外宮神苑) 正月二日

 一昨日は東京の銀座に雪降る景がテレビに映っていましたが、伊勢でも冷え込む日が続きます。 と言っても1月から2月にかけて数回は見られる雪も屋上のバケツに張る氷も未だですから今年は厳しいという程でもありません。
 「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、正岡子規は 『 毎年よ彼岸の入に寒いのは 』 と詠んでいます。 春らしい暖かさを迎えるのはまだゝゞ1ヶ月程先の事なのでしょうね。

 前回は伊勢神宮外宮への初詣(正月二日)を取り上げましたが、今回もその続きです。 
 もう2月も半ばを過ぎてまだ正月の事を取り上げていて申し訳ありませんが、画像の整理を済ませながらアップする暇を持てなくて今になってしまいました。 ご容赦の上お付合い下さい。

                                           <全画像拡大可>
74img_6668

 正月二日 伊勢神宮外宮に参拝をした後、神苑の勾玉池畔にある茜社にも詣でました。
 茜社は「あこねやしろ」と読みます。
 境内では除夜篝を焚いた後に小さな焚火を続けていました。

73

     72

          6img_6672

               Img_9339

 茜社の境内には豊川茜稲荷神社も建っています。 
 この稲荷の方がはるかに大きく立派な社殿にて主客転倒の感じがします。 
 日本三大稲荷の一つ愛知県の豊川稲荷は妙厳寺の守り神として勧請されたものでありながら、いつの間にか肝心の妙厳寺よりも大きく有名になってしまいましたが、その小型版と云ったところでしょうか。 稲荷信仰の根強さが窺われます。

 下の画像が茜社

5

Img_9358 茜社は「あこねさん」と市民から親しみを持って呼ばれています。 
 山田産土神八社の一つ。
 昔々は「赤畝(あかうね)の社」と云う外宮の摂社であったらしい。 
 ここも20年毎の伊勢神宮御遷宮のたびに残材を受け、神宮にならってご遷宮をし社殿を新しくします。


8

 茜社の小さな鳥居の連なる参道を潜り抜けると勾玉池に出ます。  

1img_6656

 正月の晴天に勾玉池は清々しく照り輝いていました。 右端に見える杜が茜社です。 
 
22

 真っ赤な浮舞台が印象的にて勾玉池の景を惹きたてます。

 31img_6652

        32img_6653

               33img_6654

 勾玉池の冬は多くの鴨が目を楽しませてくれます。 鴨が飛んで着水するところを撮ってみました。 慌てて撮ったので少し不鮮明ですが、画像をクリックして拡大すればそれなりにご覧頂けると思います。

                     <全画像拡大可>

       ゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。

 今日 2月20日は俳人 内藤鳴雪の忌日です。 
 老梅忌とも呼びますが、正岡子規の後見役と目された重鎮でした。
 「俳句俳話ノート」にて以前に取り上げていますので、宜しければ下記タイトルをクリックの上 ご覧下さい。
        ↓
  「俳句俳話ノート」 ‘ ★ 鳴雪忌 ’

                                                  (№325)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年2月 3日 (水)

初詣 ・伊勢神宮 外宮 (正月二日)

 今日は節分。 
 明日は立春と言えども一年で最も厳寒の季にて、日本海側をはじめとして多くの地方で雪が降っているようですね。
 PCデスクの室温計は深夜の今 8.4℃と、いつもよりは冷えます。

        鍵の鈴鳴らし鬼打豆買ひに  岡本眸
        節分や海の町には海の鬼   矢島渚男 

                                           <全画像拡大可>
1

 前々回・前回、大晦日・元日と遅まきながらの題材を取り上げてきましたが、今回もその遅まきながらの続きです。
 元日はゆったりと家で過ごし、二日は初詣に出掛けました。
 除夜詣と同じく また伊勢神宮外宮

