カテゴリー「j その他」の26件の記事

2016年11月11日 (金)

後の月 (十三夜)

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            膝抱いて長湯してをり後の月   加藤暢一
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 後の月は十三夜ともいうように、陰暦9月13日の月のことですが、今年の新暦では10月13日。 名月の陰暦8月15夜に対して後の月という訳です。
 秋も深まり、満月に二日早い少し欠けた月を愛でる後の月は、十五夜の華やかさに対して寂を楽しむ日本独特の美意識が感じられます。

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2016年10月30日 (日)

伊勢まつり

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          秋祭名残の笛のいつまでも  加藤暢一


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 10月8日 9日、伊勢は祭りで賑わいました。 ハイライトは御園彗星会の手筒花火。

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2016年10月11日 (火)

秋夕焼

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            秋夕焼待つ人あれば足早し  加藤暢一

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2010年3月 3日 (水)

雛祭 (桃の節句)

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 先週ほどではありませんが、まだゝゞ寒いはずのこの時期としては気温の高い日が続きます。
 桃の節句の今日、正午頃のPCデスクに置く室温計は15℃。 最高気温の予報は14℃。 
 風吹く薄曇りのために、ここ10日ほどの暖かさに慣れた身には少し寒く感じます。

 昨年の3月3日も同じく雛祭で投稿していたので読み返してみると、
 『伊勢は薄々とした感じの曇天。 正午前の三重県中部の気温は6.5℃。 我が家の室温計は9.5℃と冷え込みました。 中部・関東地方に降雪の予報が出ています』 と記していました。
 昨年の今日は中部地方でも雪降る厳寒の日だったのですね。

 興味が湧いたので気象庁のHPから伊勢市の過去のデーターをちょっと調べてみました。
 伊勢市小俣町の観測所による2・3月の日々の最高気温平均値です。

   1979~2000年 (2月)  9.1℃。 (3月) 12.4℃。
   2001~2009年 (2月) 10.1℃。 (3月) 13.5℃。
         2010年 (2月) 11.4℃。 (3月) 14.9℃(3/1~3/3)。

 顕著に温暖化の傾向が見られます。 生態系に影響を与えうる気温上昇ぶりですね。


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 三重県四日市のある料亭に飾っていた雛人形。
 「本仕立十二単衣  京雛  雛師 平安水宝作」 の銘が添えてありました。

 雛人形には京雛と関東雛がありますが、上の画像のように男雛が向かって右側に座っているのが「京雛」、左側に座っているのが「関東雛」。


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 この雛人形は男雛が左側ですから関東雛ですね。 伊勢郊外のある寿司店で昨年写したものです。


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                                             <全画像拡大可>

 伊勢神宮内宮前のおはらい町にある土産物店々頭の雛飾り。 一昨年の撮影です。
 これも関東雛の並び方です。 今は伊勢地方でも全国的にもこの並び方が主流のようです。
 私が娘の為に雛段を飾り始めたのは神戸在住の頃にて京雛の飾り方でしたから、関東風には今でも馴染めません。

           雛壇に部屋を譲りし吾子と寝る   暢一

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 京雛と関東雛で男雛女雛の並び方が違う由来について「大進の雛人形」のHPで説明していました。 興味深いので以下にご紹介してみます。

 お内裏さまの位置が、京雛は向かって右、関東雛は向かって左になっています。
 日本古来から、左は右より格が高いとされ、お内裏さまはお雛さまの左、つまり向かって右にお座りになります。
 よって京雛は、古来の慣わしに従ってお内裏さまが向かって右側にお座りになっています。
 現在一般的な関東雛は、向かって左にお内裏さまがお座りになっていますが、なぜ関東雛はお内裏さまが左側になったのでしょうか。
 それには大正天皇が関係しているとされています。 明治時代、西洋の流れを受けて国際儀礼である「右が上位」の考え方が取り入れられるようになりました。
 大正天皇が即位の礼で、洋装の天皇陛下が西洋のスタイルで皇后陛下の右に立たれた事からこの風習が広まったとされています。
 明治天皇の時代から皇居は東京に移っておりましたから関東を中心にこのご即位時のスタイルが定番となっていきました。 全国的にも今はこのスタイルが主流となっています。

 また好まれる顔も関東関西に違いがあります。
 関東は目が大きめで口元がかすかにほころびふっくらした可愛らしいお顔が人気ですが、関西では切れ長の目に鼻筋の通った高貴なお顔, 細面のいわゆる京美人が好まれるそうです。
 実際のところ、なかなか顔立ちから関東雛と京雛判断するほど明確な顔の特徴ははっきりしていませんが、雛人形の商品ごとに、そのお顔は随分と違うことは比べてみると良くわかるものです。

