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2006年10月の19件の記事

2006年10月30日 (月)

石蕗(ツワブキ)

 穏やかな好日です。 室温は20℃とこの晩秋の日中の気温としては一番低いですが快適です。

 今日は旧暦で9月9日にて 「重陽の節句」 です。
 俳句総合誌付録の俳句吟行手帳などのカレンダーでは9月9日のところに「重陽の節句」 と記しているものがありますが、「菊の節句」 とも呼ばれる重陽の節句ですから、今日の事として晩秋の季語と認識するべきでしょうね。
 「俳句俳話ノート」 にて‘重陽の節句’とその傍題季語について取り上げてみました。 クリックの上 宜しければご覧下さい。


 そこで今日は菊の画像をと思ったのですが、適当なのがありませんので この24日に近所で撮影した 「石蕗の花」 を取り上げてみました。 一様は菊科ですからね。


     花石蕗の日向の黄また日蔭の黄  暢一


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  「7月23日」 記事の梔子の花が咲いていた旧亀谷病院家の記念として遺されている母屋の前庭です。 旧亀谷病院についても同記事で触れました。 


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 「石蕗」(ツワブキ)の名の由来は、葉が‘蕗(フキ)’に似ている事、その葉に‘艶’がある事からだそうです。
 その葉を火であぶったものは腫れ物や湿疹に薬効があるそうで、また冬から春にかけての若葉は塩ゆでにすると美味しい。 九州の名産 「佃煮きゃらぶき」 も石蕗。 等と図鑑に載っていました。

 10月中頃から11月末迄咲く鮮やかな黄の石蕗は晩秋初冬の代表的な花です。
 季語としては初冬に分類されています。 また俳句では 「石蕗」を 「つわ」 と読ませる事が多いです。


       海光の一輪をもて石蕗日和  岡本 眸


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      静かなる月日の庭や石蕗の花  高浜虚子


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     石蕗の花つき出してをる日向かな  清崎敏郎


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2006年10月29日 (日)

鶏頭

 雲の多い朝でしたが、午後になって晴れ間の方が勢力拡大と言った天気です。 いつもの室温計は23℃と昨日よりもほんの僅か高目です。


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 上の画像は8月19日撮影の「鶏頭」 です。
 この時に撮ったまだ幼い鶏頭の画像数枚を9月19日の記事で載せましたが、10月24日に同所を通り掛かったら2ヶ月以上を経て大きく成長していました。 


     鶏頭燃ゆコンクリートの割れ目より  暢一


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      我去れば鶏頭も去りゆきにけり  松本たかし


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       鶏頭の炎え極まりし暗さあり  鷲谷七菜子


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2006年10月28日 (土)

風船唐綿 (フウセントウワタ)

 晴天で始まった今日も曇りだして、昼過ぎの今は黒雲が広がってきました。 雨になるのでしょうか。
 今日は季節を5日毎に細分した七十二候の内、五十三候 「小雨時々降る」 です。 ちなみに五十二候は10月23日にて 「霜始めて降る」 でした。


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 「風船唐綿」(フウセントウワタ)の実です。 南アフリカ原産。
 熟れるとこの実が割れて中から綿毛と種が出てくるそうです。 見てみたいものですが、また時期を逃してしまうかも…。


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      風船葛弱日も吸ひて膨らめり  能村登四郎


 よく似た実に初秋に生る風船葛の実があります。 風船葛は歳時記にも載っていて掲句のようによく詠まれていますが、風船唐綿ではちょっと詠むのが難しいですね。

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2006年10月27日 (金)

秋夕焼

 好天が続きます。 昼前の室温は21.6℃。 昨日と殆ど変わりませんが風が少しあるので冷えを感じます。
 鰯雲の一塊が目に見える速さで東北の方に流れていきます。
 今日は吉田松陰が処刑された日だそうですが、1830年の事です。 明治元年が1868年ですから、松蔭が亡くなって38年も経ってからの事だったのですね。  