 除夜詣の折は裏参道にあたる北御門から参拝しましたが、初詣は表参道から参拝。
 冒頭画像は表参道の火除橋を渡って左手にある手水舎です。
 まずここで参拝前に手を清めますが、それなりの作法があります。
 左手・右手の順で手を清め、それから左手に水をすくって口を濯ぎ、最後に左手を洗い流します。 柄杓に直接口をつけないのが礼儀です。

 2

 手水舎の画像のバックに写っていた一の鳥居

 一の鳥居を潜り鬱蒼とした杜の中の参道を辿ると二の鳥居

Bb

 二の鳥居の先に雅な感じの建物が見えてきます。 神楽殿です。

4 3

 神楽殿ではお神楽の祈祷を受ける事が出来、屋根は鎌倉時代の様式だそうです。
 左の画像は神楽殿に付随した神札授与所。 


Img_6686

 御正殿です。

           拝礼の小脇に挟む冬帽子   暢一


6

 除夜詣の記事の折にも記述致しましたが、伊勢神宮の内宮は皇室の始祖の天照大神をお祀りしていて正式名称は皇大神宮ですが、この外宮は天照大神のお食事を司る神である豊受大神をお祀りしていて、正式名称は豊受大神宮。 衣食住をはじめあらゆる産業の守り神です。
 

 外宮には御正殿の近くに、「風の宮」「土の宮」「多賀の宮」と三つの別宮が建っています。 
 それぞれこじんまりとしたお宮ですが、より古代の雰囲気を味わう事が出来て必見です。 
 外宮参拝の折はぜひお立ち寄り下さい。

8 

                 7

 上の画像2枚は風の宮
 鎌倉時代の元寇の時、神風を吹かせた神として知られています。


10

 帰路は神楽殿の手前で左折して北御門への参道を辿りました。 
 往き帰り 違う参道を辿れるのも外宮参拝の楽しみの一つです。

 9

 九丈殿。 後に僅か写っているのが五丈殿。
 小さな広場の端に建っていますから、祭事の折に使われる建物でしょうか。

                 Img_6697

                     神楽殿裏の建物の屋根。


Img_6699

 北御門へと参道を歩いていると、衛士に先導された神官の列に遭遇。

Img_6700

        Img_6701

              Img_6702

                    Img_6703

 神官の列が出てきたのは忌火屋殿
 日々供えるお食事である神饌を整える御殿で神の台所です。
 特別に熾した神聖な火である忌火を使う建物なので忌火屋殿と言います。

Vimg_6702

 恐らく毎日行われている祭事なのでしょうけれど、神官の捧げたこの緋の房のついた具は何なのか知りたいところです。


11

 北御門鳥居
 後に見える小さな建物は御厩。

Img_6706

 御厩。 
 年老いて引退した天皇陛下の御料馬が伊勢神宮の神馬です。
 以下の説明札が掲げられていました。 
    -----------------------
      『豊受大神宮御料御馬』
       草音号(くさおとごう)

      種類  アングロアラブ種
      生年  平成十三年
      産地  宮内庁御料牧場
      毛色  芦毛
      牽進  平成二十年十月
     -----------------------

         Img_6707

 神馬が驚くのでフラッシュ禁止と注意札があるにも拘らず、多くの人がフラッシュを光らせて撮影していた為に、神馬は嫌がって逃れようと裏口の戸に体当たりしています。
 ついゝゝ、フラッシュ禁止です。神馬の為に止めて下さいと声を出してしまいました。

                     <全画像拡大可>

       ゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。

Img_7813
 昨年の2月3日は節分を記事に致しました。
 宜しければ下記タイトルをクリックの上 ご覧下さい。
          ↓
  【日々身辺抄】09/2/3 ‘ 節分 ’
                                                                    (№324)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月30日 (土)

今朝の春 (元日)