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 ◇ また今日は高浜虚子の次女、俳人「星野立子」の忌日です。 「雛忌」とも呼びます。 3年前ですが「俳句俳話ノート」にて取り上げました。
 宜しければ下記タイトルをクリックの上 ご覧下さい。
        ↓
    ★ 立子忌 (雛忌)

                                                  (№326)

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2009年11月 7日 (土)

団栗(どんぐり) ストラップ 。

 今日は立冬。 雲一つ無く晴れ渡りましたが、空は僅かにもやっぽい感じがします。
 正午前の我がPCデスクの温度計は19℃。 気象番組では10月中旬の暖かさの立冬となりましたと言っていました。 この3日と4日は同温度計が2日続いて11℃台を指していて急な冷え込みに震え上がりましたから、実に寒暖差の大きな今週です。
                                           
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 団栗ストラップ。 昔風に言えば根付ですね。
 友人が近所の杜で拾った団栗で作ってみたとプレゼントしてくれました。 なかゝゝ丈夫にしっかりと作ってあり重宝できそうです。

 この歳になっても団栗を見つけるとついゝゝ拾ってしまいますが、結局持て余して捨てゝしまう私です。 きっと友人は、これは姿が良い これは艶が良い、等と楽しく選びながら拾った事でしょう。
          団栗は拾ふもの且つ捨つるもの  暢一

 団栗は樫(カシ)類・小楢(コナラ)・櫟(クヌギ)などのブナ科ナラ属の果実の俗称。 頂いたストラップの団栗は一つだけずんぐりとしたのが小楢、他の三つは樫、だろうと思うのですが…。

           団栗の寝ん寝んころりころりかな  小林一茶
           団栗の己が落葉に埋れけり     渡辺水巴
           抽斗にどんぐり転る机はこぶ     田川飛旅子
           どんぐりの拾へとばかり輝けり    藤野智寿子 


 俳句に詠む場合、団栗よりも「木の実」の季語を使うほうがどちらか言うと多いようです。
 「このみ」とも「きのみ」とも読み、季語としての意味は団栗とほゞ同じです。 

          ポケットの捨て損ねたる木の実かな  暢一

 木の実のほうが例句の多いのは 「木の実落つ」「木の実降る「木の実の雨」「木の実時雨」「木の実拾う」「木の実時」「木の実独楽」などいずれも調べ良く使う事ができ、音数も三音にて団栗より一音少なくてすみ、5・7の調べに纏め易い事などが理由でしょう。 

           籠り居て木の実草の実拾はばや   松尾芭蕉
           二つ三つ木の実の落つる音淋し    正岡子規
           喜べばしきりに落つる木の実かな   富安風生
           幼きへ木の実わかちて富むごとし   岡本眸
           木の実独楽影を正して回りけり     安住敦
           木の実落つわかれの言葉短くも    橋本多佳子
           はじまりし三十路の迷路木の実降る  上田五千石
           正倉院木の実時雨のただ中に     神尾久美子
                                                   (№318)

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2009年5月11日 (月)

母の日 (5/10)

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 昨日今日と季節外れの暑い日が続きます。 日中の室温計は最高28℃を示しましたが、屋外は30℃を越えていたかも知れません。 所用で出掛けた折かなり汗ばみました。

 画像は今朝 宅急便で届いた花です。 在京の弟から母への贈り物。
 昨日5月10日の母の日に配達指定して送ってくれたのですが、生憎と10日は一日留守にしていた為に今日受け取る事になってしまいました。 折角の心遣いだったのに…。
 千葉に在住の妹からも母の日の贈り物として夏の衣類が一昨日届きました。 

 遠方にいると母への思いはやはり強いものがあるのでしょう。 母と同居している私はというと格別何もせぬまゝ母の日が過ぎてしまいます。

         母の日と思ひつつただ母と居る  暢一 
                                           . 

