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2009年10月25日 (日)

刈田・穭(ひつぢ)。 稔田(みのりた)。 <木曽川>

 早いもので10月も下旬。 紅葉の便りが聞かれるようになってきましたが、今回の話題は遅まきながら10月13日に我が結社「朝」の東海支部句会出席の為に岡崎市へと出掛けた折の車窓風景です。 
                                           <全画像拡大可>
Img_4661

 木曽川です。 
 JR 「快速みえ」の車窓から撮りましたが、窓ガラスに映えるものが少し写ってしまいました。 もっとカメラをガラスにくっつけて撮影すれば良かった。
 伊勢市から伊勢平野を北上して三重県北部の桑名市で揖斐川・長良川を渡ります。 そして中洲の長島をあっと云う間に過ぎると木曽川。 三重県はここまで、木曽川を渡ると愛知県です。

Img_4585

 伊勢平野は上の画像の様に刈田が広がっていました。 
 刈田は全景まるで青田のように青々としていますが、これは稲刈りの済んだあとの切り株から青い芽が自然に萌え出たものです。 
 この萌え出た芽の事を「穭 (ひつぢ)」と呼びます。 俳句では多く詠まれていて秋の季語。

           穭田のはかなし筋目正しても  暢一

 今年は冷夏の影響で遅れた稲刈りですが、それでも9月初旬には済ませたようですから、穭ながらかなり成長してしまっています。


Img_4677

 ところが木曽川を渡り愛知県側に入った途端に田園地帯は黄金色風景に一変。
 所々で稲刈り作業中のところを車窓から見掛けはしましたが、三重県と比べて1ヶ月以上も遅く、県によって随分と違うものなのですね。 三重県も愛知県も今回の車窓から見た地区は気候にそう変わりはありませんから、田植の時期の違いからなのでしょう。

           木曽川のひがし稔田にし刈田  暢一

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 昔は長島を伊勢長島と呼んだように、長島までが伊勢の国にて尾張との国境でした。 歴史的にこの地が知られているのは本願寺門徒による 「長島一向一揆」。 
 織田軍は柴田勝家が重傷を負うなど散々手こずったあげく最期は8万の全軍勢で攻めたものゝ、長良川と木曽川に挟まれて複雑に水路が絡み合う輪中の長島は難攻不落。 織田信長の庶兄である織田信広や弟の織田秀成までもが討ち死にしてしまいます。
 信長軍は徐々に各城や砦を落とし、残る屋長島・中江の2ヶ所を柵で囲んで2万余の老若男女の退路を絶ち全て虐殺したと伝わっています。

 現在の長島は、日本屈指のレジャーランド 「ナガシマスパーランド」、同系列の植物園 「なばなの里」等が有名ですね。 

Img_8551

 3年前の10月に伊勢湾沿いを走る伊勢湾岸道から撮影した 「ナガシマスパーランド」。 
 
 
Img_6241
                                           <全画像拡大可>
 2年前の4月に訪れたチューリップ満開の「なばなの里」。

 尚、この折の「なばなの里」 については下記にてご紹介致しました。
 宜しければタイトルをクリックの上 ご覧下さい。
          ↓
   ≪フォト俳句(279)≫4/19 ① なばなの里 (桑名市長島町)  
                                                   (№315)

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