                                            <画像拡大可>
Img_6642

 前回、遅まきながらの除夜詣を記事に致しましたが、今回もその続きの元日。
 雲一つない快晴にて迎えた元日でした。

           起きてまづ空を見る癖今朝の春   暢一 

 冒頭画像は近所の浦之橋商店街の元日の朝の光景。 
 普段は午前中賑わう商店街ですが、人っ子一人歩いていない深閑とした様子は元日ならではです。

           年はじまる顔むけて聴く鳥の歌   岡本眸
           年立つて自転車一つ過ぎしのみ  森澄雄
           元日やゆくへもしれぬ風の音    渡辺水巴
           初晴を手柄顔なり伊勢の人     立神侯子


Img_6627                                         <画像拡大可>
 我が家の元日の朝の食卓。 
 朝餉と言っても除夜詣などで夜更かしをした翌朝の事ですから、家内皆が揃って食卓についたのは10時を過ぎてしまっていました。

           家内みな朝寝をしたる御慶かな   暢一 

 お節は主に母が料理したものです。 
 近年は何万円もするお節を買う家庭が多くなってきているようですね。

 雑煮も画像に写っています。 雑煮は地方によって随分と違いがありますが、我が家は澄まし汁に餅菜と餅だけと最もシンプルな雑煮です。

           おろがむに似て手囲ひの雑煮椀  岡本眸
           酒もすき餅もすきなり今朝の春   高浜虚子

    ------------------------------------------------------

 ※ 「今朝の春」は元日の朝を意味する新年の季語です。 
    同じく新年の季語である「初春」の場合は「しょしゅん」と読ませて春の季語として使う場合もありますが、「今朝の春」は新年に限定されていて、春の季語として使う事は出来ません。
    「今朝の秋」と云う立秋の季語がありますから、つい立春の季語として使ってしまいそうで要注意ですね。
    
    「春」を新年・正月の意味で使う季語は以下のとおり多くあります。
    「明の春・今日の春・千代の春・四方の春・花の春・老の春・玉の春・新春・迎春・春の旦 (王春・開春・発春・首春・春首・献春・規春・春孟)」等々ですが、( )内は現代俳句で殆ど使用例を見ません。 

    また「○○の春」のようにある語に春を付けて新年の季語とする詠み方もあります。
    例句を少し挙げてみます。

           目出度さもちう位なりおらが春     小林一茶           
           かぴたんもつくばはせけり君が春  松尾芭蕉
           宿の春何もなきこそ何もあれ     山口素堂
           日の春をさすがに鶴の歩みかな   宝井 其角
           年寄れど娘は娘父の春        星野立子          
           炭斗に炭も満ちたり宿の春      松本たかし
           弾みよき雀の来るや庵の春      小澤克己   
                                                  (№323)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月26日 (火)

除夜詣 (伊勢神宮外宮)

 編集する暇を持つ事が出来ず暫くご無沙汰をしてしまい、新年初めての更新となりました。 
 皆さんどうぞ本年も宜敷くお願い致します。 
 その間にいろゝゝと撮り溜めた画像もありますが、まずは遅まきながらの除夜詣

 毎年 伊勢神宮への除夜詣は欠かした事がありません。 伊勢神宮には内宮と外宮がありますが、私の除夜詣はいつも伊勢市街中心部に位置する外宮です。 歩いて15分程の距離にあり内宮よりも身近で親しみ深いからです。

 もっとも昔はまず外宮で除夜詣を済ませてからバスに乗り、内宮へ未明の初詣。 
 その後は内宮前のおはらい町に繰り出して酒店のカウンターで酒を飲んだり、屋台や土産物店で買ったものを立ち食いしたりと友人達と楽しみ、千鳥足で初明りの空の下を家路についたものでした。 
 若かったのですねぇ。 今はとてもそんな元気はありません。