 8月3日に近所の浦の橋商店街の夕焼けを取り上げましたが、今回はこの24日に撮った同所の夕焼けです。 


     これよりの釣瓶落しの丹波かな  森澄雄
     城のある景色の釣瓶落しかな  後藤比奈夫
     秋夕焼終りし街に襤褸たり    角川源義


      ワイン提げ釣瓶落しの家路かな  暢一


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2006年10月26日 (木)

木立朝鮮朝顔の蕾

 好天です。 いつもの室温は21.9℃とほんの少し低めですが、先ほど戸外を急ぎ足で歩いたら汗ばみました。

 10月22日に 「木立朝鮮朝顔」 の大きな花を取り上げましたが、一昨日通り掛かったら花は姿を消し新たな蕾がぶらさっがていました。


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 上画像の花は10月4日に撮影したものでしたから、それから丁度20日を経ている事になります。


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 先月は蕾に気がつかなかったのですが花も大きければ蕾も大きく、何かユーモラスです。
 このように次々と咲き継いで11月末までは咲いていそうです。


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2006年10月24日 (火)

水引草

 晴天で始まった今日でしたが、昼過ぎて曇ったり照ったりと落ち着きません。 今、室温は22.5℃。

 また歩道の街路樹の所に咲いていた花です。 場所は市内西方から伊勢市駅に抜ける道路、厚生小学校の近くです。


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 花名は 「水引草」 。 図鑑には単に 「水引」 と載っているものが多い。 蓼科です。 開花は8月から10月と載っていましたから、そろゝゝ終りの時期なのでしょう。
 由来は勿論祝い事の品に使う水引になぞらえた事からですね。 


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       水引やゆふぐれ早き厨口  暢一


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     木もれ日は移りやすけれ水引草  渡辺水巴


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       水引草目が合ひて猫立停る  石田波郷


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2006年10月23日 (月)

柿の木 (梅香寺)

 昨日は結局夕方近くから夜中まで雨が降りましたが、今はどんよりとした曇り空。 予報では終日小雨となっています。


 今日10月23日は二十四節気の 「霜降」 ですね。
 『つゆが陰気に結ばれて、霜となりて降るゆへ也(暦便覧)。
 陰暦9月の中にあたり、北国や山間部では、霜が降りて朝には草木が白く化粧をする頃。 野の花の数は減り始め、代わって山を紅葉が飾る頃である。 』と暦に載っていました。
 晩秋の色も濃くなり実感です。

 そこで今日は晩秋の代表的な柿の景を取り上げました。

  
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 近所に梅香寺があります。 その裏手の塀越しに今 たわわに実る柿の木が鮮やかです。 紅葉も始まりました。
 左端に写っているのは、私のメインバンクと言えば大袈裟ですが一番利用している銀行の裏口です。


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 柿には甘柿と渋柿がありますが、路傍の手の届く所で無数に実をつけている柿は渋柿に決まっています。 昔 子供は誰もが柿泥棒だった訳ですが、散々渋い目にあったものです。
 渋柿も とろゝゝの熟柿になると とても甘い柿に変身しますが、殆どがそうなる前に鳥に食べられたり落ちたりしてしまいます。 たまに枝に残っている熟柿を見つけた時の嬉しかったこと。


      渋柿の滅法生りし愚かさよ    松本たかし
      熟柿吸ふ幸福さうな頬をもち   山口青邨
      里ふりて柿の木もたぬ家もなし  松尾芭蕉


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 伊勢郊外には柿畑の広がる所があり見事な景観ですが、収穫の後の木々にはかならず実が一つ残されています。
 所謂 「木守柿」 ですが、翌年の実生りへの祈りとも 小鳥の為に残しておくとも言われます。 初冬の季語です。
 

       木守柿幼き我が泣いて過ぐ  暢一  


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2006年10月22日 (日)

