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2009年8月の7件の記事

2009年8月24日 (月)

夕焼けの虹(伊勢自動車道)。 秋の雲(琵琶湖)。

 今日は雲一つ無い快晴。 室温計は31.5℃を指していましたが、心地好い風のある爽やかな一日にて初秋を実感させます。 夜になって虫の音も聞こえてきました。

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 昨日(8/23)の夕焼け空にかかった。 珍しいでしょう。 私は初めて見ました。
 琵琶湖で遊んだ帰路の伊勢自動車道を走行していた折の東の空です。 
 同乗者が助手席から撮影したのですが、フラッシュを光らせてしまったので車のフロントガラスに光るものも少し写りこんでしまいました。

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                      後方の西空の夕焼け。

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 彦根辺りの琵琶湖です。 もう秋の雲ですね。
 画像を拡大して頂かないと分かり難いかも知れませんが、遠方の右の方に見える白い建物群は長浜の町。

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                指うづき秋の雲湧きやまぬかな  加藤楸邨

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          眼のなかの秋の白雲あふれ去る  山口誓子
           
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                   秋の雲立志伝みな家を捨つ  上田五千石

                   
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               秋雲やふるさとで売る同人誌  大串章               

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          秋天にわれがぐんぐんぐんぐんと  高浜虚子
           
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2009年8月16日 (日)

送り盆。 沢村栄治墓。 ポンプ井戸(伊勢市内 一誉坊墓地)。

 8月16日は送り盆。 早いものでお盆も今日で終いです。 日曜日と云う事もあって帰省先から戻る人々で高速道も大渋滞のようです。

 今日16日は門前や戸口で苧殻などの送り火を焚いてご先祖様を見送りますが、墓地や道の辻、川岸、海岸で、藁などを燃やして大きな送り火をつくる地方もあるそうです。
 京都の大文字の火五山の送り火とも言い、送り火のひとつですね。

        苧殻買ひ自分のことも少し話す   岡本眸
        送り火に遺らずの雨の降りいでし  岡本眸


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 大投手 沢村栄治のお墓です。
 説明の必要もないでしょうけれど、沢村栄治は戦前のプロ野球黎明期において名を馳せた巨人軍の豪速球投手。
 沢村投手の戦死後、巨人は彼の功績をたたえて背番号14番を日本プロ野球史上初の永久欠番に指定、現在も沢村栄治賞にその名を留めていますね。

 沢村栄治は伊勢市の出身。 私の父の小学校時代の後輩にて共に野球で遊んだとか。
 そう云う訳で、我が家の墓と沢村家の墓が同じ墓地にあるのです。 
 沢村に野球を教えたのは俺だ、と父は自慢していましたが、ま~眉唾ものでしょうね。 でも野球の得意な父でした。
 昔は沢村栄治の命日に巨人の監督とナインが揃って墓参に訪れていた時期もありました。

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 この墓地の名は一誉坊墓地
 私が物心ついた頃からのポンプ井戸が今もあります。 

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     きこきことポンプ井戸汲む盆の墓  暢一


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 ポンプは最近新調されました。 今までのは呼び水をしないと汲み上げる事が出来なくなってきたからでしょう。
 下の画像が古いポンプです。 三年前に撮影したものですが、恐らくこれが私の幼少の頃からのポンプだと思います。

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2009年8月13日 (木)

冷夏の稲田(伊勢平野)。 お盆。 

 今日8月13日から16日までお盆。 昔 神戸在住の頃は私も家族を引き連れて渋滞を厭わず伊勢に帰省したものでした。 
 今年は地震による東名高速道の通行止めの影響で大渋滞を起している所もありますが、その他の地域の高速道は意外とスムーズに流れている今日のようです。
 今日は夕方に迎え火盆提灯で御先祖様を迎える日ですね。

     迎火を子として焚きて三十過ぐ  岡本眸

 また墓参りは年中行いますが、俳句ではの事と特定して秋の季語となっています。
 墓掃除・墓洗ふ・墓ぬらすなども同じです。

     本当は捨てられしやと墓洗ふ  岡本眸 


<平成21年8月11日撮影>
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                                           <全画像拡大可>
 8月11日の伊勢平野稲田。 
 今年は日照が少なく気温の低い夏が続いた為、稲の生育に影響が出ていると聞いていましたので撮影してみました。
 確か何年か前に同所を同時期に撮影したはずだから比較出来ると思ったからです。