                                           <全画像拡大可>
 1img_6583

 北御門広場の除夜篝。 
 伊勢神宮外宮には正面と北御門との二ヶ所の参道口がありますが、私は我が家から近い北御門から参宮します。

           除夜篝過去も未来も闇の中   暢一
 

2img_6588

 北御門の手水舎。 まずはここで手を清めてから参道へ。

31 32img_6589

 参道口の火除橋
 いつもは零時頃に参拝して賑やかなのですが、今年は22時前と少し早かったからでしょうか、まだ人出も少ないようです。


 4img_6602

 参道の所々に小さな篝火が焚かれていて、つい立ち寄ってしまいます。
 長い柄を付けた網で餅を焼いている人もいましたが、除夜の篝火で焼いたお餅を食べると一年無病息災で暮らせるとの慣わしからです。


7img_6598

 御正殿です。 
 まだ並んでいる人の列は短いですが、零時近くになると長蛇の列が出来ているはずです。

8 伊勢神宮の内宮は皇室の始祖の天照大神をお祀りしていて正式名称は皇大神宮ですが、この外宮は天照大神のお食事を司る神である豊受大神をお祀りしていて、正式名称は豊受大神宮。 衣食住をはじめあらゆる産業の守り神です。 
 天照大神も豊受大神も女神であるところが珍しい。 
 二つの宮で成り立っている神社は男と女の神を祀っているのが一般的なのですが…。


5

 御正殿で参拝を済ませてから神札授与所に寄って福矢(破魔矢)を買いました。 金1000円也。 今のご時世になっても授与所なんて言っているところが何とも可笑しい。 ようは御札やお守りの売店なのですから…。

61img_6595 62

 授与所は神楽殿に付随した建物ですが、神楽殿では申し込むと神楽による祈祷をしてくれます。


9img_6614

 帰りは正面参道を辿りました。 逆コースになってしまいますが…。
 勿論、正面広場にも除夜篝が焚かれています。 風が強かったので舞い上がった灰が点々と写ってしまいました。

      寒くなれば篝にも立ち除夜の鐘  星野立子
      鳴りいづるあだしのの鐘除夜篝  黒田杏子

 珍しく満月の除夜となりましたので、大篝の火の粉越しに月を撮ってみました。

          満月に余韻艶めく除夜の鐘   暢一

10img_6581

                     <全画像拡大可>

   --------------------------------------------------------------------

 ※ 伊勢神宮外宮への除夜詣は過去にも取り上げてきました。
   宜しければ下記タイトルをクリックの上 ご覧下さい。

Img_7259 


2008/1/12 ‘年越詣&除夜篝(伊勢神宮 外宮)’
.

.

Img_3313.
.

2007/1/1 ‘除夜篝(伊勢神宮外宮)’
.


                                                  (№322)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月 5日 (土)

師走。 梅香寺の銀杏 (伊勢市内)

 今年も師走となりました。 なんと月日の経つ事の早いことよと月並みながら毎年12月を迎える度に思います。 高齢になればなるほど その思いが強くなるような気が致しますが、若い頃よりも変化の少ない一年を送るからなのかも知れませんね。

 12月を歳時記で引いてみると実に様々な呼び名があります。
 「 師走・極月・臘月・春待月・梅初月・三冬月・弟月・親子月・乙子月 」 等々。
 一般的に使われているのは師走ですが、現代俳句で詠まれているのも「師走・極月・臘月」くらいにて他は殆ど使用例を見ません。

     エレベーターどかと降りたる町師走  高浜虚子
     極月の海大いなる旅にあり      岡本眸
     臘月や錦市場に鯛の粗        岡井省二

                                           <全画像拡大可>
Img_5748

 時折取り上げている近所の梅香寺。 昨日の撮影です。

1img_5789

 バックに見える白い建物は百五銀行筋向橋支店。
 銀杏の樹がばっさりと枝を切り落とされて素っ裸の哀れな姿を曝しています。
 
2img_7780

 昨年の同時期にこの銀杏の樹を撮影したものです。 見事な黄葉でした。


 31img_5787

 10月8日に台風18号が伊勢地方を直撃し かなりの被害を被りましたが、その暫く後に梅香寺の大銀杏のこの姿に気がつきました。 被害を受けた枝が危険な為に刈り取ってしまったのでしょうか。 それにしても残った枝に一葉も見えないのは気掛かりです。 