木立朝鮮朝顔

 天気予報では午前中の晴天が午後になって崩れてくるような事を言っていましたが、早朝から早くもどんよりとした曇り空。 ところが昼近くになって少し陽が射してきました。 正午の室温は21.3℃と少し低めです。

 今日は京都の時代祭ですね。 学生時代 京都に在住の折、毎年歩道に長い時間座り込んで見物した事を思い出します。
 時代祭については「時代祭2006:京都新聞」が一番詳しく載せていました。 お暇な方はご覧下さい。


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 今日は昨日取り上げた紫式部の画像の端にちらりと写っていた黄色い花です。
 鮮やかな黄色の大きな花にて実に目立ちますね。 最近町角でよく見られるようになりました。


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 花名は 「木立朝鮮朝顔」(キダチチョウセンアサガオ)。
 別名、「エンジェル・トランペット」 。 中南米、インド原産。
 白やピンクがかった花色の種類もあります。 また朝鮮朝顔属には他にアメリカ朝鮮朝顔、八重朝鮮朝顔があるそうです。 


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 花期は6月から11月迄と図鑑に載っていますが、9月4日に紫式部を撮った折にはまだ咲いていませんでした。
 今日の画像は10月4日に撮影したものです。
 
 下の画像でも分かるように草ではなく木だそうです。夜に強い香を出すとか。


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2006年10月21日 (土)

紫式部の実

 好天が続きます。 明日は午後から少し崩れそうですが。
 日中の好天、夜の冷え込みと紅葉には良い条件が続いていると思うのですが、11月の紅葉振りが如何なりますか楽しみです。


 少し載せるのが遅くなってしまいましたが、近所で見掛けた 「紫式部の実」 です。
 紫式部は日本固有の植物と思っていたのですが、日本・中国原産と載っている図鑑もありました。


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 紫式部は花よりも色鮮やかな実が鑑賞の対象ですから、季語としては「紫式部」 だけで 「紫式部の実」 の事を指します。 略して 「実紫」 とも言いますね。


       地の冷えの色に出でてや実紫  林 翔  


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        渡されし紫式部淋しき実  星野立子


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 上三枚の画像は9月4日に、下三枚の画像は10月4日に撮影しました。 丁度一ヶ月を経て色の違いが分かります。


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     実むらさき人恋いの色濃くしたる  加藤三七子


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       うち綴り紫式部こぼれける  後藤夜半


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 紫式部の花は6・7月に咲くそうなのですが、見向きもされないようで実しか載せていない図鑑が多いですね。
 そこで以前に同所で違う花を撮った折の画像を拡大して調べてみました。
 
 下の画像は6月2日に撮った画像に写っていた紫式部。 葉のみで花はまだのようです。


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 次は8月10日に百日紅を撮った画像の端に紫式部も写っていたもの。
 既に青く小さな実が見られます。 残念ながら花の咲いていた時期を逃したようです。


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2006年10月19日 (木)

金木犀

 好天も夕方になって雲が広がってきました。室温25℃と少し高目です。

 今 町中には 「金木犀」 の香が漂っています。 
 近所の駐車場の裏手のお宅の庭にも大きな金木犀の樹があり強く匂います。

      木犀の香や町のどこ歩いても  暢一

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 金木犀の開花時期は9月25日頃から10月10日頃までとやけに細かく図鑑に載っていましたが、私の近辺ではまだ咲いています。 確かに花期は短く、いつの間にか見えなくなってしまいますから、あと僅かでしょう。

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 金木犀は中国南部の桂林地方原産だそうです。
 中国語で 「桂」 は木犀の事ですから、地名自体が木犀の林と云う意味なのですね。
 木犀には他に銀木犀もありますが余り見掛けません。