<平成18年8月11日撮影>
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 3年前に撮影していました。 有り難い事に平成18年8月11日と同月同日です。
 生育の違いは明らかにて、やはり今年は遅れています。

 遠方に写る道路は国道23号線。 松阪と伊勢の中間辺りです。


 <平成21年8月11日撮影>
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               <平成18年8月11日撮影>
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2009年8月11日 (火)

台風一過。 宮川・度会橋(伊勢市内)

Img_1940 昨夜から今朝にかけて伊勢地方にも豪雨の予報が出ていて心配させられた台風9号でしたが、風も無く少し降雨があった程度で南洋上を通り過ぎて行きました。

    台風の外れてかこつ無聊かな  暢一

 曇り空で明けた今日でしたが午前中に台風一過の晴天となり猛暑の一日です。
 我がPCデスクの温度計は34.1℃と今年最高を示しました。 岐阜の多治見では37.6℃を記録したそうですね。 夏の東海地方、特に岐阜や愛知県は沖縄よりも暑い日が多いのです。 日本一暑い地方なのかも知れません。
 伊勢地方は岐阜・愛知県よりも遥か南に位置するのに いつも2℃程低いのですから不思議です。

 序でに明日の最高気温の予報値を調べてみました。
    岐阜市・多治見市…35℃
    名古屋市     …35℃
    伊勢市       …33℃
    沖縄 那覇市   …32℃
とやはり伊勢市は岐阜・愛知県よりも2℃低く、沖縄はさらに低い予報が出ています。

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                                           <全画像拡大可>
 今日の宮川です。 遠くに架かる橋は度会橋
 大して雨の降らなかった伊勢地方でしたのに宮川の濁ってごうごうと流れる様には驚きました。 上流ではかなり激しく降ったのでしょう。


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 度会橋の橋脚も写してみました。 季節は違いますが、右の画像が普段の流れです。 
 画像を拡大して見比べてみて下さい。


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 JRの鉄橋。

 宮川は伊勢市街西端を流れる一級河川ですが、日本一の清流に何度も挙げられている名川です。
 熊野古道からの伊勢路が世界遺産に登録されました。 他に桑名・大阪・奈良等からの伊勢路の古道があり今でも辿れますが、この宮川が伊勢路の終着点と言えるでしょう。

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2009年8月 7日 (金)

立秋。 梅雨明け。 伊勢神宮外宮・勾玉池。 

 雨の地方も多かったようですが、伊勢は晴天にて夏らしい一日でした。 
 夜9時のNHKニュースで埼玉だったと思いますが豪雨が降っていると報じていましたので、先ほど空を仰いでみたら月だけでなく星もよく見えます。

 夏らしい一日と言いましたけれど、暦の上で今日 8月7日は早くも立秋でしたね。

         秋立つといよよひた鳴く油蝉  暢一 

 東海途方の今年の梅雨は8月3日にやっと明けましたが、もし立秋を過ぎても梅雨が明けない時は梅雨明け宣言を出さないそうです。 近年では唯一平成5年(1993)がそうでした。 記録的な冷夏で米価が高騰した事を覚えています。

 今年の梅雨明けは平年より14日、昨年より22日遅く、梅雨明け宣言の出なかった平成5年を除くと、記録の残る昭和26年(1951)以降で一番遅い梅雨明けとなりました。 今までは昭和29年(1954)の8月2日が一番遅い記録とのこと。


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 朝の散歩にて伊勢神宮外宮へ行ってきました。
 散水車が参道に水を撒き、掃除のおばちゃんがリヤカーを押していたりと朝ならではの光景です。


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 前回は雨の勾玉池でしたが、今日は晴天の勾玉池です。
 前回に撮影していた東屋が遠方に写っています。

 八橋の架かっている所は花菖蒲の田。 勾玉池花菖蒲の名所です。
 昨年 満開の景をご紹介致しました。
 宜しければ下記をクリックの上 ご覧下さい。
           ↓
  ≪フォト俳句(289)≫6/19 花菖蒲(伊勢神宮外宮 勾玉池) 

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2009年8月 6日 (木)