              32img_7831

 梅香寺はそれぞれ一樹ながら古木の銀杏と楓が素晴らしい黄葉紅葉を見せてくれていましたが、今年は昨年迄のこれらの画像のような黄葉と紅葉の競演を眺める事が出来ず残念至極です。 来年は蘇ってくれるのでしょうか。
 
5img_1806

     銀杏落葉一筋掃きて径とせる   暢一

 Img_1988

    -----------------------------------------------------------

        41img_5755

                上の画像が今年、下の画像が昨年です。 

              42img_7735

                             <全画像拡大可>

    -----------------------------------------------------------

 ※ 台風18号が伊勢を直撃した様子については10月8日に取り上げました。 
    宜しければ下記タイトルをクリックしてご参照下さい。
         ↓  
    ‘台風一過 (台風18号)’
                                                  (№321)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月25日 (水)

桜紅葉 <米山新田> (伊勢市円座町)

 昨夜中のしとしとゝ云った感じの雨も止んで曇天で明けた朝でした。 でも気がついてみるといつの間にか真っ青な晴天。 ここ暫く不順で寒い日が続きましたが、久し振りに暖かい小春日となりました。 深夜の今でもPCデスクの温度計は17℃を指していますから、いつもよりも 4℃ほど暖かい。

      小春日や「左二見江二里二丁」   暢一

                                           <全画像拡大可>
1img_5690

 今日 所用で通りかかった「米山新田開発記念碑」の桜の樹。 桜の名所の宮川堤から川沿いに上流方向へ伊勢南島線を15分程走った辺りです。

21img_5698

       桜紅葉しばらく照りて海暮れぬ  角川源義

       22img_5696_2

               好きな道桜紅葉の頃なれば  稲畑汀子

               23img_5697

 実に見事な桜紅葉です。 桜紅葉は殆どが渋い色合いの紅葉にて (それはそれで味わい深いものがありますが) 、これ程赤く色づいた桜紅葉は珍しい。 お蔭で約束の時刻に遅れてしまいました。


3img_5700

 米山新田の名は開墾に心血を注いだ江戸時代の円座組大庄屋の米山家から付いたものです。
 この時代の円座町は紀州藩の領地でしたが、大庄屋米山家四世が高台の為に水利の悪い荒地であったこの一帯を紀州藩の援助を得つつも家財を投げ打って水路を開き開墾。 元禄2年(1689)から9年の事でした。

 それから140年を経ていつしか荒廃してしまった水路を、文政12年(1829)米山家九世の代に更に延長した上で再興し 現在に至っています。
 しかし米山家九世宗持はその事業による借金返済の責を負って天保10年(1840)に自刃すると言う悲劇もあり、米山家が借金を完済出来たのは明治期であったとの事。

 41img_5703_2

              42img_5711

 刈田に薄青く見えるのは稲を刈った後の切り株から萌え出た芽。 それも枯れかけています。
 「穭(ヒツヂ)」と云いますが、この10月25日の記事でも触れましたね。
 

5img_5710

 遠方に見えるのが米山新田記念碑の桜紅葉。 

 61img_5706

 上下の画像は近くの墓地です。 

               62img_5707

                               <全画像拡大可>

    -----------------------------------------------------------

 ※ 今日、11月25日は三島由紀夫忌です。 憂国忌とも言います。
    昨年ですが、「俳句俳話ノート」にて取り上げました。 
    宜しければ下記タイトルをクリックしてご覧下さい。
          ↓
     「俳句俳話ノート」 ‘★ 三島由紀夫忌‘
                                                  (№320)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«豪雨後の宮川。 鵜。