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      木犀の香や純白の犬二匹  高野素十

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     金木犀午前の無為のたのしさよ  石田波郷

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 上の画像2枚は午後12時半頃に撮ったものにて、花は完全に開いています。
 下の画像は午前9時過ぎに撮ったものにて、花はまだ閉じています。
 一花々々がごく小さいので拡大画像でしか分かりませんが、金木犀の花は朝から昼頃にかけて開いていくのですね。
 色が違って写っているのは上画像が日陰、下画像が日当たりの時に撮った為です。

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2006年10月18日 (水)

栗飯

 全国的に好天が続いているようです。伊勢の今朝は薄曇りでしたが、昼前より晴れてきました。室温22.7℃と今日も快適です。

 今月前半の休みが響いてここ数日半徹夜状態で、流石にへばり気味です。
 余裕がありませんので我が家の母の栗御飯の画像で今日のご挨拶をば…。

    栗飯や老いたる母に家事恃み  暢一

    栗飯や忘じて遠き母の顔      岸風三楼
    栗飯のあたたかく人を発たせけり 長谷川かな女
    栗めしを食べ五十五の児のごとし 辻田克己 


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2006年10月14日 (土)

十九夜(寝待月 10/10)

 今日はうすゝゝとした曇り空ですが、室温は24℃と暑くも寒くもない気温です。

 十八夜の居待月(10/9)まで取り上げてきましたので、今日も引き続き十九夜の寝待月(10/10)を遅ればせながら取り上げてみます。

 10月10日は第2火曜日にて愛知県岡崎で私の所属する結社の東海支部句会がある日でした。 ≪‘のぶ`のフォト俳句≫でも今その道中を記事にしているところです。
 下の画像がJR岡崎駅に着いた時に撮影したものです。 時間は13時過ぎ。 10時半頃に家を発ちましたから10分程歩いて句会場に着く迄に3時間近くを要する事になります。 ちょっとした旅行ですね。

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 JR岡崎駅西口とホームです。

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 句会後に晩飯を兼ねて駅近くの居酒屋に寄りますから、岡崎駅に戻って来るのは21時過ぎ。 伊勢の我が家に辿り着く頃には零時を過ぎてしまっています。

 以下は岡崎駅で帰路の快速電車を待つ間に撮った 「寝待月」 です。

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     酒場より夜更けて帰る寝待月  暢一

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     寝待月雲より落ちて照らしけり  阿波野青畝

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    寝待月灯のいろに似ていでにけり  五十崎古郷

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2006年10月13日 (金)

十八夜(居待月 10/9)

 一昨日 一日雨が降ったものゝ前後は晴天が続きます。 今日も無風好天です。

 十七夜の月を取り上げてから多忙で遅くなってしまいましたが、十八夜の月も折角撮影していたので載せてみたいと思います。

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 前回に記したように十八夜の月を 「居待月」 と呼びますが、月の出もだんゞゝと遅くなり斜め上が欠けているのが小く写る画像でもはっきりと分かるようになってきました。
 

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 よく取り上げる近所の浦の橋商店街と慶友病院です。

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     一人居の杯を重ねる十八夜  暢一

     
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      くらがりをともなひ上る居待月  後藤夜半

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     居待月はなやぎもなく待ちにけり  石田波郷
     
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     帯ゆるく締めて故郷の居待月  鈴木真砂女

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2006年10月 9日 (月)

十七夜 (立待月)

 今日も快晴です。 昨日迄と違って無風。 爽やかな体育の日の祝日です。 最も祝日も連休も無関係で仕事に追われている私ですが。

 昨夜は 「十七夜」。 俳句では 「立待月」 の呼び方の方を好みます。
 俳句に馴染みのある方ならよくご存知の事ですが、十五夜前後の月の出る時間が日を追う毎に段々遅くなっていく事からの表現がありますので、以下に記してみます。

       十四夜 → 待宵・小望月
       十五夜 → 良夜・良宵・名月・望月
       十六夜 → 十六夜(いざよい)・既望
       十七夜 → 立待月
       十八夜 → 居待月
       十九夜 → 寝待月・臥待月
       二十夜 → 更待月・亥中月