広島忌。 勾玉池(伊勢神宮外宮)。

 今日は雨で始まりましたが、深夜の今は雲の切れ間に満月が輝いています。
 室温計も終日28℃台と比較的凌ぎ易い日でした。

 今日 8月6日広島原爆の日ですが、晴天炎暑となる年が殆どにて雨の広島忌はあまり記憶にありません。

 広島忌・原爆忌は歳時記で秋季に分類されています。

        原爆忌ごぼりごぼりと泉の穂   加藤楸邨
        広島の忌や砂袋砂まみれ     西東三鬼
        広島忌近づくとこそ川よごれ    岸風三楼
        原爆忌腕鈴なりの電車過ぐ     隈治人
        原爆忌市電無数の手を吊りて   今井勲
 
        湾曲し火傷し爆心地のマラソン   金子兜太
     

 広島・長崎に原爆が投下されてからもう64年が経ちました。 戦後生まれが人口の80%を占めるようになって、悲惨な原爆や戦争の記憶の風化を懸念する方々が様々な活動を実践していらっしゃいます。 
 何も貢献することの出来ない私ですが、せめて原爆忌などを詠み継いでいきたいものと思っています。

         街騒の中の黙祷広島忌  暢一


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                                           <全画像拡大可>

 雨の勾玉池です。 
 勾玉池は伊勢市街中心部に位置する伊勢神宮外宮の神苑にあり、名のとおり勾玉の形に広がっています。
 下の画像と共に池に迫り出した東屋から撮りました。
 夏はがびっしりと池の面を覆っています。

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  休憩所と朱塗りの浮舞台。 ここで観月会などの行事が催されることもあります。


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            こんもりとした森は茜社豊川茜稲荷の杜。
            雨に煙る勾玉池の景もなかゝゝ趣がありますね。

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2009年8月 1日 (土)

土用餅・はらわた餅(伊勢市 浦の橋商店街) 7/31(金)

 なかゝゝ梅雨が明けません。 深夜零時を過ぎて日付は変わってしまいましたが、今日7月31日は終日曇天にてわが部屋の室温計も28℃台で推移。 でも気温の低いわりには蒸し暑く感じます。 湿度がかなり高いのでしょう。
 各地での豪雨の被害が報じられていますが、伊勢では数日前に2日ほど降った普通の雨が記憶に残るくらいです。

 6月4日に本ブログを更新してから早くも2ヶ月近く経ちました。 夏は仕事が超多忙になる為ですが、せめて7月の内に更新をと思いつゝ31日になってしまいました。 その間に何度もアクセスして頂きました皆さんには申し訳なくお詫び申し上げます。

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土用餅

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 今日、我が家近くの浦の橋商店街にある餅屋さんの前を通ると、『本日 丑の日』 『土用丑の日の土用餅』等の張り紙。 数回前の「いばら饅頭」で取り上げた島地屋餅店さんです。
 たしか7月19日が土用の丑にて鰻を食べたのになぁと思ったのですが、今年は珍しく土用の丑が2回あり、今日7月31日が土用二の丑だそうです。

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 土用丑の日に鰻を食べると云う習慣は江戸時代中期に平賀源内がある鰻屋に請われて考案したキャッチコピーから始まったとの説が有力です。
 土用丑の日にお餅を食べて暑気中りを防ぐと云う土用餅の風習の方が古来からのものにて鰻よりも遥か昔からあったようです。

 手元の歳時記で土用餅を引いてみると、文庫本版の歳時記にはどれも載っていませんでしたが、「角川大歳時記」で以下のように記述していました。
 『土用餅⇒土用の節物としてついた餅。 これを食べると元気がつき、暑気中りを防ぐという。 地方によって砂糖や小豆を入れたり、朴の葉や笹の葉で包むものもある。 江戸時代の中頃から餡で包んだものが次第に広まり、現在では土用餅というと餡で包んだものが多い。

       土用餅腹で広がる雲の峰     許六
       飛騨人に夏白妙の朴葉餅  大野林火 
       山々の性根坐れる土用餅  脇村禎徳
       髭の中口が開きて土用餅  小林愛子               』

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 <はらわた餅

 島地屋餅店さんで土用餅の話をしていた折に面白い話を伺いました。
 彼女が島地屋さんに嫁いだ頃に今は亡き明治18年生まれの姑さんから聞いた話です。
 昔は土用餅の事をはらわた餅とも呼んだそうで、土用にお餅を食べるとはらわた(腸)が元気になるからとの事でした。 

 ネットではらわた餅を検索してみると、地方によっては今でも使われている呼び方のようで、
 「名物 はらわた餅」等もあったりして幾つかがヒットしました。

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