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2009年3月29日 (日)

祖霊社の直会(なおらい) 春季例大祭。

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                                     <全画像拡大可>


 「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、23日に彼岸が明けたものゝ数日前より真冬並の寒さが続きます。 数日前の日本海側だったと思いますが、テレビニュースでは例年になく早々と咲き出した桜に雪の降る景を映していました。

 冒頭の画像は昆布を敷いた上の鯣(するめ)とお米ですが、神道に於ける彼岸行事である春季例大祭直会(なおらい)です。
 「直会」は大辞林に『神祭終了後、神饌や神酒のおろし物を参加者が分かち飲食する行事』と載っています。 公式にはその通りなのでしょうけれど、実際は神祭等への志納や寄付をした人々に祭の後で配る品の事を言います。 勿論神饌や神酒の御下がりと云う本来の趣旨を尊重して飲食に関係する品を配ります。

 我が一族は神徒ですので亡き父は伊勢神宮外宮に隣接する祖霊社にて神式の葬儀を行い御霊を安置しています。 その祖霊社の春季例大祭への志納に対する直会が冒頭画像と云う訳です。
 流石に祖霊社の直会は正式なものですが、近所の社の祭などでは花鰹等や菓子類を直会とする事が多い。

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 上の画像が直会に添えられていた挨拶状と志納の領収書?です。 
 例大祭は彼岸行事ですから春と秋に行われますが、戦前は「春(秋)季皇霊祭」と呼ばれる祝日でした。 宮中では天皇家祖先祭祀として今も続いています。 現在も春分の日・秋分の日として祝日ですね。

 彼岸は仏教と日本古来の神道的なものとが結びついた行事と言われます。 
 その辺りを祖霊社の広報誌で説明していましたので、下に載せてみました。 少し見辛いですが宜しければ画像をクリック拡大してご覧になってみて下さい。

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                       <全画像拡大可>

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2009年3月 3日 (火)

雛祭

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                                     <全画像拡大可>

 今日3月3日は「桃の節句」。 雛祭ですね。
 伊勢は薄々とした感じの曇天。 正午前の三重県中部の気温は6.5℃。 我が家の室温計は9.5℃と冷え込みました。 中部・関東地方に降雪の予報が出ています。

 まだゝゞ寒いこの時期に桃の花とはと感じます。 でも今年は3月29日が旧暦の3月3日に当り少し早いですが、4月になる年の方が多いですから頷けます。 地方ではまだ旧暦で行なう所もあるようです。

 中国に於いて五節句の内の一つ3月3日に曲水の宴を催し桃の酒を飲む風習があり、それが伝わった日本では曲水宴からの行事として人形(ひとがた)で身体を撫で、けがれを移して川や海に流すようになります。
 始めは紙で人を模った物から、美しく着飾って雛遊びをする風習が起こり、室町時代に人形技術が発達した事で今の雛人形のスタイルが確立しました。
 もっとも庶民の間でも雛を飾るようになったのは江戸時代に入ってからです。

 今も各地で雛流しの行事が行なわれていますが、雛流しは雛祭から起こったのではなく、雛流しから雛祭が起こったと云う事になりますね。

 
            流し雛あはれ確かな目鼻立   岡本眸         
         

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 上の画像は冒頭画像と同所を少し上から写したもの。 ある回転寿司店内の雛飾りです。
 最近の回転寿司店は高級感も心掛けているようで、100円寿司だけでなく結構高値の寿司もありました。

            嫁がせてよりの三月三日かな  暢一

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 3月3日は俳人星野立子の忌日です。 雛忌(ひなのき)とも。
 星野立子は高浜虚子の次女。 昭和55(1984)年 80歳にて没。 
 明るく柔らかな句風にて花鳥諷詠の一分野を形成した俳人と評されました。

 一昨年ですが、「俳句俳話ノート」にて取り上げています。
 宜しければ下記をクリックしてご覧下さい。
          ↓
     ★ 立子忌 (雛忌)

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2009年2月 3日 (火)

節分

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                                       <画像拡大可>

 今日は節分。 
 好天にて深夜の今でも13℃と比較的凌ぎ易い一日でしたが、鬼は外 福は内と豆を撒いたお宅も多かった事でしょう。
 画像は近所の今社(いまのやしろ)の世話役さんが自宅前に貼って欲しいと届けにきたポスターです。 賑やかな節分祭を催したようですが、私は行く事が出来ませんでした。


            節分の夜更けてわたる風のこゑ  暢一


 節分は鬼を追う豆撒きの代名詞のようになっていますが、本来の意味は季節の変わり目の事。 節分は年に4度ありますが、現在 立春の前の日のみが重要視されて「節分」と言えばこの日を指すようになりました。
 明日 2月4日が立春ですから、前日の 2月3日の今日を節分と言う訳です。

 ですから掲句も立春の前夜を詠んだものです。 ただ「風のこゑ」に余韻として追われた鬼を匂わせてはいますが。

            節分や家ぬちかゞやく夜半の月  水原秋桜子
            節分や寒気の熊と湯気の象    秋元不死男
            節分の夜も更け鬼気も取れり    相生垣瓜人
            節分や夕焼の濃き杏色       森澄雄