 それぞれ月の出が遅くなっていく様子が窺えて面白いですね。
 尚、二十夜の 「亥中月」 は月が亥の正刻(午後10時)頃に出る事からです。

       柩めく部屋に薄寝や亥中月  柴田由乃

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 上の画像はフラッシュ無しで。 下の画像はフラッシュを光らせてと昨夜と同じく撮り分けてみました。
 十七夜ともなると少し欠けてきて楕円の感じがします。

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       古き沼立待月を上げにけり  富安風生

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     立待の上がりて暗き街路灯  暢一

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2006年10月 8日 (日)

十六夜

 今日も好天ですが風も昨日に続いて強く吹いています。
 昼過ぎての室温22.0℃。 屋内は少しですが肌寒い。

 昨日7日は十六夜でしたが、晴れ渡った夜空に煌々と輝いてまだ真ん丸の月に見えました。
 それもそのはずで、高島暦を見てみると今年は十五夜の6日より一日遅れて7日が満月と載っています。 年によってずれる事があるようです。

 下の十六夜の画像はポケットタイプのデジカメでの撮影ですので、月は小さく また煌々と輝く光に滲んで写ってしまいます。

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 十六夜で一番喧伝されている句です。

     十六夜やちひさくなりし琴の爪  鷲谷七菜子

 今度はフラッシュを光らせて撮ってみると、月光の滲みはほゞ消えて実景に近い月が写りました。 まずゝゞの成功でしょう。

 7日が実際の満月と云えども深夜に近い撮影でしたから、改めて画像をよく見てみると ほんの僅かですが心なし楕円のように感じられるのは気のせいでしょうか。


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      町中に杜の闇ある十六夜  暢一 

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2006年10月 7日 (土)

快晴強風

 昨日一昨日と伊勢を離れて大雨の二日間を過ごしていましたが、伊勢はそれ程降らなかったと聞きました。 それどころか昨日は午後になってから晴れ間が見られたそうです。
 私が昨夜遅く伊勢に帰りついた時も星空に十五夜の月が明るく耀いていました。


 今日も東日本では雨が強く降っているようですが、伊勢は快晴です。
 ただ風が強く、今日7日は父の月命日にて墓参りに出掛けた母が強風の為疲れたとぼやきながら帰宅しました。

 画像は時々取り上げる近所の浦の橋商店街に夕日射す景です。
 幟が風で強くはためき自転車のお年寄りがふらつきながら通っていきました。


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2006年10月 4日 (水)

ランタナの実

 今日も曇り。 明日はまた崩れそうです。 ここのところ室温計も23℃前後で推移しています。 仲秋真っ只中と云った感じです。 最も11月初旬に立冬を迎えますから歳時記で10月は晩秋に分類されていますが。


 今日10月4日は 「素十忌」 。 俳人 高野素十の忌日(昭和51年)です。 秋櫻子・誓子・青畝・素十で4Sと言われ活躍した俳人ですね。


        方丈の大庇より春の蝶  高野素十


は誰でも知っている名句ですが、京都の竜安寺での作と言われています。 「俳句俳話ノート」 で短いですが記事にしましたので、クリックの上 宜しければご覧下さい。
 

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 「7月1日」 に取り上げた 「ランタナ」 です。
 場所は数日前に取り上げた銀行へ行く途中の犬猫美容院の路地を挟んで向かい側。
 閉鎖したガソリンスタンドが建物そのままで駐車場になっている所です。


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 6月から11月まで咲くと云うランタナですが、最近になって実が目立ちだしました。


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 小さな花が多数かたまっての一房ですが、順次開花した小花は黄色から赤へと変化していきます。 それぞれが実となり 実の色も開花の早い順に緑から濃紫に変化していくようです。


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2006年10月 2日 (月)

秋雨

 昨日からの雨が降り続いています。 昨日の少し強い雨と違ってしとしとゝした小雨です。 我が部屋の温度計は昼過ぎにて
22.6℃。 素足が少し冷えます。


 今日10月2日は伊勢の神官 荒木田守武と共に俳祖と呼ばれている 「山崎宗鑑」 の忌日です。
 「俳句俳話ノート」 にて取り上げましたので、宜しければご覧下さい。


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 近所の浦の橋商店街の秋雨風景です。 
 この商店街の通りは古地図にも見られ歴史のある道です。 
 江戸時代、日本三大橋の一つに数えられた参宮道の伊勢町内入り口に掛かる筋向橋を基点とし、また当時参宮客や地元町民で賑わった市である八日市場の近く迄の通りが今の商店街になっています。 
 筋向橋辺りは大きなお茶屋が多数建ち並んでいたそうです。
 メインである外宮参宮道の裏道にあたるこの通りも、本通りとはまた違った賑わいが当時もあったのではないでしょうか。
 今も市内で唯一健闘している商店街ですが、秋雨の午後はやはり静かですね。


      秋の雨しづかに午前おはりけり  日野草城
 

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2006年10月 1日 (日)

さよなら YS-11

 10月は雨の一日にて始まりました。 いつもの室温計は22.4℃。 ほんの少しですが肌寒さを覚えます。


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 昨夜 テレビニュースで国産旅客機 YS-11の最後の一機の最終便を報じていました。

 YS-11は昭和40年に初就航した双発のプロペラ機にて、国産旅客機は後にも先にもこのYS-11のみですから感慨深いものがあります。
 官民挙げての国策プロジェクトで誕生したYS-11は182機が製造されましたが、販売不振の上にジェット旅客機の普及に止めを刺されて僅か8年で製造打ち切りとなってしまいました。


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 誕生から41年を経て日本の空を飛んでいる国産旅客機はこの最終便となったYSー11の一機のみとなっていた訳ですが、空中衝突防止警報装置の設置が法改正により義務づけられ、設置に多額の費用が掛かる為に引退する事になったそうです。


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 敗戦の後 禁止されていた飛行機開発製造が許されるようになった事から、政府の主導の元に戦前優秀な航空機技術を誇ったメーカーを結集して製造されたYS-11は堅固で実に優れた飛行機と言われます。
 ただ初めての事ですから旅客機としてのノウハウが乏しかった。 コスト高もあり世界的のみならず日本の航空会社からも採用を渋られて売り込みに随分と苦労したそうです。


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 私が旅客機いや飛行機と云う物に初めて搭乗したのもYS-11でした。 それも新婚旅行の折です。

 新婚旅行は友人同僚達に色とりゝゞの紙テープで見送られながら神戸港を客船で出発。 勿論特等客室です。食事は特別室で船長と一緒にて、映画の一シーンのようでした。
 そして帰路がYS-11だったのです。
 搭乗前に旅客の皆さんの前で 機長から記念メダルを スチュワーデスから花束を贈呈されてめちゃくちゃ恥ずかしかった思い出があります。


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 と言えば、今の時代なら海外への新婚旅行と思うのが当然でしょう。
 しかし時代は40年近くも前の事。 海外へ出るのにも厳しい制限があり、沖縄ですらパスポートの要る時代です。
 新婚旅行もやっと一般的になりだした頃にて、行き先は余程裕福でない限り皆さん国内でした。

 私の場合、種明かしをすれば四国です。 当時は熱海が一番人気で、伊勢志摩も負けず劣らず新婚旅行の多かった所です。
 会社時代の上司の新婚旅行も伊勢志摩だったのですが、台風の為に新婚初夜は列車内に閉じ込められていたと何度も聞かされました。

 YS-11は我々の世代前後の方々にとって何らかの思い出があり、一つの時代の終りを告げるものの一つとして 感慨を覚えるニュースでしょう。


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