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            節分の鬼となるため帰路急ぐ  暢一


 節分の夜、「鬼は外、福は内」と唱えながら煎った大豆を撒く風習は、中国に発し宮中で大晦日に行われていた追儺の儀式が、民間古来の節分行事であった豆撒きと習合して一般化。
 次第に宮中だけでなく社寺・民間に広まり、2月の節分に行われるようになっていったとされています。
 また、かってこの行事は12月の晦日に行われていたが、迎春の支度にまぎれてしまうので、節分の夜に移ったとの記述が見られる古書もあるそうです。

 こういった事から、地方や家庭によって豆撒きの作法に違いがあるようですが、つまりは邪気を払い、新しい季節(春)を迎える為の行事です。
 社寺の行事としては、裃姿の年男が豆を撒くだけのタイプと、古式にのっとって鬼を追うタイプのものとがありますが、正月に行う例もあるそうです。
  追儺の句で一番有名なのは原石鼎の句です。
 
            山国の闇恐ろしき追儺かな       原石鼎

            赤鬼は日本の鬼鬼やらひ        石田波郷
            豆撒やかりそめに住むひとの家       〃
            鬼もこぬ独り居の豆撒きにけり     服部京女
            年の豆噛みつつアガサクリスティー   草間時彦
            匂ふほどの雪となりたる追儺かな   小林康治
            わが声のふと母に似て鬼やらひ    古賀まり子
            鬼の豆たんと余つてしまひけり     片山由美子

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                            参考文献 「角川俳句大歳時記」

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2008年12月31日 (水)

大晦日 (浦之橋商店街)

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                                              <全画像拡大可>

 月並みな文句ですが 一年の経つ事の早いこと早いこと。 今年も大晦日となりました。
 この一年は各グログを更新出来ない夏の時期もあり、以降更新出来ても回数の少ない状態が続きました。 にも拘らずアクセス解析を見てみると引き続き実に多くの皆さんにご覧頂いていて嬉しく思っています。 有難うございました。 どうぞ来年も宜敷くお願い致します。

 冒頭の画像は伊勢市街西方にある浦之橋商店街大晦日の午後の光景です。 自宅から近く日常的に利用していますから 今迄何度も取り上げています。

 大晦日は「おおみそか」ですが、「おおつごもり」とも読みますね。
 他に大晦日を表す語には大三十日(おおみそか)、大年大歳除日、等があります。

     父祖の地に闇のしづまる大晦日  飯田蛇笏
     袖濡れて硯洗へり大三十日    水原秋桜子
     大年の日落ち流水なほ見ゆる   中村草田男


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 市民の台所を自負するほど伊勢市内では一番賑やかさを保っている商店街ですが、大晦日にも拘らずご覧のように閑散としています。 ただ車の駐車は常よりも多いようです。
 どちらか言うと朝に賑わう商店街ですので 午前中はそれなりに人通りもあったようですが、去年は午後ももう少し賑やかだった気がします。


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4img_8090 商店街に餅屋さんがあります。 島地屋餅店。

 普段は饅頭など和菓子を商っているのですが、鏡餅・丸餅・角餅・やじろ餅の正月餅だけをケースに並べています。
 全面オープンの店舗も今日はガラス戸を閉じて、左端に「入口」の張り紙が。 
 恐らく並ぶ客を捌き易くする為でしょう。

 昔は正月餅を撞いてもらっていたものですが、この頃はスーパーで買ってきます。
 餅屋さんの正月餅に惹かれてついゝゝ丸餅やじろ餅を買いました。 一個 80円也 。 


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 毎年のように我が家の注連飾りをご紹介していますが、左が新しい注連飾り、右が今年一年間飾っていた古い注連飾りです。
 伊勢地方は厄除けの為に注連飾りを一年中飾っておくのですが、(だいだい)の新旧の違いが面白いですね。
 を注連飾りに付けるのは「代を重ねる」と云う語呂合わせから目出度いとされている為です。 また橙は冬に黄色の大きな実をつけますが、落ちる事無く夏には緑色に戻ります。 それで「回青橙」と呼ばれて縁起の良い実とされている由縁からと云う事もあるそうです。

 我が家はあっさりと笑門ですが、伊勢志摩地方の注連飾りの桃符には蘇民将来子孫門と書かれた地方独特のものがあります。
 それ等については下記にて詳しく取り上げた事があります。
 宜しければクリックの上ご覧下さい。
          ↓
  ≪フォト俳句(100)≫12/31門飾り(伊勢市内)

  ≪フォト俳句(202)≫2/5 ⑧注連飾(伊勢市内)

                       <全画像拡大可>

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